10 : Grain
とある山の斜面に作られた地球管理組織の基地施設。森林の中から二人のトランセンド・マンが現れ、貨物搬入口のような場所へ来ていた。
先に来たのは大柄な茶髪でサングラスをはめた男性、ブラウン。遅れて一回り背の低い黒髪の男性、ベルも到着した。
少なくとも高さ四メートルを下らないシェルターの如きコンクリート質の厚く重そうなドアが、見た目通り重々しく上に開いた。横幅は縦の三倍近くあるだろう。
内部に居たのは等間隔で並んだ車両達。そしてポツンとその中で一際目立つ中年男性が一人だけ。
目立つ理由は二つあった。一つ目はヘルメットのような物を抱え、彼らの正面に立っている事。二つ目はその人物の髪の毛が禍々しく鮮やかな赤色だった事。
この赤毛の中年男性、クリストファー・ディックは無言でヘルメットに似た物体をブラウンへ渡した。無抵抗で受け取ったブラウンはそれを頭に被せた。
光は全く入ってこないので視界は暗闇だけが広がっている。手でヘルメットの表面を認識し、側面に付いたボタンを自分で押した――脳を揺さぶる感覚。
数秒後、ブラウンは目を開け、暗闇を視認した。頭に被さる違和感を外し、目の前に居たディック中佐に預ける。ブラウンは何も言わずにどこかへと歩き、廊下の奥に姿を消した。
「全く、画期的な発明ですな。感心しますよ」
「お前も被るのだぞ」
皮肉を込めた口調のベル。中佐にヘルメットを渡され、反抗などちっぽけも思わずに被り、ボタンを押す。
この時、ベルはさっきまで自分が何を話していたのかなど忘れていた。気付いた時は、何故こんな物を被っているのだろうか、と考えた程だ。
だが今やどうでも良い。ブラウンとベルはロサンゼルス強襲作戦に参戦し、作戦は失敗した、そう思っている。二人はディック中佐から命令を受けた事も知らない。
ベルも去り、誰も居ない搬入口でクリストファーは一息吐いて呟いた。
「幸い記憶消去と植え込みが出来たから良かったものだが……次はどうやるか、これ以上大きく動くのは不味い……」
夜空から突如にして急降下する姿――減速し、スタッと軽く着地音。
サンタモニカ丘陵で、戦闘の後始末をする兵士達はその音源へ一斉に振り向く。丁度兵士達のど真ん中。先程まで存在しなかった筈の青年が、空中から飛び降りた体勢で膝を曲げて立っていた。
黒目黒髪の青年は辺りを見回すと、凜とした雰囲気が目立つ背の高い女性発見し、駆けつけて尋ねた。
「クラウディア、大丈夫だったか?」
「ああ、こちらの被害は最小限だぞ。レックス、お前達こそどうだった?」
黒髪の青年、レックスは返事を聞いて安堵した。反対側の北欧女性、クラウディアも訊き返す。
「何とかダラスへ辿り着く前に潰したが、そっちに間に合わなくてすまんな」
「結果が良ければ大丈夫だ。ところでリョウは?」
クラウディアが安心して胸をなで下ろし、レックスの後ろの景色を見透かしながら言った。向かい合う青年も振り向く。
視覚が常人より遥かに優れた二人は、丘陵地帯の遠くから駆けて向かって来る存在を発見した。
数十秒後、ボサボサな長い茶髪と同じくボサボサな茶髭の青年が、二人の数メートル先で停止、彼の口が開いた。
「よう、くたばってなかったか?」
「お前こそ、私に心配かける余裕があったみたいだな」
「俺を真似たつもりか。お嬢さんにはクソ真面目な方がお似合いだぜ」
リョウの憎まれ口の台詞で会話が終わる。二人は会話の雰囲気などどこかへ捨て、顔を見合わせて笑い合った。
「余裕も何も、リョウの奴ホットドッグなんか持って来て俺の戦闘を眺めていやがったからなー」
さりげなく棒読み気味に言い放つは親友のレックス。音源から三メートルも離れていないこの場の誰もが聞き逃す筈はなかった。勿論それはこの場唯一の女性も含む。
発言を耳にし、リョウを見つめるクラウディア。笑顔は既に失われていた。
「お前はどうして真面目にやろうとしないんだ!」
「別に良いだろ、どうせレックスが勝ってたし。過労死だけは御免だぜ」
「そういう問題じゃない! 楽ばかりして! この前だってレックス一人だけで侵入者を相手していただろう。お前は随分近くに居たのに気付かなかったとは、気が抜けている証拠だ!」
