第196話 マルゼダは彼らを見て思う。

 眼前にせまる石壁に囲まれた街を眺め、


(ついに、チカバの街に近づいてきた……)


 左腰に剣を帯び、茶色の革の服に身を包んだ、

朱色の髪と目をした男―― マルゼダは、

荷車を押して歩きながら、ちらりと彼らを見た。



「わぁ、綺麗きれい……」


 薄い青色の髪と目をしたロスティが、

目を輝かせて呟いていた。


 白い外套ローブに金の装飾がされた杖を持ち、

荷車の上で客の気分でいる、パルステル教を信仰する女性であった。


 彼らが数日前まで滞在していたカラパスの村で仲間になった彼女は、

教えを広めるため、また 親のすすめでソーマ達に同行することになった。


 カラパスの村では、持ち前の美貌びぼうと出生の秘密から、

村の男達の欲望の吐けくちにされかかった騒動が起きた。


 その騒動は、巻き込まれたソーマ達によって解決したわけだが、

これがマルゼダにとっては危急の、頭を悩ます種の一つとなっていた。



「あそこがチカバの街なんですね……」


 ロスティ同様に、初めて見る景色の美しさに感動しながら、

シアンがぽつりと呟いていた。


 シアンは黒に近い蒼い髪色で、

その真ん中分けした前髪を後ろでくくり、

腰まで届く後ろ髪は そのまま流していた。


 胸当ては厚く、すね当てや腕や腰鎧を着け、

青色の上下服ワンピースに、背中には杖を背負っていた。


 また、左腰には短剣を、左腕には革の盾を装備していた。


 カラパスの村での騒動の後、

ソーマに対しての シアンの様子が少し おかしかった日々があったが、

今では以前のようにソーマと接しているのをマルゼダは見ていた。


 マルゼダから見たシアンは、自己主張が控えめな性格で、

男性が苦手で 怖がりで、顔立ちや体つきは男受けする美女であり、

魔物相手に魔法を放つより、家で料理をしている姿の方が望ましかった。


 また シアンは、自分の思いだけで暴走するようなところがあり、

過去には、ソーマを押し倒して関係をせまったことも、

それを抵抗されて しばらく 彼から逃げていたこともあった。



「……」


 無言、無表情で歩く、焦げ茶色の短い髪と目をしたバーントは、

冒険者のと比べると広く、衛兵士たちのと比べると狭い面積の、

首から下を包む、分厚い全身鎧を身に着けていた。


 中型の盾、左腰に剣、右肩の槍筒やりづつには槍が三本、

左肩には魔物用の大きく長い剣を背負っていた。


 マルゼダ達の中で一番の長身で、冒険者として長く活動し、

他の冒険者たちと仲間を組んで頭役リーダーをしたこともあるバーント。


 だが、口数が足りない 言葉も足りない、ムスッとして 愛想がよくない、

組んだ冒険者仲間が裏で何をしていたのかに気づいていなかったことがあり、

それが原因で ソーマ達と出会うことになったと、マルゼダは後で聞いた。


 人付き合いが苦手で交友関係が狭いのと、ある騒動での負い目から、

酷い目にったソーマを守ろうと決意し、

ソーマも また、バーントに守護されることを約束したという。



「あー、またか魔物でも出て来ないかなー。」


 ヴィラックは退屈であることを態度で示しながら、

もう一台の荷車を押しているソーマをジロジロと見ていた。


 赤紫色の髪と目に、同色の上衣、腕鎧と脚鎧を着け、

両腰には 二本の剣を帯びていた。


 顔立ちの良さが嗜虐しぎゃく的な笑みで歪み、

いつ暴れ出すか予想できない精神の不安定さをヴィラックは持っていた。


 その狂気の目は 常にソーマへと向けられており、

ソーマと二人きりにさせてはいけないことは、

この場にいる全員が理解をしていた。


 そもそもヴィラックは、ソーマを付け狙う『黒魔導教団』の団員で、

ソーマを連れ去る計画を立てて行動していたものの、

ソーマを『お姫様』と呼んで、そばにいるために教団を抜けた過去がある。


 魔族化する前から警戒が必要であったが、

魔族化した後は、黒い魔力を制御して放出できるようになっていた。

 また 身体能力も上がり、ヴィラックの危険度が高まっているが、

今現在はソーマのそばにいるためか、特に問題を起こしていないのが、

ある意味で不安なマルゼダであった。



「あんまりソーマ君を、いやらしい目で見ないでくれるかな? 」


 ヴィラックを警戒して、ジョンがソーマの押す荷車の上から声を掛けていた。


 黄色い髪と黄色の右目、赤くなった左目を持つジョンは、

左手に盾を、右手に剣を持つために 左腰に剣を一本 帯びていた。

藍色の上衣と、腕鎧に足鎧を着けて、のんびりと荷車に座っていた。


 ヴィラックを警戒しているジョンだが、

通りすがりの女性が見惚れるような目も、

綺麗きれいな鼻筋も、穏やかな笑みを浮かべた口元も、

女性にではなく ソーマに向けられていた。


 ブリアン家という貴族の家に生まれたジョンは、

男色家として育ち、出会ったばかりのソーマに執着していたらしく、

ソーマキメルス ドレス を着せられたり、体調を崩したり、

元使用人の男達に暴行を加えられたのも、ジョンが根本の原因であった。


 現在はソーマに抱き着いているだけで満足しているらしく、

また 魔族化したことで、彼を守れるようになったのが嬉しいらしい。

 


