Category 8 : Disaster

1 : Sea

 地球暦〇〇一七年、六月二十七日、現地時間午前七時。ハワイ、オアフ島に位置する反乱軍拠点より、北へ約百キロメートル。


 全速力で大海原を駆け抜けるのはミサイル駆逐艦が五隻。プロペラをバタバタ鳴らしながら海面の数十メートル上空を艦載ヘリコプター二台が先行し、遙か彼方の敵船をレーダー内に収めていた。


「来ました。北西七十キロメートル、駆逐艦が二隻、ミサイル防衛艦が一隻、揚陸強襲艦が二隻。周囲には他の戦力の姿はありません」

「しかし、何故ミサイルも航空機も出さずわざわざ突っ込んでくるのか……予め言ったと思うが、罠の可能性が高い。何度でも言うが、用心しろ」

「はい、全兵装や他の艦も何時でも発射可能です。艦載VTOLも常に待機しています」


 ゴウン――船体に振動。同時にオペレーターが睨むモニターが甲高い警報音を鳴らした。


【被弾:主砲にダメージ 使用不可】

「どうなっている?!」


 この時代では重火器も従来の火薬によって弾を発射する。エネルギー効率の上昇によって威力や弾速や射程も伸びたが、一世紀前の兵器スペックと比べても劇的な程ではない。特に性能が上がり過ぎても砲身や車両、船体への負担を考慮する必要もあり、これら駆逐艦主砲の場合は精々最大射程が五十キロメートル程度だ。


 艦船の場合、莫大な出力を生かしてレーザー砲やレールガンといった兵装もあるが、レーザーは空気による妨害で射程は四キロメートル程の防御用となっており、レールガンも反動による船体への負担が考慮され、射程は最大でも二百五十キロメートル。何より、摩耗が激しくコストが高いので一部にしか設置されていない。この場に居る艦達には少なくとも持ち合わせていなかった。


 この時点では少なくともそれに達する兵器はレールガンかミサイルしか無い訳だが、


「変です、飛翔物や魚雷の類は一切検知されていません!」

「いや、これを! 外部カメラです!」

「波? いや、水流?!」


 先程まで穏やかだった筈の海は、勢い良く波立っていた。


 ゴシャアアアアア……


 駆逐艦の戦闘指揮室、突如襲来した揺れに煽られ、中央の海図モニターが組み込まれた机の前で立っていた指揮官と参謀と思しき二人がバランスを崩す。


 ビーッ!――耳障りな警報音とセットで赤いランプが目障りに点灯した。


【警告:著しい浸水】

「これを! 水流が船体に吹き付けて、いや流れ込んでいます!」


 映像では、海上から吹き出した水流が重力に逆らい、甲板の上に逆流していた。船員が足を掬われ、海に投げ出されている者まで見える。


 しかし、その中を平然と歩いている人物が一人立ち尽くしていた。まるで水流がこの人物だけを避けているようにも見える。


「人だ! トランセンド・マンに違いない」

「こんな高威力の水流を扱うとは……」


 ガコン!


 突如にして扉が大きく歪み外れ、通路奥から流れてきた激流が乗員達を部屋もろとも飲み込んだ。





















『調子良さそうだなケビン』

「まあな。俺のホームグラウンドみたいなものだ」


 白髪の混じった茶髪の男、ケビン・リヴィングストンは、真っ昼間の太陽が照りつける大海原の上を、背で浮かびながら答えた。


 彼の寝そべった数十メートル横では、少なくとも全長百五十メートルはあろう船体が炎を上げ、半分以上海中に沈んでいる。周囲ではオレンジ色の救命ゴムボートが幾つも浮かんでおり、慌てた大声が波音に紛れて微かに聞こえた。


