第158話 ソーマ、風邪で寝込む

 村の中で、ロスティに滞在を認められたソーマは、

翌朝から熱を出し、借りた家の寝台ベッドで寝込んでいた。


 この村にいる医師は魔力病 風邪 と診断し、

体調が完全に治るまでの安静が必要だと指示し、

この家から去っていったばかりであった。

 後日、解熱作用のある薬を持参してくることも、

ミザリーたちに告げていった。



 寝台のそばに椅子を置いて看病をしているミザリーは、


(シアンさんに水をかけられた と、聞いているけど……)


 それだけが体調不良の原因ではない と、考えていた。



 前日、アルテナが大量の水の入った水瓶みずがめを欲し、

アルテナとシアンが水瓶を持って家を出た。


 それはソーマ達が依頼のために向かった森の中で、

彼らを尾行し 毛虫の魔物に遭遇した少年が、

村に戻った時に、その魔物の毒で苦しんでいたからであった。


 ソーマの機転で少年の体表を水で洗い清め、

それによって少年の受けた毒がやわらいだが、

 青い髪の少年は森の中でも、村の中でも、

助けたソーマに感謝の言葉も言わずに逃げていった。


 それどころか、『触るな、出て行け』と、

その少年はソーマに言い放ったという話を、

前日のうちに、ミザリーはアルテナ達から聞いていた。



 家に帰ってきたソーマの泣きはらした顔や、

家を出る前とは違う その様子をじかに目にし、


(助けられておいて、酷いことを……)


 話を聞いて、胸の内で 悲しみと怒りを持ったミザリーは、

寝台で眠るソーマの顔を眺めていた。


 熱で顔に、体全体に赤みが増したソーマは、

うなされてはいないが、穏やかではない表情で眠り続けていた。

体の震えに吐息も震え、熱さも寒さも感じているようであった。


(なんでもないように見せて、心の奥底では―― )


 ソーマがどれほど傷つき、苦しんできているのか、

推しはかることができないミザリーであった。



「ソーマ様……」


 ささやくように呟いたミザリーは、ソーマが完治するまで、

なるべく彼のそばから離れないことを改めて決意していた。


 かつてミザリーは、ブリアン家に来たばかりのソーマの

体調不良の原因になったことがあった。

 その時の彼女は数日間、一日をソーマと共にし、寝る時には、

裸で添い寝をするほどの気合を入れた看病をしていた。


 椅子から降り、寝台横にかがんだミザリーは、

ひたいにかかるソーマの前髪を指先で払い、

自然な動作で火照ほてった頬に手を添えた。


 冷たく感じるミザリーの手のひらに、

眠りながらもソーマは心地良さを感じているようで、

その様子 表情に ミザリーは微笑みを浮かべ、

ソーマが目を覚めるか 誰かが来るまでの間、優しく見つめていた。


 今では お互い裸で一緒に寝ることにも慣れた二人であった。





(彼は、熱を出して寝込んでいるのね……)


 普段通り 村の中を見て回っていたロスティは、

通りかかった村の医師から、ソーマの魔力病 風邪 の話を聞いた。



 村の子供 バルト が魔物の毒で苦しんでいたのを、

知識を持って症状を和らげたソーマ。


 そんな彼が見せた――


 助けた子供が何も言わず走り去るのを見送った時の――

また、その場にいた村の者達に髪の黒さを知られた時の――


 ―― 彼の雰囲気や表情、悲しみを持った目が、

パルステル教の信徒であるロスティには忘れられなかった。



 あの時、家にいたシアンから話を聞いて――


 ソーマがこれまで受けてきた苦しみを、

辛い過去があることを知っていたことが――

 またロスティ自身が彼のことを知った時に抱いた感情や、

彼を見た村人たちの動揺を見てしまったことが――


 あの場にいたロスティに、場を治めるよう行動をさせていた。



(抱きしめるつもりは、なかったんだけど……)


 近くで見て気づいた彼の背の低さ、

手を握り、その震えで彼が怯えていたことを知り、

彼が流す涙に、ロスティも涙がこみ上げる思いであった。


(あの時 見ていた人の中に、泣いている人もいたわね……)


 あの時、取り巻いて見ていた村人の何人かが、

瞳を潤ませて口元に手を当てたり、目尻を拭ったり、うつむいたり、

天を仰いで こみ上げる感情をこらえている様子を思い出していた。


(教祖様も……)


 後から朱い髪の冒険者のマルゼダに連れられてきた教祖が、

慈しみを持った笑顔で眺めていたことに気づいたロスティは、


(ファスティエル様も 彼に対しては、

同じように受け入れなさるでしょう……)


 それを考え、自分の行動が正しいことを確信し、家へと戻っていった。


 時を見て、ソーマの様子を見に行くことも考えながら。

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