第192話 その頃の屋子、屋次子ども

 ソーマ達がカラパスの村を出て、

チカバの街へと旅をしている頃――



 ノースァーマの街にある加工屋では、


(なんてことだ……)


 職人のヒューズの教えを受けている屋子弟子のアインは、

作業場の入り口に立ち止まり、軽く右手で頭を抱えていた。



 アイン達は加工の師匠であるヒューズのように、

職人として生計を立てるために住み込みで教えを受けている。


 時にはヒューズや他の職人が依頼された品物を作るため、

屋子弟子達 総出で協力して作業を行うこともある。


 将来のため、時に笑い 時に仲違なかたがいし、

寝食を共にして、日々の生活を送っている。


 そんな彼ら屋次子弟弟子たちが今、

工房作業場の それぞれの持ち場で、


「うむ……むふっ……」

「こう、笑顔が、そうそう、い。いよぉ。」

「こ、こんな服を着てくれないかな……ひらひら……」

「細部に こそ、情熱を……」


 色んな意味で熱心に、木彫りの工芸品人形を作っていた。



 ノースァーマの街は以前、

ミミズの魔物達と犬の魔物の群れの襲撃により、

物的に 人的に深刻な被害を受けた。


 アイン達が今まで住み込んでいた、

師匠のヒューズが建てていた加工屋も被害に遭い、

ここ、ヒューズの義弟おとうと加工屋を間借りしているのだ。


 多数の死者も出しながらも、

各地より復興支援の人や物資を受け、

いまだに街や人々の心に傷跡を残しながらも、

一応は 落ち着きを取り戻してきていた。


 復興のため、アイン達も物を作っているが、

時には冒険者たちなどに交じってちから仕事に協力していた。


 屋次子弟弟子達が何か工芸品を作っていることに気づきながらも、


(色々大変な時だってのに、こいつらは……)


 職人になるための努力、技術向上のためだと思い、

屋子兄弟子であるアインは、

今まで見なかったことにしていたのだったが……



「ちなみに聞くが、お前らは何を作ってるんだ? 」


 何を作っているのか わかっていながらも、

アインが尋ねると、



「おれの この熱い気持ちを形に……」


 一人ダーデは、普段見せないような真剣な表情で木を削り続け、


「かつて見た笑顔を残したくて。」


 一人バロウは、工芸品に誰かの笑顔を再現しようとし、


「新しい意匠いしょうを考えているんすよ。」


 一人カイムは、花をまとうような服を着た人物を掘り出し、


「情熱を……」


 一人ヤッコスは、木彫りの人物が着ているキメルス ドレス の中に情熱を注いでいた。



 四人とも、それぞれに木彫りの工芸品を作っているが、



「はぁ……」


 返事を聞いて ため息を吐きつつ、


「……で、それの題材は あのソーマか? 」


 アインが改めて尋ねると、


「「「「でへへへ……」」」」


 屋次子弟弟子たちは、だらしない笑顔を見せていた。


 普段は 通りすがる人々が遠ざかり、

幼い子供なら見ただけで泣き出しそうな顔をした男達が、


(これが おれの屋次子やじこどもか……なさけねぇ……)


 そろって一人の男 ソーマ を思い出して鼻の下が伸び、

口元も にまにま と ゆるんでいるのを見て、

アインは右手で目元をおおい隠して 天をあおいだ。


 この屋次子弟弟子ども、

ソーマをした木彫りの工芸品フィギュアを作っているのであった。



 本来なら、今の時点でしかり飛ばしているアインなのだが、


(普段の作業に手抜かりは ねぇし、復興の手伝いもしているし、

今のいた時間ぐらいは好きにさせてやろう。)


 そう思って 今まで見なかったことにしていただけに、


(今更 注意も、やめろ とも 言いにくいんだよなぁ……)


 どうすることもできなくて、

肩を落として 溜息を吐くしかなかったのであった。



 ソーマを模した工芸品人形を作っていることへの注意を諦めたアインは、


「そういや、パプル家から依頼されてた剣はどうした? 」


 工房作業場を見回しながら屋次子弟弟子たちに尋ねた。



 質問が質問だけにゆるんだ表情を治したカイムが、


さや意匠いしょうに難色を示されて、

おやっさんも おれ達も頭抱えてるんすよ。」


 困った表情で そう答えていた。


「またと言うか まだと言うか。

それより、今 抱えてるのは木彫りのソーマの頭だろ。」


 それを見てアインは言い、


「でへへ。」

「兄貴も上手い事言うっすねぇ。」


 屋次子弟弟子達に もてはやされながら、

自分の作業場所へ歩いて 椅子に腰をろしたアインは、


さやの意匠なぁ……」


 呟きながら、常備している紙を机の上に広げ、

金属筆 ペンの筆先をインク瓶の中に入れた。


 入れたは良いものの、

意匠の案デザインがアインの頭の中に浮かんで来ず――


「ほほぅ、作業着を着た時のソーマか。今も思い出せるぜ。」

「そちらは料理を褒めた時の笑顔ですかな? 」

「良くわかったな。」

「わかるとも。」


「その服の意匠、確かにソーマに着て欲しい! 」

「お前の情熱……見事だ……」

「服も作れるようになろうかなぁ……」

「うむ、情熱だな……」


 アインがさや意匠デザインを考えていることなど、

とっくの昔に忘れてしまった屋次子弟弟子達は、

それぞれの工芸品を見せ合い語らっていた。



(こいつら、本当にソーマが好きなんだな……)


