第135話 キエラの想い

「待ってっ!! セイは……私の幼馴染おさななじみは操られているだけなのっ!! 」


 はちの魔物に寄生され、

アルテナに攻撃を仕掛けている男の人。


 ジョンもバーントさんも剣を向けている。

けど、助けられるなら助けたいと思っている。


 アルテナも拳だけで、彼を殺さないようにしている。



 おれだって……


 おれだって、助けられるものなら助けたいよ……



「彼は、昔からずっと私と一緒で! 彼と一緒に村で大きくなって!

セイは、彼のパパとママが亡くなって……でも、

一人で生きていくために蜂蜜採りになったわ!

彼のおかげで この村も大きくなった! 」


 キエラさんは動きを押さえている おれの肩を掴み、


「セイは昔から優しくて、強くて、私の事を想ってくれたわ!

彼は まだ誰とも結ばれていないのよ!

セイが私の姿を目で追っていたことも、私には わかっているわ!」


 うつむいて体も声も振るわせて、


「そんなセイが……私は好きなのっ! 愛しているわっ!!

だからお願い……セイを……彼を助けてよっ!!

彼は、彼は まだ生きているわっ!! お願いよぉっ!! 」


 流れる涙と ともに、悲痛な叫び声が、

おれの胸に吸い込まれていった――



 彼女の気持ちが、痛いほどに伝わってくる……



 彼女だって 先ほどの冒険者たちの悲鳴を聞いていて、

本当なら、彼だって もう助からないことも わかってはいるんだ。


 でも彼は今、アルテナを相手に戦っている。動いている。


 生きている。だから、生きているなら助かるかもしれない。

助かって欲しい。助かる奇跡があるのなら、それにすがりたい――



 ―― 彼女の震えが、涙が、想いが、

おれの中にある想いをたかぶらせていく……



 おれは泣いている彼女をそっと引き離して、

アルテナと男のところへと駆けだした。


「ソーマ君っ!? 」

「ソーマっ!? 待てっ!? 」


 後ろからジョンとバーントさんの呼び止めようとする声が、


 でもおれの目には、今も攻撃を耐えしのいでいるアルテナと

寄生している蜂の魔物、そして何も知らずに操られている男が映る。



 ―― 彼女の恐れ、彼女の愛情、

かわいそうだと思うけど……―― だから!!



「あんたは―― !! 」


 アルテナの驚きに満ちた目をも無視して 男に左手のくわを突き出し、

男は右の裏拳で鍬を払い、同時に おれは鍬から手を離して近づいて、


「―― いつまで操られているつもりだっ!! 」


 鍬を払った彼の腕をそのまま左手で掴んで、男の顔に拳を叩きこんだ。





「あんたは!! いつまで操られているつもりだっ!! 」



 その光景を、ヴィラックは嬉しそうに見つめていた。

昔見た光景を、今再び目にすることができたから。


 村の女性から離れ、魔物に寄生された男を殴るソーマの姿。


(あぁ……キラキラと白く輝いて……お姫様は美しい……)


 憧れを抱くように、宝石を眺めるように、

ヴィラックは吐息を漏らしていた。



 かつて、ホルマの街で似た光景を見たヴィラックは、

再びソーマの周囲が 彼がきらめいて見えていた。


 そしてヴィラックは、教団を抜けてソーマに同行することが、

正しいことであったのだと再確認していた。





(これは―― !? )


 ジョンは、白い粒子をまといながらセイを殴る

ソーマの姿に驚愕としていた。


 今までソーマ達と一緒にいて、

見たこともなかった現象であったからであった。



「バーントさんっ!! 」


 殴りながらセイを掴んだソーマは、

男の背中―― 寄生しているはちの背中をこちらへと向けて叫び、


「っ、うおおおぉっ!! 」


 ソーマの意図を理解したバーントが駆け寄り 剣を幾度も振り、

逃げ もがこうとした蜂の尾、羽、前足、頭を斬り落とした。


 バーントの剣は魔物だけを斬り、

男には剣が触れることすらなかった。



 魔物の断末魔が短く響き、


「セイっ!? 」


 キエラが黄色の長い髪を振り、仰向けに倒れるセイへと駆け寄り、



「お、終わったのか……」


 魔物の登場に 散り散りに逃げていた村人たちが、

遠巻きに事態を見守っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る