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 カイワイエ、現地時間六月二十七日午後四時五十七分。未だ反乱軍の防衛前線は膠着を見せている。


 島西部に台頭する降下勢力は段々と増してきており、徐々に削られつつあるが、ここで反乱軍が取った行動は既に民間人が非難した後の住宅地に潜む、という半分ゲリラ戦のようなものだった。


 相手が伏兵作戦をするのなら、強力な砲撃や爆撃を持っている場合は建物ごと一掃するのがセオリーだが、投下する爆弾どころか音速の五倍を誇るミサイルまで迎撃も可能な程の対空兵器の発達により、航空戦力の強さは未だ大きいものの効果は薄れている。


 それに地球管理組織にとっては被害を最小限に抑えてハワイ諸島を制圧したいという意思が強い。その為、降下した車両も兵員輸送を目的としたものが多数であり、前世紀の移住政策によって出来た大量の建築物に埋もれた正規ゲリラを相手にしなければならない。


 もっとも、反乱軍にとっては最低でも二十六時間後に来る援軍を待たなければならない以上、今できる決死の時間稼ぎだった。


『軽装甲輸送車が五台、多脚戦車が五台、通りに入った』

「用意は良いか? 俺達がヒツジではなくオオカミだって事を教えてやる」

「カニが相手なら俺達はタコじゃないんすか?」

「どうせ皆土に還るんだよ。つまりあの世送りにする天使って事だ」

「天使かあ……うち側のトランセンド・マンにそう言われてる女の子が居るらしいな。ロサンゼルス軍で一番嫁にしたい人物だとか……」

「噂なんて信じられっか。俺にとっての絶世の美人はアンジェリーナ・ジョリーとミラ・ジョヴォヴィッチに決まってらあ」

「おい来たぞ」


 アパートの二階の窓から覗き込む片側一車線の道路、白線の上をなぞるように巨大な金属の蟹が姿を現した。後続する車両も確認し、アパート内に潜む五人は窓の前で銃を構える。


「撃てえ!!!!!」


 五つの小銃下部のピカニティレールに付いた擲弾発射機が噴射――四十ミリメートル榴弾を五個も食らい、先頭の多脚戦車は四肢ならぬ八肢を千切られて停止した。


 後に続いていた兵士達が慌ただしく自分達を囲む団地を見回す。だが敵の姿は見えない。


 ゲリラは建物を最大限遮蔽物として利用するが、何の変哲も無い壁でも赤外線やサーモグラフィーによる探知も防ぐ事は可能だ。銃撃によるマズルフラッシュも室内から撃つ事で発見のリスクを最小限に留められる。


 反対側の建築物を見上げる敵兵にドットサイトの赤点を合わせ、葬る。アパートに挟まれた多脚戦車が負けじと、背中の機銃を割れた窓目掛けて振り上げた。


 直後、路地裏から何かが飛び出し、管理軍を爆炎に包んだ。大型ゴミ箱の裏から姿を見せた兵士達が襲う。


「しまっ……」


 開けた平地ならば機動力を生かせる車輪兵器の方が圧倒的に有利だ。しかし障害物の多い場所となれば話は別である。


 当然、車輪は壁どころか階段を登る事さえ出来ない。斜面も限度がある。この事から市街地や森林、入り組んだ地形では二足歩行・多脚兵器が多く用いられる。


 特に小銃弾をも弾くチタン合金のボディを持つ歩行型ロボットは室内の制圧には非常に適している。特にこの戦場でも用いられている甲殻類型の八足歩行戦車は配管工事用に作られたロボットを大型化したという経緯を持っているのだ。


 閉所での運用に特化したマシン相手では、結果は明白だった――まさに今。


 グシャッ!


 背後の破裂音に振り返ると、木製のドアが蝶番もろともこちら側に倒れていた。そのすぐ後ろには全身を黒い金属の皮膚で覆われた人、もどき。


 反射的にアサルトライフルでお見舞いするが、チタン合金相手にはビクともしない。それどころかもう一体奥から入ってくる。間もなく、班の端の一人が胸から血を流して地に伏した。


