第124話 壊れた街

 加工屋に、パプル家の屋敷に、

そして再びノースァーマの街の外が襲撃され、

それぞれの襲撃者たちは撃退されていった――



「お前の分の飯は配っただろうがっ!! 」

「あれだけじゃ足りねぇよぉっ!! 」


 街は未だに復興が終わる様子はなく、

街中で噴きあがった黒い煙の事もあって、

 街の住民たちや復興支援に赴いた兵士、冒険者たちも、

多かれ少なかれ、言い知れぬ不安を抱えたまま、

 時には住民同士、兵士や冒険者たちもいさかいを

起こしつつも、日々を過ごしていた。





 ソーマ達を拒絶したブラウとディール達は その後

パプル家の屋敷に戻り、残っていたシェンナの無事を確認した。


 事の経緯を尋ねたがシェンナは多くを語らずに屋敷を去ったため、

彼らは代わりに、彼女の隊長であるヘムロックを屋敷へ招待した。


 招待に応じたヘムロックは、

加工屋の襲撃の後処理などを他の衛兵士たちに任せておもむき、

パプル家の屋敷も襲撃されていたことを知った。


 またソーマが按摩師の女性 フォリア に襲われたことを聞いて、

ヘムロックは『両手探りょうてさぐり』の目的がソーマであると考え、

また、貴族のクネガーに『ソーマの保護』を頼まれていたことを明かした。



 今回の襲撃のこと、クネガーの依頼、居合わせている按摩師たち。


 この三つの事から、今まで離脱しそこねていたカルミアは

黙秘をし続けていたが――


「私の責任せいですわ……」

「ラティっ!? 」


 ―― ソーマとフォリアのことで精神的に追い詰められていたラティが、

クネガーや自分たちが黒魔導教団の団員であり、魔物の襲撃に合わせて、

ソーマをクネガーの屋敷へ連れ去る算段をしていたことを打ち明けた。


 以前より教団の人間が近辺に潜んでいることを想定していたブラウ達

だったが、彼女達が そして貴族のクネガーが団員であったことに驚きを

隠すことができなかった。


 その以降のことであるが、

 ブラウ、ディール、ヘムロックの三人は、カルミアとラティを、

そしてクネガーと彼の屋敷に住む者たち一人一人と顔を合わせた。


 教団の団員であることを見逃す代わりに、

自分たちの協力をするかどうかの話を持ちかけるためであった。


 協力する者は保護し、協力しない者を彼らは 秘密裏に切り捨てていった。



「ぐぐぐっ……ぬぅ……これまでか……」


 クネガーは決断するまでに かなりの時間を要したが、

観念した様子で、協力することを受け入れた。



 クネガーを始め、協力を受け入れた者達のおかげで、

 ノースァーマの街に潜む教団の者達を

次々と捕らえることができていた。





(老いてなお、人々の耳目じもくを集めるのはこたえるな……)


 ブラウは、パプル家の屋敷の中で用意された一室の、

木椅子に腰かけて果実酒を飲んでいた。



 巨大なミミズの魔物による地割れを魔法で防いだブラウは、

街の外の犬の魔物の群れの撃退にも参加していたため、

 街の住民たちや冒険者たちから絶大な人気と支持を集めていた。


 その人気、その支持を持ってブラウは、

ディールたちと共に街を見て回り、人々を励ましたり

簡易ではあるが怪我人や病人の診察や治療を施したりしていた。


 生まれ故郷のホルマの街で 独学で魔力の研究していたことや、

医学についても学んでいたことが功を奏していた。


 行く先々で住民に感謝されたり、

他の冒険者たちなどから敬意を向けられたりすることに、


(柄ではない……)


 と 思っているブラウだったが、


「追い詰められている時こそ、心のり所が必要、か……」


 被害を受け、心が不安定になっている街の者達を思うブラウは、

酒気とともに自然と それを口に出してしまっていた。



り所、か……シアンやソーマ君を突き放しておいて……)


 ブラウは、去っていく義理の娘 シアン 娘の想い人 ソーマ から向けられた表情が

今も忘れられなかった。



 ブラウは あの時――


(彼らを受け入れようと思えば、それもできた。)


 のだったが、


(周りの者達が、彼らを受け入れるとは思えなかった。)


 それを直感しており、また、


(三つ首や、教団、そして街の人間たちが、

再びソーマ君を狙って襲撃してくるだろう……)


 彼が街に居続けることによって、

それが起きる可能性が高いことがブラウには わかっていた。


 またブラウ自身、


(二度も、いや三度か……噴きあがった黒い魔力と、黒い魔物。

彼が そうさせたのだとすると、彼を魔族邪神だと思うことも……)


