何て読むの?
それからどれくらい経ったのだろうか。
いつの間にか入学説明会が終わり、ざわめきの中で新入生達が保護者や友人達と共に、次々と教室から去っていく。
肩に付きそうな黒髪を軽く揺らす青い瞳が印象的な少女――
そんな彼女に、唐突に話し掛けてきた茶髪の笑顔が似合う少年――
「珍しい名字だよな。何て読むの?さくらそら?」
耳に馴染みやすい陽気な声で、問い掛ける昶。
「おうぞらだよ」
「おうぞら!珍しいな」
「そうだね」
確かに珍しい名字だ。
少なくとも同じ名字の他人と会ったことはない。
また初対面の人には大抵聞かれる事の一つであり、至極普通の反応だった。
「でも言い辛いな。あかねって呼んでいい?」
「いいよ。香住くん」
「昶でいいよ。俺さ、よく人に気遣っちまうんだけど、あかねとは何か、普通に話せる気がする!」
「それはどうも」
知り合って間もないというのに、積極的に馴染もうとする昶。
若干戸惑うものの、あかねは軽く流すように笑みを浮かべる。
「あ、本気にしてないな?」
「まぁね。初対面で言われても」
――実感がない。
実直な感想だった。
「はっきり言うな。でもまぁ……確かにそうか。はははっ!」
あまり気にしていないのか、昶はどこか楽しげに笑う。
知り合ってから間もないわけだが、話しやすいのは事実であった。
それが彼の性質、つまり長所なのだろう。
――少し変わってるけど、良い子かも。
頭の片隅でそう思いながら、あかねは他愛のない会話をしながら足を進めた。
「気になってたんだけどさ」
しばらく歩いたところで、昶が再び切り出す。
「あかねって目が青いよな」
そう言いながら、あかねの顔を覗くように見る昶。
それはまるで、全てを見透かしているように澄んでいて、空のような、はたまた深い海を思わせるほど濃い青色を瞳であった。
「変?」
「いやいや!綺麗だなって」
「どうも」
「いやいや本当だって!めっちゃ綺麗!もしかしてハーフとか?」
「いんや。純日本人」
そのはずだ。
母も父も日本人である事は勿論、血筋を遡っても異国の血が入っていると聞いた事はない。
だが兄弟達の中でも、青い瞳を持つのは自分だけで、過去には気味悪がられた事はある為、自身が異質である事を自覚はしている。
「そっか。そういう偶然ってのもあるんだな」
昶は納得するように一人でに頷く。
その様子を見ながら、あかねもまた疑問を投げる。
「そういえば、昶はどこから来てんの?」
「俺は茨城。ここより田舎だぜ?っても今日から寮住み。あかねは?」
「東京。私も寮住みになる予定」
「そうなん?東京でも遠い感じ?」
「まぁそうかな……はは」
あかねは苦笑する。
「まぁ色々あるのよ」
「ワケありか」
「そう。ワケありね。うん」
「そっか」
肯定すれば、昶はそれ以上の追求をすることはなかった。
他人に対して気遣い過ぎると言っていたのは、どうやら嘘ではないらしい。
そんな彼の後に続いて外に出れば、空はまだ青い。しかし日は傾いており、ある程度の時間経過は推測出来た。
「この後どうする?」
「帰るだけかな。あ、その前にちょっと寄るところがあるけど」
「まじか。時間平気?」
「んー。ぼちぼちかなぁ」
携帯を取り出して時計を見れば、約束の時間まであと少しだった。
「なら行かないとな」
「昶は?」
「俺は寄り道!荷物の整理も終わってるしな」
「そっか」
行かなければならないのだが、あかねはふと、このまま別れるのは惜しいと感じる。
初対面だから踏み込めない部分はあるが、何だかんだ香住昶と言う人物に、興味が出始めていた。
「遅くなった言い訳は、適当に考えるかな」
「ん?」
「ねぇ。この近くにお気に入りのカフェがあるんだけど、行かない?」
「マジで!あ、でもいいのか?待ち合わせしてるんだろ」
「思ったより時間あるから大丈夫だよ」
「そっか。良かった……よし!それなら早く行こうぜ!」