「……」


 ミザリーも風景を見て、また ソーマの横顔を見つめていた。


 長袖 膝下ひざしたまでの白色の上下衣ワンピースに、

軽めの胸当て、すね当て、腕鎧と腰鎧を身に着けていた。


 使用する武器は弓矢で、薄黄色の髪と目の色。

外見的特徴で一番目立つのが、長く尖った形をした耳であった。


 以前は丸く、普通の形の耳であったのだが、

魔族化した時に形状が変わり、音の聞こえる範囲が広がり、

遠くから接近してくるはちの魔物の羽音を聞いたことがあった。


 ブリアン家で使用人メイドとして働いていたが、

ソーマの体調を崩した原因の一人であり、

その責任があってか、ソーマの世話をし続けてきていた。


 彼の世話をし続けてミザリーの情が沸いたのか、

出会った当初から裸で添い寝し続けていた流れからか、

使用人メイドと客人の関係から、男女の関係に変わっていて、

それに気づいた時には、マルゼダも驚きを隠せなかったのであった。



「そろそろ 街の入りぐちに近づくわよ。」


 先頭を歩くアルテナは振り向きながら言って、

また 前を向いて歩いていた。


 彼らは もう見慣れているアルテナの後ろ姿、

ほぼ裸であり、その小ぶりな お尻の動きから、

マルゼダは慌てて 目を背けていた。


 彼女アルテナの革の長手袋や太腿ふとももまで隠す長足袋オーバーニーソックスに、

楕円形の金属板を張り付けた腕鎧や、足鎧。

 さらに腕鎧の拳骨げんこつの部分には長方形の金属板が、

足鎧の靴底には長方形の金属板が二枚、

それぞれ面積の細長い部分で溶接されていた。


 脚鎧の靴底の加工は、以前ソーマが使用していた板靴下駄を見て、

アルテナが加工屋の職人たちに加工させたのであった。


 露出度の高いアルテナの胸や腰を守る桃色の下着は、

大事なところ守れておらず、

ズレたり ほどけたりしない様にひもが長く、

それを体に巻きつけて結んでいた。


 左腰に剣を帯びているアルテナの髪と目は白金色で、

月日と共に長く伸びた髪の毛が、

首飾りの美異珠びいじゅの上に かかったりしていた。


 マルゼダと出会った頃は、アルテナの背も低く、髪も短く、

雑に切られた前髪に、雨や日差しを避けることしかできない頭鎧をつけ、

今よりは露出度が低い恰好であった。


 顔も美しく、均整の取れた肉体をして 男の視線を集めていたが、

特定の部位の大きさが小さいのが、

正直かわいそうだと マルゼダは思っていた。



 チカバの街を目的地として旅をしているのが アルテナであった。


 その彼女に最初に同行して旅の仲間となったのが、


「チカバの街、か……」


 もう一台の荷車を押しながら、

言葉と共に溜息をもらしていたソーマであった。


 黒い髪に黒い目、キメルス ドレス を加工した濃い赤紫色ワインレッドの上衣、

茶色の頭布フード付き外套ローブが風で はためいていた。


 低い鼻、短いあご、低い背丈。

 子供と思わせる容姿でありながら子供ではなく、

人のようでありながら――


(そこらの人族よりも人族らしい魔族……か……)


 マルゼダは、ソーマがドーマの街の宿屋で、

店主から宿泊拒否をされていた時のことを、

また 彼を狙って殺そうとした冒険者たちや、

今回の旅の道中で襲ってきたとのことを思い返していた。


 また、とある黒い魔物の死に対して泣いて祈る姿や、

壊れたノースァーマの街の光景、襲撃した黒魔導教団の連中、

剣で胸を貫かれ、死にひんしたソーマの近くで魔族化したジョン達、

実体化した幽霊ロスティの親達とりつかれた時のソーマの姿を思い出し、


(オレは……悪いが、もう付き合いきれねぇぜ……)


 ソーマの姿から目を離したマルゼダは、

伏し目がちに荷車を押して歩いていた。



 マルゼダはソーマ達に同行し続けることへの不安があり、

これ以上、ソーマ達へ深入りできない事情もあった。



 過去に魔物と ともに、討伐されていった魔族という存在。


 ソーマと知り合ってから、黒い魔物や黒い魔力が出現し、

人族が後天的に魔族に変化することも知ったマルゼダ。



 マルゼダは、ソーマや、ジョンやミザリー、ヴィラックを見て、


(オレは……魔族に なりたくない……)


 自分が魔族に変化してしまうことを恐れていたのであった。

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