2 : Pinching

 雲がかったハワイ諸島、午前六時二十五分。


 反乱軍は管理軍の魔の手からハワイ島を既に取り戻し、残りは現地部隊が民間の救出作業にあたり、捕虜は侵攻者達との交渉材料にする予定だ。


 オーストラリアから反乱軍の艦隊が加勢に来るまで残り七時間。地球管理軍もロシアから増援の艦隊が確認されたが、こちらの到着は残り十二時間。奪還のリミットはこのタイムラグの五時間が要になるであろう。


 ロサンゼルス艦隊はオアフ島からハワイ島に逃げてきた海上部隊と合流、電波を絶たれ逼迫したオアフ島北東部マリーン・コー・ベースに助けを送る九隻と、東南部ハワイ・カイへの制圧を徐々に進めている空挺部隊と合流して真珠湾奪還を目指す六隻に二分し、ハワイ島北西のマウイ海峡を南北に決別した。


 だが同じ人間を相手には、常に思惑通りにいかないのが世の常だ。


 オアフ島とハワイ島に挟まれた、先住民の特に多いマウイ郡の四つの島々は、未だ最低限の開拓しかされておらず、ほぼ農業と観光業で成り立っている。人口も少なく管理軍に制圧された報告は無かったのだが、こちらを足止めすべく艦隊の一部が昨日の内にマウイ島西部の海岸沿いに移動していたようだ。


 敵はラハイナ・ローズを輪状に陣取るミサイル艦が五隻。南北の二方向から交戦するも三つの火山と一つの絶島が邪魔して攻撃が上手く届かず、軌道を変えられるミサイルさえ打ち落とされる始末。


 モタモタしている内にオアフ島から管理軍の艦隊が四郡島の南北から援軍が八隻到着し、両陣営一隻ずつ中破という痛み分けが現状だ。


 ところで、現在の戦艦は百何十年と経過して形状こそ殆ど変化はないが、改良を重ねられた高効率の巨大なディーゼルエンジンまたはタービンエンジンを数機搭載し、十五万馬力を超える動力と電力を生み出す。兵器の破壊力こそ微々たる上昇だったが、推進機の地道な改良は大型船を最大時速百キロメートル超で海の上を走らせる事まで可能にし、使われない余剰電力をいかに利用するかというカタパルトやレールガンといった電磁兵器の研究も進んだ。


 しかしそれは反乱軍管理軍とて条件は同じ。では勝機は別の所だ。


 スコールが止んで間もないマウイ島から北方千メートル海域に浮かぶ船団は腹で白く泡立つ荒波を軽々とあしらい、射界を左半分塞ぐ山を睨んでいた。


 対艦巡航ミサイルは障害物を避けるにはもってこいだが、音速の三倍もの最高速度では旋回に時間が掛かり、その間に撃墜される。


 雨天時は多くの艦が搭載する対空レーザー砲も空地中の水分子に阻害されて射程距離が下がるが、高性能レーダーを備えた対空機関方や超越者達が居る中では気にすべき事ではなかった。


 艦砲は発射薬を減らして山なりに比較的低速度で飛ばすという方法が一応あるのだが、防御能力持ちのトランセンド・マンが確認された中では効果的とは言い難い。


 しかしそれは向こうも同様。島の起伏を防壁にされた今は、別の無防備な、つまり加勢の方に圧力を集中出来るチャンスだ。むしろ二方向から狙い撃ちされるよりは……


 一分につき三十回、甲板中央部の長い砲口が灰色の空気にフラッシュを灯す。付近の縁先にはやや小柄な人間の姿が幾つか。肌寒い海風と高波が彼らの士気を折らんとするが、冷たい飛沫など眼中に無かった。


 身長を優に超える長い銃身のライフルを水平に掲げる金髪の青年はカイル。幼く見える顔は目を閉じている。すぐ隣ではツーブロックの茶髪が、先端にレーザー照射装置のある箱状の物体をアンダーレールにはめた大振りな拳銃を睨み付け、水平線の果て遠く見据えていた。


