第148話 パルステル教のロスティ

 カラパス村でソーマ達を出迎えた、

白いコートに薄い水色の髪の女性ロスティは、

村の中で、村長の家にいで大きい教会の中にいた。


 彼女は教会内の、礼拝堂の中心で片膝をついて手を組み、

三体の石像に向かって祈りを捧げていた。



「天の世界におられる最高の神 ファスティエル様。」


 その三体の石像の内の中心では、

フードで顔を隠した人物の石像が両手を広げ、


「ファスティエル様より生まれし、

我等人族の父と母、ダンキル様、キメルス様。」


 左右の男女の石像が向かい合って立っていた。



「この世界は今なお生命に彩られ、我等人族は生きております。

悪辣あくらつにて醜悪な邪神や魔物たちから、

どうか我々をお守りください。」


 ロスティの軽やかな笛の音のような声が礼拝堂の中に響き、


「我等パルステル教の信徒たちを、あなた達の子達を、

どうか黒く悪しき闇より、光を持って お守りください。」


 彼女の足元、周囲から微量の白い粒子が浮かび上がっては

空気中へと消えていた。


 ロスティは目をつぶり、礼拝堂は静寂に包まれた。

声を出さなくとも彼女の祈りは続き――



 礼拝堂の入り口の方から、パチパチと拍手が鳴った。



「すばらしい。」


 礼拝堂の入り口、彼女の背後から声が掛かり、


「教祖様。」


 軽く驚き振り向いたロスティは笑みを浮かべた。


「ロスティ、ファスティエル様に愛された子よ。」


 教祖と呼ばれた老人。

彼は村長であり、また門番が呼びに行った人物でもあった。


 今は彼女と同じ白いコートを羽織り、

身なりを綺麗に整えていた。



 ロスティは立ち上がって彼へと歩を進め、

それを見ながらパルステル教の教祖は


「ファスティエル様よりたわまった奇跡の力、

このカラパスの村に、我等パルステル教の信徒のために役立てておくれ。」


 そう言って微笑んでいた。



「あの、教祖様……」

「どうしたのかね? 」


 表情の暗くなったロスティに教祖は小首を傾げ、


「確かに、村のために冒険者を雇う必要があるのは

私にも わかります。しかし……」

「しかし、なんだね? 」

「彼らがハニカ村で魔物を討伐したことは聞いています。

聞いていますが、でも、だから……」


 言いたい事のあるが言いにくそうなロスティの話を、

教祖はじっと笑みを浮かべたまま待ち続け、


「だから、いるんですよね? むべき黒髪が――」

「ロスティ……」

「黒い髪は邪悪な神に従属する者達の特徴ではありませんか!

矮小わいしょうで醜悪で卑劣で、破壊や破滅をもたらす者の! 」

「ロスティ。」


 一度 口から出たら、止めどなく言葉の出てくる彼女をなだめるように

名前を呼ぶ教祖だったが、彼女の勢いは止まらず、


「ファスティエル様は幾度となく邪神や彼らと戦い

世界に平和を導いておられます!