「よくも!」


 味方を失って逆上した一人が突進、小銃の先端で人型ロボットを殴る。のけ反った所の頭部へマガジンに残った三分の二程の弾薬を全てお見舞いし、敵討ちを果たした。


 しかし直後、弾切れで無防備な男は後から来た人間の兵に蜂の巣にされる。残る三人が更なる加勢に殺されるのは時間の問題だった。


 他にも多脚戦車が建物の入り口を突き破って入るが、そんな中、大通りに対峙する一組の人物が居た。


 彼らは互いの獲物を打ち鳴らしながら広い二車線の道路のど真ん中を踏み荒らしていた。


 海岸をバックグラウンドにした小柄な色黒のアジア人、ラルフの右手が持つ短棒が振り下ろされる斧を逸らし、左の短棒を右から一閃。


 こちらは森林を背景に据える、大柄なアジア人が右手で持つ剣が軌道の途中で止め、更に斧で外へ除けながら剣を突く。


 右棒を滑らせて切先を左方向に向かわせ、向こうの両腕が伸びきった所で二本同時に横薙ぎ。腹を強打された大男はしかめ面を垣間見せて後退した。


 対する小柄なアジア人は得意げなニヤけ面――目掛けて手首をスナップさせ、剣と斧が飛ぶ。


 辛うじて棒で防ぐが、重い。瞬間、相手の膝蹴りが迫っていた。


 百キログラムは超えるウエイトを胸に受けて、後ろに居た味方の多脚戦車に当たって倒れる。


 起き上がりながら前を確認すると駆け込む敵の姿。後方に跳んで宙返り――大きなサイドキックが鉄の蟹の殻をペキッと砕く。


 着地して距離を取り、巨大な蟹の亡骸の後ろから、ただ腰の高さで拳のみを握る姿が現れた。


 ラルフの身長は百五十九センチメートル。十メートル離れていても尚、一・二五倍強もある東洋人の迫力は消えない。


 屈さず、小人は立ち向かっていく。否、走り向かう。まずはダッシュのスピードを付け加えて右棒を振った。


 半歩前に、手首を掴み止めた。続けて小柄な男がもう片棒を一振り。対してガード腕を曲げ、大きな一歩を踏み出す。


 棒が大柄な男の横腹を叩く前に、体重を乗せきった重い肘打ちが、色黒の男の表情に驚愕を――点射制圧を行う歩兵達の頭を越え、服屋と思しきショーウインドウを突き破る。


 壊れてクッション代わりになった棚から体を起こし、顔を覆った汗発散繊維製Tシャツを取り除くと、味方の兵士達が蹴散らされる情景が目の前に広がっていた。


 跳び蹴りで数人吹き飛ばしながら、着地間際に二人の胸倉を掴んで割れた窓目掛けて投げ飛ばした。


 容赦なく回し蹴りで叩き伏せ、走り向かいながら棒を捨てる。代わりにベルト背部に差し込んだプッシュタガーを両手に、中指と薬指の間から刃が生えた。


 殴るような刃の連続を前に手首や上腕を止めるも、時折防ぎ損ねた先端が手の甲や小手を引っ掻く。重大な出血には至らないが反撃のチャンスを掴めずにいた。


 すると片手を広い背中に隠す。躊躇わず右拳の刃先が突っ込む。


 バキッ――硬く手を殴られ、ラルフはナイフを落とした。続けて何かに左手首を掴まれ、腱をきつく締められてもう一本も放してしまう。


 苦痛に歯を食いしばって離脱すると、大柄な男は鎖に繋がった二本の短棒――全長七十センチメートルのヌンチャクを、目の前に水平に構えている。


「チョイス良いねえ、時代が違ってたら凸凹コンビ組めたかもな。それとも親子か。名前はなんてんだ? 俺はラルフ」


 返事はヌンチャクの横薙ぎだった。大袈裟に後ろ向きに走って距離を取り、続いてラルフが取り出したのは二つの鎌。


「世間話くらいしようぜ? それとも巨人ってのは冗談も利かない程オツムが弱いのか? ネアンデルタール人みたいに滅んじまうぞ」


 と無口な男は次の瞬間、右手をスナップさせる。間一髪でバックステップ──腹部の一寸前を過ぎる。


 ヌンチャクは右肩から背中に垂らし、左手でもう片端を握る。上下どちらから来るのか分からない。


 右手が微かに動いた。咄嗟に左鎌をかざす。次の瞬間、饒舌な男を左手による振り上げが脇腹を抉る。


 衝突に驚き、本能的に退く。無言で自分の周囲にヌンチャクの残像を漂わせながらジワリと寄ってくる巨漢を前に、鎌を交差させた。


 右から棒が腰の裏を通って反対側、左で薙ぎ、鎌にヒット。小人は武器を落とさず、振り払う太い腕を切り落とそうと、振り下ろす左鎌。


 内に湾曲した刃を大男は横から鎖で巻き付けた。二本の棒を引いて前蹴り――鎌が宙を舞う。


 手の痛みを我慢しながらベルトを探る。躊躇無く相手がヌンチャクの先端を飛ばした。


 残った一本で突きを打ち落とし、左手に持った物体の先を鎌の底に――カチャリ。


 何かが服の下から舞い上がり、線状の飛んでくる物体に対し巨漢はヌンチャクを畳んで横に逸らす。


 謎の物体は何故かラルフの手元へ戻り、手元から数十センチメートル垂れる――先端に錘付きの鎖だ。


 上下左右へ鞭よろしく振り回し、体格差をリーチで覆していた。どうにか短い棒で防ぐも、とうとう方形の錘が握った手を叩き、ヌンチャクもろとも吹き飛ばす。


 遠心力を加え、無防備な大男の頭へ振り下ろす。間一髪で横にスライド。分銅が直径一メートルのコンクリートを粉々に。


 一方、相手は背中に手を伸ばしていた。すかさずラルフが横薙ぎ。


 ガッ――はっきりとは見えなかったが、長い棒らしき物が退けた。何だ? と思う隙に向こうがそれを振り下ろす。鎌と左手で鎖を頭上に張った。


 次の瞬間、後頭部に衝撃――何故なのか分からないまま本能的にバックすると、その理由がようやく分かった。


 一本八十センチメートルの金属棒、それが三つ鎖で繋がっている。折れ曲がって防御を通り抜けたのだろう。それを見た小柄な方は何故かニッ、と目を歯を輝かせていた。


「まさか反乱軍に三節棍使いが居るなんて、味方に俺と気が合う奴が居なくて寂しかったんだ。いつかコレクション鑑賞会しようぜ」


 鎌に繋いだ分銅を犬の尻尾よろしく振り回す。大柄な方は三本を短く畳み、短く棍で弾いた。

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