第177話 祭の前の日々
あのヤギの魔物をジョン達が倒してから、
気づけば おれは、寝て起きての日々を繰り返していた。
起きるのも 飯とか排泄とか生理的なモノのためだけで、
食べてる間も 出してる間も、
眠たくて眠たくて しかたなかったんだよね。
シアンさんとミザリーさんには
本当にお世話に なりっぱなしだったし……
寝室から居間に寝る場所を変えられて、
寝顔とか寝相を見られるのも恥ずかしいんだけど、
みんなの心配している様子を見てると、
それも言い出し辛かったなぁ……
もしかしたら もう すでに、
色々と見られてるのかもしれないけど……
おれがヤギの魔物に
直接見ていたジョンとミザリーさんは特にだし、
それでなくても、死にかけた って 聞いて、
シアンさんもバーントさんも マルゼダさんも、
以前より おれを心配してるみたいだった。
アルテナも あの時、ミザリーさんに掴みかかってたしね。
思えば あれから数日経ってて、寝てる間は、
あの石壁の部屋の夢は見てない気がする……覚えてないけど。
それより『母さん』の夢ばかり見てたんだよね。
ヤギの魔物と戦う直前に、声に出てたからかな……
抱きしめて、抱きしめられて。
悪い夢じゃなかった。
結局ジョン達に助けられたけど、
子供たちを守るために戦ったんだよね、おれ……
妙な達成感だけど、死にかけて みんなに心配させてるから、
あまり褒められたものじゃないんだけどね……
寝て起きての間、あまり覚えてないんだけど、
ロスティさんとか、村の人とかが家に来てた気がする。
もう 長い事、この村に滞在してるんだなぁ……
季節がないっぽい この世界だから、
ここに来てから どれほど経ったかも、
おれには もう わからないけどね……
「診た限りでは、意識も はっきりしているし、
自覚症状がないようなら、もう安心だろう。」
家に来ていた村のお医者さんが診察を終えて、
おれ達に そう告げて帰っていった。
ジョンやマルゼダさんは見送りに行って、
バーントさんが少し離れた位置で、
ヴィラックが壁に背をもたれたままで、
おれ達の様子を見守っていた。
おれのすぐ近くにいる――
「よかった……」
ミザリーさんは安堵の溜息を漏らし、
「本当に どこも痛くないのね? 」
アルテナは正面から、おれの胸部の骨を手探っていた。
ヒビがあるかどうかは、おれも気になっていたし、
お医者さんも余程 気になるのか、
診察中は やたらと胸を触ってきたのを覚えている。
「うん、どこも痛くは……く、くすぐったい……」
サワサワと触られてるから困る……
「もう眠くも ないんですか? 」
シアンさんに至っては、
斜め後ろから抱き着いてきてるし、
他のみんなが見ている前だから、正直 恥ずかしかった。
今日は みんなが この家に居続けるみたいで、
「回復したみたいで安心したよソーマ君。」
今度はジョンに抱き着かれたり、
「『もう訪問はしないが、何かあれば来るように』
って、医者が言ってたぜ。」
見送ったマルゼダさんが そう伝え、
「ソーマ、あまり危ないことはしないでくれ……」
バーントさんが まだ心配そうに声を掛けてきていた。
ヴィラックは無言で壁に背を預けたまま、
ニヤニヤと おれを見つめていた。
*
「そろそろ儀式の日ですな。」
かつてソーマ達が村に入るのを押し留め、
また、アルテナの持つ首飾りに目を付けた門番が、
今日は休みだからか普段着姿で蜂蜜酒を飲んでいた。
カラパスの村にある教会の中、
「ああ……」
それに答えるカラパスの村の村長であり、
パルステル教の教祖の顔色は良くなかった。
教会の応接室で 二人は向かい合う形で
机の上に立ち、また転がっていた。
そのほとんどが門番の男が飲み転がした物だった。
「儀式の日を前にして、大量のヤギが狩れたし、
村の危険もなくなったし、今日も良い日ですなぁ。」
気持ち良さげに酒を飲む門番のイーチは、
「彼らは まだ村にいるのか? 」
机の上に転がるガラス瓶に
チロチロと視線を向ける村長の言葉に、
「おや? 」
と、表情を変えた。
四十を越え、未だに門番として剣や槍を扱うイーチは、
筋肉に脂肪が乗った体つきと、球のような鼻、
手入れのしていない
門番らしく、また他者を選り好むからこそ、
イーチはソーマ達が村に入るのを拒み、
村長であり教祖の言葉で彼らを村に入れた。
ロスティが村の中でソーマを受け入れたこと、
それが教祖の教えによるものだということも知っている。
今回の一連のことがあり、
(どうせ定住は しないんだからよ。)
その思いがあって イーチは、
ソーマたちの滞在を許していた。
「なら、叩きだそうか? 」
だからイーチは、村長の心変わりに意地悪く聞いた。
「そういや、医師の家のほうから走り去ったとか―― 」
続けて そのことを持ち出そうとしたが、
老人の青ざめた表情を見て、イーチは口を閉ざした。
「なるべく早く……儀式の日の後には必ず……」
言葉の震えを落ち着かせようとしている教祖の様子に、
イーチは表情を改め、じっと見つめていた。
それから
(イーチにも……見えんかったのか……)
彼が帰った後も、村長は蜂蜜酒を飲んでいた。
頬に酔いの赤みが増しても、
顔色は青ざめたままであった。
教会の礼拝堂で体調を崩したソーマを
医師の家に運び込み、医師が診察している中、
村長はソーマの手に重なる女性の手が、
ソーマの瞳に映った自分の隣に、女性の姿を見た。
病的に青白い肌、目と口から漏れ出す黒い
ソーマの手に重ねた腕の断面らしきところからも、
黒い靄が流れ出ているのを、村長以外は誰も見えなかった。
イーチが飲み転がしたままのガラス瓶を 村長は見る。
肉厚のガラス瓶の形状に
外からの日光と、村長の顔が映っていた。
「お前は いったい『誰』なんだ……」
その言葉は、他に誰もいない応接室の中で消え、
「そろそろ儀式の日が来る……だからなのか? ……」
ガラス瓶に映る村長の隣にいる女性は、何も答えなかった。
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