 天高く昇る黒い魔力に、そう思ったことも事実であり、


「……神……信仰、か……」


 自身が街の住民たちから向けられている感情の中に

それがあることを再認識し、ブラウは自虐的に呟いていた。



「そうだ。困難にる時こそ、信仰は支えになる。」

「っ!? 」


 それに呼応するように扉を開けて入ってきた人物に、

ブラウは目を見開かせ椅子から腰を上げて驚いていた。



「ローグレーっ!? 」

「久しいなブラウ。いや……『土返つちかえし』のブラウ。」


 丈の長い白の外衣ローブまとったローグレー導師は、

扉を閉め ブラウを見下ろして笑みを浮かべていた。



「教団の人間が、どうやって この屋敷に入り込んだ!? 」

「入り込む方法など いくらでもある。それより、

言いたいこともあるだろうし、聞きたいこともあるだろう? 」

「……」


 腰を椅子から浮かして声を上げたブラウだが、

ローグレーの言葉に騒ぐのを止め、

彼を警戒しながら様子を見ていた。



「当てようか? 黒髪の彼について、だろう? 」


 扉を閉めた位置でローグレーは立ち止まったまま、


「……何を知っている? 」

「何も知らない。

だから我々穏健派奴ら過激派も 彼の周囲を探り、

奴らは 彼を連れ去ろうとしているのだろう。」


 図るようなブラウの言葉に、

ローグレー導師は頭を横に振った。


「……彼を、魔族だと思うか? 」

「魔族か。彼は……魔族ではないだろう。」

「どうして そう思う? 」

御主神様ごしゅじんさまは魔力や魔物を作ったが、

御主神様は魔力や魔物ではないからだ。」

「じゃ―― ……では、彼は何者だ? 」


 はっきりと言うローグレーに対し、

ブラウは危うく 邪神と言いかけたが、それを口にすると

目の前の男と殺し合いになるとわかって、彼はそれを避けた。



「……、……御主神様の子ではないかと考えている。」

「神の……子ども……? 」


 ローグレーの考えに、

 ブラウは なぜそこへ考えが至ったのか? と、

思考を働かせていたが――



「ブラウ、今一度、教団に戻ってこないか? 」

「ローグレー、本気で言っているのか? 」


 ―― 目の前の男からの誘いに、

ブラウは先ほどまでよりも強く驚いていた。


「本気だ。むしろ、今だからこそだ。」

「だが、教団は―― 」

「―― だから、だ。我等の御主神様であるヤクターチャ様が、

過激派やつらの望む 邪神ヤクタルチャイルではない、と。

各地で暴れまわっている他の連中にも思い知らせねばならん。」


「……だが……」

「邪神などという蔑称は教団創立当初よりあっただろう。

我々穏健派はそれを否定し続け教義に従っていたが、

奴ら過激派はそれを利用して無法を働いている。」


「それは、わかっているが……」

「邪神は、破滅を望む者たちが作り上げたに過ぎん。

過去、教団に潰された幾多の宗教団体や、

最古の宗教である『パルステル教』に しがみつく者達がな。」


「……」

「信仰心も持たずに教団の名を語る者達も、

失敗に心が折れ、破滅を望むために邪神を利用する者達もだ。

『破壊による新生』が 御主神様の望みだということを、

お前は忘れてしまったのか? 」


 ローグレーは忌々しそうに呟き、


「……」

奴ら過激派のせいで我々穏健派の活動が否定され、

表立って この街での復興支援の活動も満足にできん。

団員であるというだけで捕らえられている者達も出ている。」


 また彼は責めるような目でブラウを見つめ、


「ブラウ、お前の方から教団に関しての真実を伝えてくれないか?

教団に、我々の側に戻ってくるのが最善であると思うが――」


 ローグレーは室内を歩いてガラス窓を開け、


「……」

「―― 教団に戻ってこないのであれば お前は、

この壊れ続ける街で精々 英雄としてあがめられていればいい。」


 沈黙したまま返事をしないブラウに そう言い捨てて、

外へ飛び降りて出て行った。



「……」


 ブラウは開け放たれたガラス窓から流れる

外の風に吹かれながら酒を飲み、


(カシュー、アイーシャ……どうすれば良かったのだろうか……?

お前達のシアンのことは……ソーマ君のことは……)


 杯を置いて、頭を抱えていた。


 ブラウの脳裏には親友の二人夫婦の姿が、

そして最後に自分を見つめていたソーマの姿が浮かび、

いつまでも頭からこびりついて離れなかった。

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