12 : Rejection
「あの石取った?」
「ああ、これか?」
イエローストンにある地球管理組織の施設より少し離れた針葉樹森の中、ぬかるんだ大地に一両の兵員輸送車両が停まっていた。
問い掛けるのは小柄な黒髪の女性、テレサ。答えるのは金髪サングラスの男性、ジェイク。
テレサはジェイクの掌に乗る黒い石ころらしき物体を確認し、頷いた。彼女は続ける。
「あの掘削塔、マグマまで掘っていた。その石は採掘したマグマから抽出していたみたい」
「マグマ? こんな時代に宝石商やるって訳でも無さそうだな。テレサ、お前はこれを何だと考える?」
「まだ分からない。でも管理軍が大事にしていたのは確かだし、きっと重要な機密だと思う。調べなきゃ」
「とりあえずお疲れ。」
淡々と答えながら黒髪の女性は車両後部の粗末な座席に座った。ジェイクがその隣に腰掛けた所で車両は走り出した。
少し離れた所では、森の中を他多数の車両が縫うように、何百メートルはあろうかという列を成して走行していた。ジェイク達の車もそれに加わり、森林地帯はしばらく行列が続き、地面のぬかるみにタイヤ痕を付けていく。
その頃、別のトラックの内の一つ。そこには一組の少年少女が居た。
「本当に大丈夫?」
少女、アンジュリーナは隣に座る少年、アダムを、厳密には彼の腹を心配そうに見ていた。
「俺も詳しくは分からんが、大丈夫とは思えんな」
少年の向かい側から賛同するのはラテン黒人、リカルド。彼もアダムの下腹部をしかめ面で見詰めている。
「それ痛くないのか?」
「痛みはない」
リカルドの隣のラテン白人、レックスまで普段の明るい表情を消していた。
「やっぱ看てもらった方が良いと思うんだけど……」
「衛生兵誰か呼んでくるか?」
「そうしてもらう」
白人二人の提案に同意したアダム。「待ってろ」とレックスが車両後部から飛び出し、何処かへ飛んでいった。
「あのマルクという奴が言っていた。ディック中佐という人物に命令されたと。この前の戦闘でも別の人物が中佐という人物に命令されたと言っていた。その人物が恐らく連れ戻そうとしている」
「つまり管理組織の目的はアダム君って事?」
目を丸くしてアンジュリーナは問う。
「分からない。だが、奴はこう言っていた」
何処かおぼつかない表情で少年が語り続ける。自然と少女が胸の前で手を組んでいた。
「奴は、自分を殺したいと言っていた。何故かと尋ねた。そしてこう言っていた。何故かは分からないが憎む、と。この世には理由の存在しないものもある、と」
アンジュリーナが途中でビクリと反応したのは「殺したい」という単語が聞こえたからだろう。
「それじゃあ変だなあ。もし管理軍がお前目当てだったらお前の捕獲に戦力費やす筈だ」
と、リカルドの疑問。アダムはそれに頷いた。
「もしかして極秘、とかですか? アダム君が見つかった施設で、ハンさんやチャックさんが調べても分からない事だってありましたし」
少女が思い付く。「成程」と残りの二人。
「まあこれは戦術に詳しいハンとかの方なら分かるかもな。それよりもその“黒いの”が気になって夢に出そうだ」
リカルドが視線でアダムの腹を指し示す。
当の少年はジャケットとシャツを脱ぎ、その下の上半身を覆う温度調節インナーを、腹の部分だけ上げていた。
そこにあるのは、小柄ながら鍛えられて引き締まった腹筋。問題は、それが所々黒く染まっている事だ。
「まさに腹黒いってこの事か……失礼」
黒人の独り言のようなジョークだったが、すかさず自重すべきだったと謝る。それに応じてアンジュリーナが心配そうに口ごもった。
「ただいま」
不意にレックスの声がシリアスな雰囲気を和ませる。三人がトラック後部へ振り向くと、レックスが誰かを背負って立っていた。
「それで、君かい?」
迷彩柄の服を着た男性兵士、腕には赤い十字型の腕章は衛生兵の証拠だ。彼はレックスから降りると少年に寄り、手に持つアタッシェケース型の医療キットを開いた。
しばらくして兵士はライトを当てながらアダムの腹を観察する。
「これは、細胞が壊死している。しかしこれらしき外傷は無いのに……」
ハッ、と息を呑む音が聞こえたのはアンジュリーナの心配性故だろう。「何だって?」とリカルド。
「やはりあのマルクという奴の能力か」
「でもそれってどんな能力だ? 壊死つっても色んな原理があるだろうし」
アダムの呟き。レックスがふと考える。
「ひとまず抗生物質を……ってトランセンド・マンに必要かな?」
トランセンド・マンのエネリオンによる防御はミクロレベルの有害物質や細菌、ウイルスへの耐性まであるのだ。
「一応打っておいた方が良いかもな。キャンディ貰えるし。まあ原因が分からない以上念には念が一番だ」
「はいよ。腕出してくれ」
衛生兵がリカルドに提案され、そう言って拳銃型の注射銃を持った。素直にアダムが腕を差し出し、衛生兵が固定する。
針先が皮膚を突き、静脈に――兵士が引き金を引いた。銃身部のシリンダーに溜まっている半透明の液体が放出。
