第185話 あの後のソーマとアルテナ

 パン屋でよく見るような 楕円形で小ぶりなパンに、

簡単に潰せるほど柔らかく煮た 豆類のスープに、

固いヤギの肉が細長く切って食べやすくしている。


 おれの目の前にある料理は どれも、

食べ物の固さも味付けも 自分の好みを把握していた。


 果実酒ワインも おいしい。

これ、どちらかというとブドウジュースだけども。



 おれは ミザリーさんの用意してくれた、

温め直された昼飯を食べながら、


「あの後、いったいどうなったんだ? 」


 テーブルの向かいに座っているアルテナに尋ねた。



 長い事 村から借りている この家の居間には、

今、おれとアルテナの二人しかいなかった。



 昨日の夜、教会の地下室に連れて来られて、

首謀者が村長というか、パルステル教の教祖だと気づいて、


 その時に おれは また気分が悪くなっていて、

大事な場面で気を失っていたみたいだった。



 気が付いた時には、朝だか昼だか わからないけど、

見慣れた家の居間で、おれは寝かされていた。


 そんな おれが起きるのを、

アルテナは ずっと待っていたみたいだった。


 アルテナにうながされるままに、おれは今、

作り置かれた料理を食べているわけなんだけども……



「ジョンやバーント達が助けに来たわ。

それで今頃、村中 大騒ぎよ。」


 アルテナは、なんとも言えない表情で、


「教祖……村長とか 数十人も村の男たちが死んで、

そもそも 教会に あんな地下空間があるなんて、

他の村人たちは知らなかったみたいだし、

拷問道具や、あんな事があった なんてことも、

この村の人達は信じたくもないんでしょうしね。」


 テーブルに片肘で頬杖をついて、溜息を吐いていた。



 シアンさんや他のみんなは、

昨日の騒ぎの後始末を、手伝いに行ってるらしい。


 後始末って 何をするのか、おれは知らないけど……



「ロスティさんは……」

「しばらく そっとしておいた|方(ほう)が良いと思うわよ。」

「だよね……」


 おれたちが一緒にいなかったらを思うと、今でもゾッとする……


 いや、おれたちが一緒でも危なかったんだよね……


 ……あの時……


「やっぱり、バーントさんが あの時いたの? 」


 教会の中へ連れ込まれる直前、

あの場にいたように感じていたんだけど……


「みたいね。一人で こっそり迎えに来るつもりだったみたいよ。」

「そっか……」


 やっぱり いたんだ……


「私も、まさか こんなことになるなんて思ってなかったからね……」

「こればっかりは、バーントさんに感謝しないとね。」

「そうね……」


 ロスティさんを送りに行った時の自分を叱りたいし、

改めて バーントさんに感謝しないとなぁ……


「ねぇソーマ……」

「何? 」

「……、……、無事で、良かったわね……」

「そうだね……」


 みんなに助けられたからか、

アルテナも ちょっと落ち込んでいるみたいだった。



 おれなんか、いつも助けられてばっかりなんだけどね……


 初めて出会った時から ずっと……





 ヤギの肉を細長く切って、味付けをして焼いたものと、

パンと、豆類をじっくりと柔らかくした煮汁物を食べ、

果実酒でのどうるおしているソーマを見て、


 アルテナは幾分いくぶんか、気落ちしていた。


 それは、自分たちが あの男達に捕まったことではなく、

自分の言うことを疑わずに信じたソーマについてのことであった。



(ソーマの言葉が事実なら―― )


 拷問道具のあった地下室の、石壁の部屋の中で、

教祖―― 村長が出てきたあたりで気を失い、その後、

ロスティの母親であるフローマ達にりつかれたことになり、


りつかれたことも、宙に浮いたことも、

黒い魔力を出したことも、彼女達にでられたことも―― )


 どれも覚えていない様子のソーマであった。



 そんなソーマがりつかれた後、


(子供みたいに眠って 夢を見ているみたいに……)


 安らかな寝顔を見せていたことをアルテナは思い出した。


 あの後、スヤスヤと眠るソーマの寝顔を見ながら家へ運び、

家の居間の寝場所に寝かしつけたことも思い出していた。



(けど、ソーマが本当に そうであっても―― )