 少し後ろには灰のロングヘアーを潮風にたなびかせる少女と、明るい赤のボブカットがふんわり波打つ女性。年下の方は祈祷師の如く丸っこい目を閉じ、年配側は向かい風と飛沫に瞬きするも太陽よりも濃い朱の瞳は水平線の境界からブレない。


 雲の切れ目から覗く朝日が陽のカーテンの生み出し、船首反乱軍の旗艦の最も先端の超越せし者達に栄光を与えるかのように照りつける。


 ビーッ!!!!!――警告音と同時に甲板中央でオレンジ色の燃焼。


 煌めく箱型射出ユニットから飛び出たのは燐光を船体に噴出する艦対艦ミサイル。放射される噴煙が少年少女四人を飲み込もうとするが、透明なガラス壁でもあるように粉塵は彼らをドーム状に避ける。


 円筒形の頭部側面が蒸気を吐く。狭い円弧を描いて水平になったミサイルは空をも吹き飛ばす轟音と共に、海抜ゼロメートルの境目に消えた。


「ミサイルまた途中で撃墜されました!」

「敵ミサイル接近中! 一時の方向に三発、十時の方向に二発!」

「近接防御火器システム捉えました!」


 艦橋から見下ろす船体側面に付いた二対の箱型防御ミサイル発射機が五回、炎と噴煙を吐く。バーナーのような音を一瞬残し、水平線の彼方へ。


「五発全て撃墜確認!」

「電磁加速砲の準備完了です!」

「よし、他の艦と発射タイミングを合わせよう」


 貰ったエンジンの余剰電力をコンデンサに貯め、コイルで電圧を増幅、発射の一瞬で弾を挟んだレールに放電する。


 電流が流れる事でレールには時計回りの磁場が生まれ、レールそして磁場と垂直な弾にはフレミングの法則通りの方向、即ちレールの出口に向かって力が働く。


 発射薬は不要、従来の艦砲の二倍以上の初速が得られ、レールを長く取って緩やかな加速を付ければ敏感な爆薬までも炸薬に可能だ。


「照準と充電完了! 他艦も砲撃準備終わりました!」

「全艦から発射機能の同期命令許諾を得ました!」

「撃て!」


 指令は甲板にめり込んだ発射ユニットの弾底部は大電流の抵抗によってプラズマガスと化して瞬時に膨張、砲身の外に弾を追い出す。


 ローレンツ力と膨張圧のハイブリッドレールガンは四十キログラムの弾頭をたった十五メートルもの砲身で、秒速三千メートルまで加速させた。


 マッハ八・八相当の衝撃波が早朝の目覚まし時計と比べものにならない程の爆音を反乱軍に届け、一筋の光が藍と灰の稜線に消える。防音・防弾ガラスに遮られた高波や波音と無縁なブリッジは相変わらず肉声が飛び交っていた。


「電磁加速弾が途中で撃墜されました! 強力な障壁能力者が居るようです」

「“僕ら”の条件も同じって所かな。電子砲は?」

「充電完了まで残り十秒です」


 甲板の中央部、僅かに仰角を帯びていたレールガンがほぼ水平に倒れる。


 電子砲の原理は単純、潤沢な電気を専用コンデンサに貯蔵し、放電ユニットで電子を放出するだけ。雷と同じだ。それ故、レールガンの蓄放電ユニットと併用する。


 しかしそれだけでは電子は艦に漏電し自爆するだけである。そこでロサンゼルス艦隊の指揮官でもあるアジア系青年、ハン・ヤンテイが持つ電子制御の出番だ。


 電子を飛ばしたい方向に沿った空気の電気抵抗を軽減させ、通り道を作る。必要な原理はこれだけ、後は巨大な船舶エンジンのパワーとレールガンの制御系を借りるのみ。故にハンが他のレールガン搭載艦に乗艦しても同じ電子のビームが撃てる。