何の変哲も無い注射の筈だ。だが、アダムは刺されたまま硬直していた。
何も無い部屋。そこで縛り付けられている――何も喋られない。赤毛の研究者が注射を打ち込んだ。
少年の頭にはそんな光景が浮かんでいた。以前のロサンゼルス防衛の時と同じだ。
だが、これが記憶にしろ幻覚にしろ、それ以前もそれ以後も分からない。
「どうしたの?」
アンジュリーナのその言葉が少年を現実に引き戻した。見ると、衛生兵は医療キットを片付け終えていた所だった。
残りの大人達も振り返る。暗い青色の瞳孔は見開き、額に汗を滲ませていたのだ。
「来るな」
歩み寄ろうとしていた少女が、アダムの冷酷な威勢に気圧される。
「どうして……」
「来るな」
ただでさえ少年の冷淡な表情が、更に凄みを帯びたように見える。まるで手を差し伸べようとするアンジュリーナに対して敵を見るような目つきだった。
「でもとても心配よ。前だって同じように……」
「来るな!」
「ひゃっ!」
純粋な拒絶だけを含む強い声。ある意味怖さすら覚えた少女、反射的に引き下がり尻餅をつく。
「おいおい落ち着け落ち着け、女の子にはちゃんと優しくしてやれよ。アンジュちゃんも心配し過ぎるな」
リカルドがこけたアンジュリーナを起こし、レックスが両者をなだめる。
「またごめんね……」
悪くないのに謝る少女の姿は、少年にとってはとても奇妙だった。
「こちらこそ、ごめん」
アダムが謝った。彼の目に迷いは無い。それをアンジュリーナは読み取っていた。
「私は大丈夫。アダム君は?」
「大丈夫だ」
「そう、良かった」
平常通り平坦な声を取り戻した少年に対し、少女は笑顔を見せるのだった。
「さあ、ロスに帰ったらどうする? 良いカフェがあるんだ。パフェが美味い所」
「お前糖尿病になりそうだな。それより海行こうぜ。久々にロックフィッシュを釣りたい」
仕上げに大人二人が話を楽しいベクトルへ逸らし、雰囲気を和ませる。
その様子を端から眺めていた衛生兵が「何のこっちゃ」と頭上にクエスチョンマークを浮かべるのだった。
イエローストーンに位置する掘削施設を襲撃され、逃げる羽目になった地球管理組織達。彼らは北上し、カナダのカルガリー基地へまで撤退し終えていた。
管理軍と反乱軍の対立が激化する地域の一つ、それが北アメリカ大陸の中部で、反乱軍と管理軍がそれぞれ南北に分かれる。
広くて地理的に山岳や荒野が多く、互いに攻めにくい地形の筈だが、少なくとも管理組織には攻め入りたい理由があった。
「まあ、俺にはそんな事どうでも良いがな。なあジャン」
「ケビン、お前も同意見か。俺も上層部は少々固執し過ぎだと思うのだ」
「あんな石ころが無くとも我々は勝てるだろうに。何をもたもたしているのか」
「全くだ、友よ」
基地内の休憩室のテーブルに腰掛け、お互いの拳をぶつけ合うのはそれぞれ白髪の男性と橙色サングラスの男。どちらも苦笑いを浮かべ、手元にあるコーヒーを飲む。
「しかし、報告書が困る。俺が戦闘に向いているのは知っているのに指揮官にするとは全くな」
「違いねえ、俺も管理組織が馬鹿馬鹿しくなってきた、ハハハ」
ケビン・リヴィングストンが「それ位にしとけ」と言い、続けて腕時計型端末に手を触れた。
「なあ、この前頼んでいた“アレ”、完成早めてくれないか? それと熱対策をもう少し重点的にしてくれ」
『了解しました』
端末から無機質な声が聞こえると、無造作にスイッチを切った。
「ところで、ディック中佐から頼まれたあの“試作品”とやらはどうしたんだ?」
「さあな。命令しても戻って来ていないのなら失敗作って訳だ」
「口がキツいねえ。“お子さん”だってのに」
今度は二人一緒に笑い合う。
「まあそれは置いておき、結局何故あんなのを寄こしたのか、中佐の考えは良く分からん」
「さあな、俺も科学者という人間はよう分からん。口にチャックでも付いてるんだろ」
「しかし隠す理由が分からんな。まさか俺達にも極秘の事があるとか……」
ふと、ケビンが口を止め、ジャンの後ろを見ていた。何事か、とジャンが振り返る。
そこに立っていたのは、赤毛と赤目の特徴的な小柄な少年。今まさに噂していた人物だ。
「ほう、帰ってきたか」
半分白髪頭の男の感心。対する少年は何か不満げな表情だ。
「……強くなりてえ」
「マルク・ディックよ、大した執念だな。気に入った」
怒るような少年の目つきに対し、ケビンは余裕の籠もった楽しそうな笑みを浮かべていた。
「俺を強くしろ」
「良いだろう。ジャン、お前得意だろ?」
「あいよ」
少年の頼み、否、命令を聞いたケビンは向かい側に座る友人へ声を掛けた。すると、赤いサングラスを掛けたジャンが腰を持ち上げる。
「俺の修行は厳しいぜ。やるか?」
「やる。あいつを殺す」
即座の返事。オレンジのレンズの奥が、ニヤリ、とほくそ笑んだ。
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