軽い足取りで廊下を駆けて、満面の笑顔を見せる昶。
あかねもその後に続くように、軽い足取り廊下を歩いて行った。
学校を出た二人は、数分歩いたところにある近くのカフェに入った。
夜空を思わせるかのような天井。
休憩するにも誰かと待ち合わせするにも、最適なその場所は、昼夜問わず人が絶えず賑わっている。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか」
「えっとえっと……キャラメルショコラ!あかねは?」
「カプチーノ」
「かしこまりました。合計で820円です」
店に入って、二人は流れるまま注文をする。
値段を確認して、あかねは鞄から財布を小銭を取り出す。
「千円からお預かり致します」
店員の声に顔を上げる。
どうやら昶が先に出していたようで、彼を見ればピースサインを出していた。
「今日は俺の奢りということで!」
「いや、流石にそれは…」
悪い気がしてならない。と声無き言葉で訴える。
なんというフットワークの軽さ。
空気が読めるのか気前が良いのやら。
――頑なに断るのも失礼か。
とりあえず今回は、甘えることにしよう。
「ありがとう」
「いいっていいって!無理に付き合わせちゃったしな」
手を前で振りながら、苦笑する昶。
どうやら無理に付き合わせたと思い込んでいたらしい。
確かに待ち合わせはあるものの、提案したのは自分である。
とはいえ、自分の言葉が足りなかったのか気を遣わせてしまったという申し訳ない気持ちが芽生えてくる。
「無理に付き合ってるわけじゃないよ」
「え?」
「待ち合わせはあるけど、急用とかじゃないから。それよりも私自身、あなたに興味があったの」
あかねは昶の隣から向き合うように前に立ち、視線を合わせる。
「だから無理に付き合ってるんじゃないよ。私がそうしたかったから、そうしたの」
そう言い切って、あかねは笑みを浮かべる。
「そ、そっか……ありがとな」
「?」
笑顔を向けるあかねに対し、昶は嬉しそうにしつつも、曖昧な笑みを浮かべ、何だか引きつっているようでもあった。
――何か変な事でも言った?
明らかにぎこちない笑顔に、あかねは違和感を感じる。
しかし自分の言葉に非があるとは思えない。
もしかしたら、人の好意を正面から受け取るのが、苦手なだけかも知れない。
今はそう思う事にした。
「席…あそこしか空いてないみたいだな」
辺りを見回す昶の顔に、先ほどまであった違和感は既になかった。
どうやら自分の考え過ぎなのかも知れない。
「どうする?」
「いいよ。そこにしよう」
昶が見つけた席に二人は座る。
注文した飲み物を飲みながら、中学のことや好きなことなど色々な事を話していた。
端から見ればカップルに見られなくもない光景に映るかも知れないが、当人達は今日が初対面の学生である。
「へぇー!あかねって六人兄妹なんだ!」
「多いでしょ」
「だな!お母さん頑張った。仲良いの?」
「んー…普通かな。悪くはないんじゃない?昶は?」
「三人姉弟!ねーちゃんと妹がいる!」
「じゃあ真ん中だねぇ。私も4番目だからそんな感じ」
頼んだ飲み物を飲みながら、他愛のない話が進んでいく。
「彼氏いる?」
「くると思った。残念ながら、いないよ。昶は彼女いなさそうだね」
「なんだよいなさそうって!いないけど!んじゃあ好きなヤツとかは?」
「いない。昶は?いないでしょ?」
「だから決めつけんなって!いないけど!」
予想通りの答えにあかねは思わず笑ってしまう。
「そんな笑うなしー」
「あはは……ごめんごめん。でもね、ずっと傍にいたい人はいたりする」
「まじ!どんな人!?」
「優しい人だよ」
「もしかして、これから会う人?」
「お、よく分かったね」
「彼氏じゃん!」
「違うよ」
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