 あの時、ヨートルやロスティを含めて、

一緒に旅をしている全員がりつかれたソーマを見ていた。


(私も正直 驚いたけど……)


 アルテナは、ソーマのそばから離れる者が出ることが、

気がかりであった。


(ヴィラックは別でしょうけど、というより、

あいつを監視する人が減るのは困るわね……)


 シアン、マルゼダ、バーント、ジョン、ミザリー。


 彼らの顔が、アルテナの頭の中に思い浮かんでいた。



 彼らは今、彼らなりに ソーマへ好意を示しているが、


(出会った頃だったら、

私だって ソーマから離れてただろうし……)


 かつて 彼に一目惚れし、熱烈に想いを寄せていた、

衛兵士のシェンナが、彼を魔族と判断して殺そうとしたし、


 シアンの義理の親で 師匠であり、

出会ってから 自分たちに良くしてくれたブラウは、

ソーマが滞在することを危険視して、街から追放した。


(人のため、国のためを思えば……)


 当時は 彼らの対応に怒っていたアルテナだったが、

改めて冷静に考えると 理解できなくもないし、


(そもそも、私は―― )


 かつては アルテナも、ソーマが怪しい素振りをしたら、

彼が邪魔になれば、そうする必要があれば、


(何度、斬り殺そうと思ったことか……)


 ソーマを この手で殺すことを、

何度も考えたことのあるアルテナであった。



(でも―― )


 ―― 人に見捨てられたら終わってしまう。か弱い人間よ。


 復讐をげ、心残りとして、

墓を作ることを頼んで消えたフローマの言葉が、

アルテナの脳裏に浮かび、


(それは確かに、ソーマを見ていれば わかるけど……)


 ―― この世界の悪意や敵意を引き受ける役目を負わされた


(この世界の って……罪って……)


 大きな物言いだと思いながらも、

アルテナは 自分の記憶の底から、



 ―― 例え自分が、この世界の人間に受け入れられなくても……


 かつて ソーマをさらった大鷲おおわしの魔物の巣で、

ソーマが、黒い魔物に姿が変わった大鷲の魔物に向かって言った言葉を、

アルテナは思い出すことができた。


(あの後も色々あったし、ブリアン家の屋敷で私は、

ソーマが『魔族だから』言った言葉だと思っていたけど……)


 自分の考えが間違っていた可能性に気づき、

アルテナは 記憶を過去へと|辿(たど)らせながら、

ソーマと初めて出会った時のことを思い出した。



 今より短い黒い髪、何も装飾のないが出来栄えの良い蒼い服、

裸足で、特に汚れもなく野道で死んだように眠っていたこと。


 名乗る時に、家の名と個人の名の順番が違っていたこと。


 出会って すぐに、旅に同行しようとしていたこと。


 立ち寄った村の子供たちのために作った木のおもちゃのこと。


 板を組み合わせて作った変な靴と、

雨や日差しを避けるためだけの頭鎧を作ったこと。



 アルテナも 後に出逢うシアン達には一切 語っていない、

ソーマ本人も話してはいないだろう出会いのことを。



(でも、まさか……そんな……本当に あるの? ……)


 目的地までの旅に同行させる。

同行するために荷物持ちをする。


 そういう契約を交わして始めた二人旅。


 お互いの素性を知らず、お互いの素性を探ろうとせず、

交わした言葉の数も そんなに多くは なかった二人旅。


 魔力によって 魔物の脅威がある環境世界で、

戦えず、戦わずに生きてきたソーマを見続けて、


 人の悪意や魔物の敵意に怯えるソーマを『役立たず』と見なし、

人の死に吐き、魔物の死に泣いたソーマに優しさを見出した。



 初めて出会った時に アルテナは、

ソーマを不審に思い その素性を疑った。


 疑いながらも旅を続け、彼の人柄を知り、

いつしか疑うことすら忘れていたアルテナだったが、


(出会った時から言葉が通じてる。

見た目も そんなに変わらない。なのに……)


 昼飯を食べ続けているソーマを見つめながら、


(それなのに ソーマは……

本当に、この世界とは 違う世界から来たの? )


 アルテナは改めて、ソーマの素性を疑った。

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