8 : Concentration
「ようし、さっさと位置に着け」
『その前にここらをブリキ野郎共をゴミにしなけりゃな』
人型戦闘ロボットの中隊を突破した、ロバート率いるパワードスーツの分隊。彼らは次のステップに踏み込んでいた。
砲撃で半壊した建物を遮蔽物に、前方に四・五メートルを誇る敵の二足歩行戦車を認める。
ただし、装備は反乱軍の物よりも優れている。腕は無いが、ボディの側面や上部に組み込まれるように銃器が備わっている。埋め込み式のカメラやセンサーも上下左右三百六十方向を感知出来る。しかも自律操縦。
まずパワードスーツ部隊を阻んだのは機体上部のガトリング二本による掃射だった。
『金持ちめ!田舎モンの旧式メカ舐めんな!』
四つのガトリングの先端から発光。しかし振動する反動はすぐに消えた。
『無駄遣いし過ぎだ』
『うるせえ、援護兵は弾薬消費が仕事だろうが。ったく補給まだか』
『今行きますよ!』
順にルーサー、サム、ピーターの台詞。弾を切らしたサムが建物に隠れ入る。
途端、先程まで金髪の青年の立っていた場所でグレネードが爆発した。チタン合金製のパワードスーツといえどひとたまりもあるまい。
『持って来ました。しかし拡張分まで持って来ましたから相当重いですよそれ』
『サンキュー。心配すんな、どうせ機動なんてあるだけ無駄』
『聞き捨てならんな』
到着したピーター機がサムへ箱形の弾薬パックを渡し、通信にミハイルが割って入った。
するとロシア系青年は車輪の機動を生かし、遮蔽物の隙間を縫って扇形に銃撃を仕掛ける。二足歩行戦車のガトリングが影を追うが、そのスピードには付いて来れない。
『あんなの当たれば終わりだっての』
『受け続けるよりはマシだ』
『まあまあ二人共……』
二人の口論を年下の青年がなだめ、サムはバッテリーと共に背部に付いたカートリッジ式弾倉を取り替える。武器一つにつき弾倉が一つなので計四個交換だ。
しかも弾倉は通常より大きく、背中が一層盛り上がっていた。
『よっしゃあ、大量消費社会にしようぜ!』
と、金髪青年が叫びながら建物の窓枠に姿を現し、後ろでやや引き気味な部下と共に弾丸の嵐を見舞うのだった。
『ラケシュ、遅えんだよ!』
『道が混んでた』
男勝りで短気な女性の元に、インド系男性が短く返しながら辿り着く。こちらは建物の三階から様子を伺い、補給。
見下ろせば、軽装甲の機体が瓦礫のあちこちを行ったり来たりしているのが見える。そこへ別の機体も機動戦に加わった。
標的の増えた二足歩行戦車はせわしなく兵装を動かし、照準が中々定まらない。
『あたし達もやるよ! せーの!』
せっかち気味なジェシカと同時にラケシュが無言でグレネードを発射――二つの撃ち下ろされた榴弾は敵機体の上部で炸裂、ガトリングの一本が折れた。
だが機体自体はまだ無事で、向こうの背中に平行に付いた二つの筒が僅かに斜めに傾く。
『ミサイルだ!』
微かな変化に気付いたラケシュが警告しながら部屋の隅で伏せ、ジェシカは窓から飛び出す。
直後、筒から噴射炎と共に飛び出たミサイル数個が建物を爆撃する。瓦礫が大量に飛び散るが、味方機の状態を確認する信号は正常のままだ。
『食らえ!』
八メートル以上の高度から飛び降りながらセラミック製の剣を腰から抜く。落下――衝撃に耐えたジェシカ機が二足歩行戦車に突き立てた刃に掴まっていた。
想定外の重量を検知した敵機が振り回すが、女性の方は懸命にしがみついている。
次の瞬間、ガクン、と揺れ――敵機体が突如発光したかと思うとふらつき、爆裂音。
ジェシカは慣性の法則に従って放り投げられ、二足歩行戦車の側面にぎっしり並べられた箱型の物体の一個が消えていた。
『おいおい、爆発装甲なんて聞いてねえよ』
バランスを整えた機械の巨人、箱型の胴体下部に付いた、比較的小型のアームにある重機関銃が遠くの森林に向かって発砲する。
『危ねえ!』
『俺のターン!』
スペイン系スナイパーが慌てて身を退き、重装備に包まれたスーツが両腕を出しながら前進。
両腕のグレネードランチャーが断続的に火を噴き、背中のロケット筒が燃焼ガスを吹き出す。突如として爆風の嵐が金属製の巨人を襲撃。
箱型の爆発反応装甲は大量に削がれたが、まだ半分以上は残っている。
「どけっ!」
リーダーのロバート機がボブを抜かして突進――両手には銃身の太いアサルトライフルらしき武器。
「歩兵舐めんな!」
火薬音、はしなかった。代わりに音速を超える衝撃波と、バチッ、と火花のような音。
瞬間的に作られた強力な電磁場によって音速の七倍に加速された、たった十グラムの熱された金属粒が、銃身に対して細い銃口から飛び出る。
対物ライフルにも匹敵する銃弾が数連射──敵機体表面で発光。
着弾、飛翔の威力に加え高熱の弾が対象のボディを融かしつつ穴を空ける。たちまち穴だらけになった二足歩行戦車だが、まだ平然と動いている。
「良い鎧だな、こっちのレールガンと勝負しようぜ」