 慌ただしいサイレンが窓越しに艦橋ごと震わす。もしも空気中への放電が失敗しても電流はもう片方のレールが避雷針代わりになってくれるが、万一の為、発射の一瞬だけ艦の電子システムは一部休止し、乗組員は安全地帯に避難する。


「発射まで五、四、三、二、一……」


 大海原のど真ん中を紫の閃光が覆った。


 眩しいが失明する程ではない。ゴロゴロと雷さながら空気が張り裂けるような振動も来るが、耳が痛くなる事はない。


 船の電子システムも何ら異常は無く、乗組員達の戦闘態勢が崩れる事はなく、数人は別の揚陸艦の空挺部隊の進捗状況を喋っていた。


 しかし、指揮室の中央、指揮官たるハン・ヤンテイは五秒の間目を瞑っていた。


「途中で電子が拡散した。向こうにも電磁気系の能力者が居るようだね」


 意識を遙か二十キロメートル遠方の洋上から引き戻した中華系青年は眉をひそめる。


 その時、青白い光の玉が洋上に第二の太陽さながら浮かんだ。


「うおっ?」


 技師の一人が一瞬乱れたモニターに驚く。不快なノイズが割り込む無線通信に耳を遠ざけた者も居た。光球は一瞬で消えたが、網膜にはまだ染みついている。


 遅れて窓枠がカタカタ震えた。それ以上の驚愕は来なかったのだが、戦闘指揮室はいつにも増して喧騒が漂う。


「一時的に通信システムに不具合が出ましたが即復旧しました!」

「アンジュ、障壁助かったよ」

『いえ、そんな……』力んだ余裕無さげな声で少女は謙遜した。アンジュリーナの中和障壁は電波からガンマ線にまでも対応可能だが、速過ぎる光波は来る事が予め分っていなければ脳は追い付かない。


『ハンさん、TNT反応型EMPですね』

「やはりか。でもそれにしては随分手前で起動してこの威力とは……」

『エネリオン反応と同時に円錐形に電磁波が拡散したのを確認しました。間違いなくトランセンド・マンによる指向機能ですよ』


 ハン自身は電子や電磁気を観測出来るが、この中華系青年は司令官だ。数え切れない“情報資源”よりも部下が短く簡潔に調理してくれた“情報”を武器にする方が専念出来る。


「ありがとうカイル。イザベル、狙えるかい?」

『カイルのお陰で何とかやってるけど、向こうの防御能力者に阻まれて効かないっぽい。てかレオノフ、あんた出来ないの?』

『水平線に隠れられりゃ無理だ。そっちこそ艦ごと炙れねえのかよ』

『やれたらとっくにやってる。あんたはそれ以前に届かない癖に』

『お前だってカイルの力を借りなけりゃ……』

「お前達静かにしろ!」


 高らかな女性の怒号が司令室を二秒間黙らせた。すぐにオペレーター達は多忙な雰囲気を戻したが、クラウディアの叱咤に『はーい』と男女は弱り切った子供同然に返信をするのだった。


「敵艦が離脱していきます。北に六隻、南に六隻です」

「ハン、合流を優先して散った敵艦隊の各個撃破をすべきじゃないか?」


 オアフ島東部は南北を山地に分断されている。島南部のダイヤモンドヘッドを制圧した勢力は戦術級トランセンド・マンの存在を恐れている事もあるが、島東部に向けて順序良く奪還している最中だ。


 数の限られたオーストラリア側からの空挺部隊とはいえ、現時点ではカラマ・バレー以西まで制圧完了し、クラウディアの提言通りハワイ島から空挺部隊を更に島東端から送り込んで確実に征する、というのが今後の計画だ。