『じゃっ、俺もやりますか。神の雷とやらを見せてやる』


 晴れた空の一点、何かが煌めいた。


 細い光の束が、数百メートルも離れていた別の艦を貫いたのは全くの同時だった。


 赤い炎と黒煙――一秒強遅れて爆発音。同時に突風が静かな海を荒々しく波立たせる。


「うおっ?!」


 数秒後、数メートルの津波が寝そべっていたケビンを飲み込み、慌ただしく逃げる救命ボートの群れまで転覆する。


 海面が平坦になっていくと、やがて白髪の混じった頭が顔を出し、目が覚めたように言った。


「サム、強すぎやしないか? 俺まで波に飲み込まれる所だったぞ。あと雷じゃないし」

『まあな。力入り過ぎちまったようで悪いな。これ意外と加減難しいんだぜ? 俺はお先に向こうの基地を焼き尽くしてやるとするさ』


 雲がまばらに散在する赤く染まった大空を見上げると、遙か遠く、小さな点――人の姿が水に浮かぶように横切るのがはっきりと視界に投影された。


「心を空に、形を捨て、水のように」


 念じる――海面を持ち上げ、自分が宙を舞う姿――ケビンの体表から海中に向けて放出される不可視の素粒子。


 寝そべっていた海面が隆起した。直径二メートルと少し程の水球が男性を包み、宙に浮いた。


 昇る。とうとう、反乱軍の残った駆逐艦を見下ろせる位置に来た。


「水は流れ、時には砕く事も出来る」


 球が半分に割れ、分裂したまま丸くなる。片方にケビンが浮かんでいた。


「水よ、友となれ」


 手を差し出す。その時、もう片方の水の塊が槍の如く針状に尖った。


 振りかぶる――水の槍が周囲の空気を圧縮して衝撃波を発しながら、振り下ろされた。


 駆逐艦の前方甲板にある主砲に突き刺さり、大きな穴が空いた。黒煙を上げる砲座はピクリとも動かないオブジェと化した。


『いい歳してカッコつけんなよ』

「お前に言われたくはない。好きな武術家の名言だ。私は年老いてもこれが根っからの性分らしい」

『だが太陽の力に勝てっこねえだろ』

「蒸発するだけだ。形に意味など無い」


 船の上では搭載された機銃や機関砲、対空ミサイルやレーザー砲といった防御システムの筒先がこちらを向いた。


 ニヤけるケビンを包んだ巨大な球は臆せず、銃弾の中を掻い潜って降下していった。





















 ハワイ、オアフ島、島南部に位置する反乱軍航空基地。


 前世紀から利用された軍港や滑走路はそのまま活かされ、防衛に貢献され続けてきた。特にアメリカ中南部とオセアニアを主拠点とする反乱軍にとっては、アジアでの攻防に関して重大な意味も持っている。


 ワイキキビーチや入り組んだ真珠湾は今も尚観光客が多い。恵まれた火山の熱や資源は今でも現地の住民に役立っている。


 湧き出る溶岩によるガラス細工が発展してきたダイアモンドヘッドの西、真珠湾の東端にある反乱軍のヒッカムベース、甲高いサイレンが響き渡って南国の風景を殺伐とさせていた。


 巨大な格納庫から三角形の戦闘機が五機、微かにエンジンによる振動と加熱された空気をノズルから吹き出し、慌ただしく滑走路の上へ。


「予め言ったと思うが、トランセンド・マンによる攻撃だと考えてほぼ間違いないだろう。対処はこちらでやる。そちらの任務は迂回して側面から後続の艦隊を攻撃する事だ。特に揚陸艦は本島の方に接岸されると厄介だからな」

『了解』


 飛び立とうとする戦闘機達を見守る管制室の中央、頭頂部の禿げた白髪の老人が流れるように言った。


「ではフレッド、そちらはトランセンド・マンの妨害を任せたぞ。水流を扱う能力だと推測される。お前ならある程度対抗出来る筈だ」

「了解です。ですがこちらオアフの防備は?」


 と、応じたのは同じ管制室で隣に立つ浅黒い肌のアジア系の人物。見掛けによらず、流暢な英語だった。


「心配するな、私達が守るさ。ハワイはそう簡単に手を出させはせん。生まれと育ちに誓ってな」


 指揮官のしわの目立つやや太り気味な顔が笑った。無理矢理場を和ませようとしているのだろうか。冷や汗も垣間見える。


 ボゴン!――閃光と共に、管制塔の窓ガラスが震えた。


 光が晴れ、管制室の丁度正面の滑走路に見えたのは、粉々に砕け散った飛行機だった。飛散した燃料が引火し、のろしを数百倍にしたかの如き黒い煙を上げている。


「何事だ?!」

『上だ! 上に何か、いや、誰かが……』


 再び閃光。それも四回――助走をつけていた途中の戦闘機四機が、瞬く間に炎を上げるスクラップとなっていた。


『よう、聞こえるか? アロハ、なんつって。神の雷をとくと味わいな』


 窓が割れずにたわむ。しかし、オペレーター達は突如来た通信からの、飄々とした声に釘付けだった。


「な、なんて威力だ……」

「何者だ?! どうやって周波数と暗号が分かった?!」

『どんなもんだ? その気になりゃ地核を貫通して大西洋にまで穴を空けてやる』


 質問に対する答えは無かった。代わりに、太陽が昇ったばかりのまだ赤がかった空を、燐光が煌めいた。


 ドゴゴゴゴッ!――燃え盛る航空機を鎮火しようと、滑走路を走っていた車両が爆発した。


「レーザー兵器か?!」

「不味い、戦術兵器並みの出力ですよこれは。恐らくは太陽光を収束しているんでしょうけど、果たして対抗出来るか……」


 顎に手を当てるフレッド。声のトーンに変化はさほど見られないが、小首を傾げていた。


「これは陽動だ。本命の揚陸部隊はハワイ島を占拠するつもりだろう。フレッド、皆を連れてそちらへ行ってくれ」

「はっ、ですが……」


 日系人の口が躊躇いを見せる。それでも、白髪の指揮官の言い方に迷いは無かった。


「私は大丈夫だ。こういうのは老人の仕事だ、任せてくれ。本拠点からの援軍が来るまで待てば良いだけの事だ。まだ本島に踏み入られていないなら時間はお前達で十分に稼げる筈だ」


 トランセンド・マンどころか、司令室に居る者全てが老人を見て騒然としていた。


「こちらだけが終わったとしてもまだ取り戻せる。だがハワイ島まで追いやられたらそれこそ手が付けられん」

「分かりました。マット、イザベル……」


 衰えぬ碧眼の尖りの真っ直ぐさを見てようやく了承、フレッドは何処からか取り出した通信端末に向かって喋りながら、駆け足で管制室の扉を開け、その先にある廊下奥に消えた。


 やがて、飛行機の亡骸が散らばる滑走路の上に、一人の人物がフワリと降り立った。管制塔からでは、人が寝転がった程の幅のグライダーのような物体に乗っているのが見える。特殊部隊等、隠密行動向けに使われる人間搭載ドローンだろう。


『他に誰か焼き尽くされたい奴は居るか? 痛みも跡形も無く天国へ行けるぜ』


 青年のものと思われる声は、あざ笑うように舐めきっていた。狼狽えて弱音を吐いているオペレーターも見受けられる。


 対する老人は、マイクロフォンへ向かって勇ましく答えた。


「この諸島は決して傷付けさせんぞ」


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