スライディングし瓦礫に身を隠すロバート。
『恐らく比熱が高い流体のような層があるんでしょう。だから……』
『要するにまだ足りないって事だろ?』
ラケシュの考えを遮りながら、ルーサーが割り切って背後からロバートの物と同じレールガンを乱射する。
上半身を回した二足歩行戦車が高速弾に対抗して重機関銃を連射。そこへロバートが後ろから参戦。
挟み撃ちに敵機は上部のガトリングを後方に向ける。しかし、ガトリングは発射する前に粉々に爆砕された。
『へっ、銃器だけは中国製か?』
数百メートルも遠方からの狙撃手の呟き。それを機に二足歩行戦車は機体側部のロケット砲までもやけくそ気味に撃ち始めた。
『もらった!』
ロシア系青年の確信に満ちた発言。間もなく軽武装のスーツが瓦礫から飛び出す。
スーツの出力最大限まで生かしたその速度は時速五十キロメートル。腰からブレードが抜かれ、重機関銃を支える細い腕へ。
居合い斬りに機銃が二つ取れ落ちた。通り過ぎた機体が振り返り、剣を投擲――刃の先端が敵二足歩行戦車の黒いボディ正面に突き刺さる。
急いで瓦礫を盾に伏せるミハイル。ガトリングが彼の通った後を追って地面に穴を空ける。
『あり? センサー壊れなかったか』
『じゃあ俺が壊す』
遠方のシモンの通信。ガコン!――金属火花と共に、突如敵機体の前面に出現した大穴。
「うらあ! 押せえ!」
『うおおおおお!』
ロバートとルーサーがレールガンで追い撃ち。別の方向から擲弾や機銃弾までも飛来し、敵を八方塞がりにした。
やがて機械の巨人は電装類や機関部までも撃ち砕かれ、無数の穴を空けられて地面に倒れた。
『なあ、これ誰の手柄?』
「知らん、行こう」
隊長即座の切り替えに皆も賛同し、パワードスーツ達は施設の更に内部へと進んでいった。
『でも俺の狙撃が……』
『その前に俺が剣投げ……』
『いや俺のレールガン……』
『俺の爆撃……』
『あたし……』
『連射……』
「黙れ俺がリーダーだ! だから俺のだ!」
『『『『『『……』』』』』』
二本のナイフが互いの鋭い刃を押し付け合う――持つのはどちらも少年。
体格も、肌の色も、髪型も、顔つきや目つきも、お互いに持っている武器だって同じだった。
だが大きく違うものがある。髪はそれぞれ青と赤、目も青赤。
そして、少しだけ違うものもある。青い方は表情を一切変えないが、赤い方は怒っているように顔をしかめている。
「シャッ!」
赤い少年の掛け声──右手のナイフが青い方、アダムの喉を狙う。
青い少年の手が、突きの元の腕を左手で掴み止め、自分のナイフを向こうの腱に一直線。
上から相手の左手がそれを捕まえ、続けて右手を押し込む。アダムが向こうの右肘から先を左手で押し曲げ、赤い少年の体側へ寄せる。
腕を後退させられた赤い方は右半身を前に突き出し、横蹴り――青い少年の左手が払い落とす。
次は赤い少年がナイフを逆手に持って肘を伸ばす突き。その手首がアダムの左腕と交差し、動かない。
応じるアダム、腹を狙ってブロー気味に刃を突き出す。敵が手元から左手で受け止めた。
両者の腕が絡み合いそれぞれ向きを変えたり押し付けるが、力は釣り合ってどちらも前に進まない。
赤い方が足を次々踏み出し、青い方も蹴り返す。上下でしばらく拮抗状態が続いた。
両者がほぼ密着状態で同時に左肘を前に繰り出した。それぞれ互いの胸を叩き、双方が飛ばされ離れる。
赤い少年が不敵な笑み――アダムが察知した瞬間、相手は地を蹴っていた。
空中四連蹴り。手で全てはね除け、着地した向こうが更に連続蹴り。バックを余儀なくされる。
回転して上段、上段、下段、下段、中段、上段――後退だけで全て避け、最後は後ろ跳び蹴りを胸の前にかざした両腕でガード。
二メートルの距離が余って二人が立ち止まる。それぞれ瞳を伺いながら構えや体勢を変えるが、一向に動かない。
状況を急変させたのは、アダムだった。彼は警戒を解かぬままいきなり口を開いたのだ。
「お前は誰だ?」
ほんの好奇心による質問。しかし返事は予想外だった。
「お前を捕らえれば俺はそれで良い」
「質問に答えていない」
冷酷なやりとり。赤い少年が舌打ちし、瞳孔が開く。
「気に入らん奴だ。俺はマルク。これで満足か?」
「マルク……」
ようやく質問への苛立った回答。青い少年は何かを思い出そうとするように呟いた。
(まだ分からない。だが奴は何かを知っている筈だ。聞き出したい)
気付けば周囲は誰も居ない森林の中。銃撃音や爆発音が遠くから聞こえる。
アダムはナイフを腰の鞘に収めると右半身を前に出し、右腕で腹を隠し左拳を顎の位置に、構えた。
それを見たマルクと名乗る少年は、「チッ」と舌打ちした。
「気に入らねえ」
そう呟くとマルクは手に握るナイフの切先を、アダムの額目掛けて突き出す。
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