「いいや、当初通り二手に分かれたまま直進、まずは僕ら側は半分マウナロア島南から回り込んで、陸地と合わせて三方向から南下した勢力を包囲だね」

「そしたら私達が南北に別れた敵軍に挟まれないか?」

「その為に空挺部隊で二対一を取ってリカバリーし合う」

「結構強気に出るな」

「向こうが引くなら、僕らは押す。武術だってそうさ」


 穏やかに語りかける口調とのギャップに感嘆を漏らすクラウディア。だが戦いに必要なものは戦力と地理だけではない。それはタイミングだ。


『待って、トランセンド・マン一人がこっちに向かってます。水中戦闘に適正持った人物のようですね』

『んじゃああたしが行ってくる』

「任せた。リカルド、君も頼む」

『ふぁーい……ロドリゴの夜泣きに比べりゃマシかな』


 ハスキーボイスが枯れ気味なのは仮眠中だったからか。「すまない」と若き指揮官は罪悪感を垣間見せるが、後には引けない。


『おいおい、俺はリョウと違って働き者だかんな。奴隷の末裔の体力舐めんじゃねえ』


 からかうブラジル青年の声調は既に活気に溢れており、ハンを始めとする寝不足気味のオペレーター達はフッと息を漏らしたのだった。


 空挺部隊は沿岸部に接近した海軍の支援を受けて安全に目的地へ到着する事ができ、艦隊も陸軍の援護射撃によって挟み撃ちする敵艦を迎撃が可能だ。しかし両者の到着を合わせなければならない。


 計画を一番邪魔する要素を最優先して排除する、それが大戦で人員も資源も失った“弱者”の戦法だ。


 向こうとてこちらの足止めを目的に据えた行動を取っている事は分かっている。あと半日足らずでやってくる味方を信じているからだ。


 一日前の反乱軍も同じ立場だった。今度はこちらには別の艦隊も加勢に来るとはいえ、残り僅かな時間で堂々巡りとなる将来を止めなくては勝機は無い。


 開拓を改めて決心したハンは彼の隣に座る副官の女性オペレーターに次の放電砲の充電時間を尋ねた。


 残り二分との事。続いた報告はマウイ島に隠れていた艦隊が砲の射線上に現れたとの事。


 重鈍な船同士の戦いは多方向多数に囲まれる事が一番のタブーだ。


『ハン、待たせちまったな。もう撃って良いか?』

「空になるまで構わない。良いタイミングだよ、ありがとう、バーンズさん」


 乗員達の重い空気を変えたのは一つの低い声の男性による報告だった。


 防御能力が著しく上昇した艦隊同士での戦闘はどうしてもジリ貧になりがちだ。だから他の、ピンポイントに攻撃出来る、小回りの効いた者に鍵を握らせるしか打開策はない。


 空母は後方に控えているが、航空機は対空兵器の発達によって非常にリスクが高い。潜水艦は音響以外の長距離探知が可能な水中戦闘型トランセンド・マンの台頭によってみるみる姿を消していった。


 空、海、と潰れて残りは何か。


 陸である。だからハンは揚陸艦から既に自走式榴弾砲を含むヘリボーン部隊を予めマウイ島に上陸させ、西部の森林部へとコッソリ忍ばせておいた。


「陸上部隊の攻撃が命中! 敵艦一隻大破との事です!」


 遠く海峡に響いているであろう轟音は風音にかき消され何も聞こえない。だが円上のレーダーの左上部分、点一個を残してもう一つの光点が更に北上していく。


『ハン、残りがビビって離脱するみたいだが、俺達はこのままモロカイ島まで追おうか?』

「任せたよ。挟撃には気をつけて……じゃあ、僕ら側のミサイル艦二隻と揚陸艦一隻、南側もフリゲート一隻、モロカイ─ラナイ島間へ上陸部隊を援護に回って、それ以外は当初通りに進めるよ」


 位置取りの有利を失った敵艦隊は引きながら必死に砲撃を掛けてくるが、結局はトランセンド・マン達や迎撃兵器より先を超える事は出来ず、ほんの僅かの時間稼ぎしか出来なかった。

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