母親の如き説教を前にリョウは目を細め、小指で耳の穴をほじる。それを引き金にクラウディアの怒りのボルテージが上がる。
更に無視した青年、更に女性が怒り――連鎖反応を周囲からレックスや兵士達が見物し、笑い声を上げていた。当人達は周囲の視線に気付くまでやり取りを続けていた。
クラウディアの猛攻と、対するリョウの不真面目な対立を見ていたのは、アンジュリーナも例外ではなかった。
彼女はおかしくて「ふふっ」とつい口にまで出す――隣の少年とは対照的に。
月明かりで髪が僅かな青に染まっている少年、アダムは少女と反対方向を向いていた。まるで大声が聞こえないかのように。
彼はクラウディアの叱り声に一度は振り向きはしたが、何も言わずに目を逸らし、あてもなく何処かへ歩きだした。
それを見たアンジュリーナ。彼が心配だった。自然と同じ方向へ歩いていた。
相手の姿が止まった。少女も合わせる。
「アンジュ、これを見てくれ」
何を思ったのか、少年は百八十度方向転換、ポケットに手を入れ何かを取り出した。
差し出された掌に乗ったのは、黒い砂粒のように見える物体。光が当たらないので良く見えない。
「砂かしら?」
「ただの砂ではない」
曖昧な可能性ではなく、断言。掌の上のそれをアンジュリーナが指でつまんだ。
変異――砂粒が光った。
「綺麗……」
まるで砂粒の内側から湧き出るような光……
「……これって、エネリオン?」
黒くて見えなかった砂粒の、細かな輪郭や凹凸が判明する。
もう一つ、少女はこの光を見て別の何かを感じていた。彼女にはそれが何なのか実感出来なかったが、強いて言うなら、デジャヴ。どこかで見た事がある覚え。
「あっ」
吸い取られていた意識が元に戻る。指先から砂粒を滑り落としてしまったのだ。
もう片手を伸ばす。しかし、彼女の掌に落ちたは良いがバウンドした砂粒を掴み損ね、再び落としてしまう。
「ああっ」
目を追った先、自身のものではない手が砂粒をキャッチしていた。
見るまでもなく、腕を辿ればそこにはアダムが居る。
彼は普段と変わらず心が読めない視線を送っていた。同時に砂粒をポケットへしまう。
「……」
「……ご、ごめんなさい」
条件反射的に腰を九十度折り謝る少女。首と共に視線が下に逸れ、相手の顔が見えない。上目に顔を見ても少年は動じていない。
「どうして謝る?」
その言葉は純粋な疑問だけで構成されている。
「私がするべきと思ったからよ」
少年にはやはり分からなかった。何故しようと思うのか。
少し前、ロサンゼルス都心のビルの屋上にて、アンジュリーナがアダムへ向けられたナイフを止めた代わりに彼女が犠牲になった時と、同じ疑問。
少なくとも今の彼は結論を出す事は出来ない。だからこう言った。
「アンジュを信じている。分からないが、疑問もあるが、信じている」
戸惑いを見せる断片的な少年の言い方にアンジュリーナは笑顔で返した。
「……ありがとう。きっとアダム君なら分かってくれると信じているわ」
二人の顔は晴れ、すっかり互いに向き合っていた。
「ところで、あの砂粒が何なのか分かるか?」
ムードを崩す唐突な変化。予期しなかった少女は力が抜け、思わず何もない所でこけそうになった。
(そうだった、あの砂粒の話をしていたんだったわ……)
顔を赤くしながら体勢を整えたアンジュリーナ。だが砂粒についての知識がある訳ではない。
「……私には分からない、初めて見たわ」
「そうか。実はクラウディアやロバートにも見せた。皆分からなかった」
少女は先程自身が謝っていた事も忘れて完全に砂粒へ考えを移していた。アダムも先程少女の行為に疑問に思った事をすっかり忘れ、熱心に砂粒を眺める。
「……ハンさんなら分かるかも。後で調べて貰いましょう」
穏健な中華系の青年、ハンの能力「電子操作」は電子一つ一つを認識する知覚能力が伴って実現する技だ。陽子よりも遥かに小さい電子規模における知覚能力があれば、それを構成する物質の構造だって分かる筈だ、という考えだ。
「成程、是非見て貰おう」
二人の若い男女は、すっかり砂粒の魔力に取り憑かれているようにも見えた。
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