 パルステル教への信仰を捨てたところなら まだしも、

なぜ我等の村へ、黒髪のいる者達を迎え入れたのですか!? 」

「ロスティ!! 」

「――っ!? 」


 教祖の一喝を持って、彼女は驚いてくちを閉じた。


「ロスティ、あなたの言うことは確かにそうだし、

あなたのファスティエル様への信仰の強さを知れて嬉しく思う。」

「では……」

「我々が、このカラパスの村が、

外から来る者を拒むようにしているのは、

外から来る者達の言動によって

我々の信仰に揺らぎが来ないようにするためであり、

我々の生命のいろどりを保ち続けるためでもある。」

「はい……」


 一喝されたため、おとなしく聞いているロスティであるが、

その顔色から納得の色は まだ見えていなかった。


「ロスティ、よくお聞きなさい。

ファスティエル様は邪神や邪神に従属する者達と戦った。

それは彼らが存在するからではなく、彼らの行動が我等に害を与えたからだ。

『邪神につかわされた黒髪の民は、山や影や闇より生まれ、

矮小わいしょうで醜悪で卑劣であった。彼らは破壊や破滅を望み、

その体の小ささに合わないほど高慢で自尊心が強く、悪知恵が働き、

姦淫を求め、他人の財を盗み、仲違いをさせ、夜ごとに食べ物を荒らして、

我等パルステルの民を心身ともに苦しめた。

 これを見てとったファスティエル様は天の世界よりくだり、

光を持って、黒髪の民を邪神のもとへと追い返したのであった』

 後でまた聖書を読み返すと良い……。」


 教祖は そこで一息を入れ、


「ロスティは、あの者を見て気づかなかったのかな? 」

「あの者……? 」


 ロスティは教祖が誰を差して言っているのかがわからなかったが、


「ほら、肌を多く見せていた……」

「あぁ、あの恥を知らなさそうな――っ!? 」


 合点が行き 思わず言葉を呟いて、

教祖の老人が険しい表情になったことに目を見張って驚いた。


「ご、ごめんなさい……」

「……まぁ、ロスティには まだ見せていなかったから、

わからないのも無理もない。」

「え……? 教祖様? 」


 慌てて謝ったロスティをその場に残らせた教祖が

一度 礼拝堂を去り、しばらくしてから持ってきたのは――


「肖像画? きれいな女性ですね……」


 ―― ある女性の胸から上が描かれた肖像画であった。


「昔、パルステル教はボルレオ国の、

カラドナ大陸の者達が信徒であったと言えるほど広まっていた。

当然ボルレオ国の王様も信徒であり、王妃も信徒であった。」

「はぁ……」

「これは王妃様の肖像画の複製だ。本物は城にあるからね。」

「へぇ……」


 肖像画に描かれた王妃は、透き通るような銀の髪と目をしており、

高い鼻筋に綺麗な曲線を描いた輪郭をしており、

また きらびやか衣装に身を包み、

色とりどりな綺麗な首飾りに金の冠形の頭飾りを付け、

母性を感じさせる柔和な笑みを浮かべていた。


 ロスティは教祖の説明を聞きながら、

肖像画に関心を抱き マジマジと眺めていたロスティは、


「お綺麗ですね……」

「首元の首飾り。」

「これは……色とりどりな……宝石ですか? 」


 描かれた王妃の美しさに見惚れながらも、

教祖に言われた通りに 描かれた首元の首飾りを見ていた。


 首飾りには宝石かと思える色とりどりの丸い球体が連なっており、


「あの者のしていた首飾りと似ているだろう。」

「えっ!? 」


 その発言に驚いて、ロスティは教祖を見つめた。


「わしの先祖、祖父よりも前の者が木工の職人であったのだが、

当時の王妃に その色とりどりな首飾りを献上したそうでね。

 それをいたく気に入られた王妃と国王から、

信徒の中でも より高位の地位をたまわったのだそうだ。」


 その様子を見ながら微笑んだ教祖に、


「わしが教祖として、この村の村長としていられるのも、

その先祖からの功績があったからなのだよ。

 あの者が持つ首飾りがもしも王妃の首飾りと同一であれば、

あの者と、共に行動する者達を我々は拒むことはできない。

例えあの者達の中に、黒髪がいようとも――ね。」

「……」


 そう言われて、ロスティは返す言葉がなかった。


(あの首飾りが、王妃の首飾りとは別であれば良いのよね……)


 そう考えていたが、それを今は、胸の内に秘めておくことにしていた。



(あの首飾りが同一の可能性があると門番のイーチが思い込んだから

ワシが出張ることになったが、そうでなくとも――)


 教祖の老人は、うつむき沈黙をしているロスティを見つめていた。

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