 意匠デザインを考えるさまたげになり、

正直 彼らを蹴とばしたくなっているアインだが、


(まぁ、ソーマに来てもらって、

家事とか生活が助かったのもあるんだよな……

今、どうしているんだろうか……)


 ソーマを懐かしく思いながら、

アインは剣のさやの意匠案を考え続け――



「兄貴……」


 いつの間にか アインの背後で覗き見していたバロウが、

感嘆の声を漏らしていた。


「あっ!? 」


 その声でアインは、バロウ屋次子達が覗き見していたことと、

さや意匠案デザインを無意識に描いていたことに気づいた。



 キメルス ドレス 姿のソーマを横から見た姿だった。



 横顔は少し うつむき気味で描かれ、

あちこちに 多種多様な花も盛り込まれていた。


「ち、ちがっ!? ――」


 アインが否定しようとするのを、


「兄貴も隅に置けないっすねぇ~~!! 」

「興味ない素振りして、もぉ~~! 」

「おれ、この意匠案好きですよ!! 良い!! 」

「凄い情熱を感じる……!! 」


 屋次子弟弟子達の褒めちぎる勢いが押し込んでおり、


「おめぇら何騒いでやがる!! 」


 工房作業場に現れた職人のヒューズが 怒鳴って黙らせた。



 アインたちが黙ったのを確認して、


「ボクの剣の さやの意匠で騒いでいるようだね。」


 パプル家の嫡男ちゃくなんのディールが、

侍女のデイジーを連れて工房に入ってきた。



「え、あ、こ、これは……」


 アインは見せられずに隠そうとするも、


「まぁ隠さずに見せたまえ。」


 ズカズカと歩くディールが、

アインの描いた意匠案の図を強引に手に取り、


「……、……、……」


 図を見たまま 無言で立ちつくしていた。



(おやっさんに怒鳴られるだけじゃ済まないだろうな……)


 それを見てアインは冷や汗をかきながら、

胃が痛くなるような思いをし、


「どうしました、ディール様? 」


 パンジーが不審に思い、

動きを止めたディールに声を掛けた。


「素晴らしいっ!! 」

「えっ!? 」


 そのディールの一声に、アインは驚いた。


「素晴らしい意匠案じゃないか!

確かに、建築物や美術品に人物を彫り込むのは古来よりった!

けれど、それは宗教的な側面があり、

それゆえ近年は 人物を取り入れることは避けられていた!

 それをまさか、剣のさやの意匠に取り入れるとはね!?

剣は国の衛兵士や戦闘を担う冒険者たちの日常品で、

貴族にとってはたしなみや護衛用の物でしかない。

実用を優先してはいても 芸術的 美術的な側面を、

こうも盛り上げる意匠案には恐れ入った!! 」


 感嘆とした声を上げるディールを、

全員が呆然と見つめている中、


「それに見たまえ この描かれている女性を!

大人の女性とも 少女とも受け取れる顔立ちに、

華やかさあふれるキメルス ドレス と花と、

それに対比するようなはかなさを持った表情!!

彼女を見る誰もが その美しさに目を離さず、

表情を見る誰もが そのはかなさから庇護ひごを望むであろう!

 そしてボクは気づいたよ!

さやとは、剣の入れ物では あるが、

剣とは、戦うために振るうものではないということを!

たしなみで振るうものでもなく、

守るべきものを守るために振るうのだと!

剣はちからの象徴でもある。

そして、さやちからを抑える象徴なのだと!

そう! さやが無ければ剣は傷つける!

剣が無ければさやは役立たず!

 今までのボクが剣を振ることは、貴族としてのたしなみでしかなかった。

だが、それも今は違う……もし、もしも、

もしも、この女性が襲われ、危機におちいっていた時、

ボクは死をも恐れず戦っているのかもしれない……!!

もちろん この女性に限らず、危機に陥っている者がいれば、

ボクは危険を恐れず戦っていることだろう……

 それにしても、こんな女性が この世にいるのだろうかっ!?

君! いったい誰を題材にしたのかねっ!? 」


 喜色満面の笑みでディールは熱弁し、

アインに目を向けた。


 アインは屋次子弟弟子達を ちらりと見て、

彼らもディールの反応に、微妙な表情をしていた。


 ソーマ題材モデルであると言えなかったからだった。


 アインが屋次子弟弟子達を見たように、

ディールも視線を動かし、


「むむっ!? 」


 それに気づいた。


「君達も揃って 同じ女性を題材にしたのかねっ!?

その工芸品の数々も とても素晴らしい!! 」


 屋次子弟弟子達が作った、

ソーマをした木彫りの工芸品フィギュアの四品に。


「とても素晴らしいよ これは――!! 」


 そして、ディールの褒めたたえる言葉は

彼の声が枯れるまで続いたのであった。


 その勢いに押し切られ、アインの描いた意匠案デザイン

ディールの剣のさやが作られることとなった。


 また、ディールがソーマをした木彫りの工芸品フィギュア四品を欲しがり、

この時は彼らも売らなかったものの、ディールがあちこちに吹聴したため、

それを聞いて 他にも欲しがる者達が増えてしまった。


 その要望の多さに拒否しきれなくなった加工屋では、

ソーマをした木彫りの工芸品フィギュアの数々が作られ、

高額な値段で売られていき、街中に広まっていくことになるのであった。

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