第121話 剣を振るうは誰のために

(あの黒い魔物に……言うことを聞かせた だなんて……)


 パプル家の屋敷の正門へと たどり着いたシェンナは、

地面に膝をついて うなだれているソーマへと視線を向けた。



(姿こそ、何も変わってないように見えるけど……)


 一歩ずつ、ゆっくりとソーマに近づいて行く彼女の

呼吸や思考が だんだんと乱れ始めていき、


(彼から、黒い煙が出たのが本当なのだとしたら……)


 青ざめた表情の彼女の手は、震えながらも剣へと のびていた。



 ソーマはうつむいたまま放心していて気づいていない――


 ミザリーはソーマに なんて声を掛ければ良いかを気にしていて、

シェンナが近づいてきていることに気づいていない――


 ジョンとヴィラックは、お互いへ注意を向けているため、

シェンナが剣を鞘から抜いたことに気づいていなかった――





(あの魔物が飛び去っていく!? )


 街中で、先頭を走っていたアルテナは、

パプル家の屋敷から飛び去っていく黒い魔物に驚きながらも、

屋敷へ向かう速度を緩めなかった。


 ただ ひたすらにソーマの身を案じていたから――



 魔族―― かつてブラウから聞いた説明では、


 魔物と同じ緑色の髪を持つ人族を、

生まれながらにして人と違う形態をした人族を、

そして、人族から生まれ魔物と似た性質を持った人族を

『魔族』と呼んだ。―― ということを思い出し、



 ―― 魔物より、人に近い魔族の方が恐ろしい。


 それもまた、ブラウが話していたのをアルテナは思い出していた。



 アルテナの後方ではバーント、マルゼダ、

遅れてシアンが追いかけてきていることを察知しながらも走り続け、



 パプル家の屋敷の正門に辿り着いた時、



「―― っ!? 」



 ソーマへ剣を振り降ろそうとするシェンナの姿が

アルテナの目に映った。



* 「やめてっ!! 」



(っ!? )


 アルテナの声に振り向いたジョンは、

目の前で行われようとしているシェンナの行動殺意に驚きながらも、


(させてたまるかっ!! )


 二度も目の前で彼を傷つけさせまいと駆け出し――


(―― 速っ!? )


 思いもしていなかった自分の足の速さに驚きつつ、


「だああぁぁぁぁっっ!! 」


 ジョンはシェンナに飛びかかって、

ソーマから彼女を引き離し、勢いで地面を転がりながら、

正門に立つアルテナたちの方へと転がっていった。



「くっ!? 放せっ!! 」

「どうしてなんだっ!? どうしてソーマ君を殺そうとしたんだっ!? 」


 転がった末、暴れるシェンナの上にまたがったジョンは、

彼女の両腕を抑えながらも、彼女の行動が信じられなかった。


 初めてシェンナがソーマと出会った時、

 彼女は彼に抱き着き、ちから尽くで彼の唇を奪うほど

彼に一目惚れをしていたのに加え、

 ジョンの ソーマへの熱心な語りに同調し、

 日頃 彼と会うたびに、彼女は彼に色々と接触をしていたのだから。



「私はボルレオ国の兵士だ! 国の、民の治安のために剣を振るう! 」


 だからジョンは、

シェンナが彼を殺そうとしたのが信じられなかった。


「彼は!? 」

「魔族は やはり危険だ! 彼はあの三つ首の魔物に命令をした!

魔物は命令に従い、巣に帰った! 彼は魔族だ!! 殺すしかない!! 」


 ジョンの問いに、シェンナはジョンを見つめて叫び、


「あなた、彼が人のままだったら 助けるって――!? 」


 遅れてやってきて、事態に気づいたシアンの言葉に、


「こいつらを見ろ! 彼女は耳が尖り、アイツは黒い蒸気を出し、

こいつは目の片方が赤くなっている!! 」


 シェンナはミザリーを、ヴィラックを、

そしてジョンへと目を向けた。



「「「―― っ!? 」」」


 シアン、バーント、マルゼダはシェンナの言葉に、

ジョン達の変化に それぞれ驚きを示し、


「あの黒い煙に巻き込まれたこいつらは 魔族になったっ!!

人を魔族に変えてしまうような存在は生かしてはおけないっ!! 」


「なっ!? 」

「っ!? 」

「……ふぅん。」


 悲鳴のように叫ぶシェンナの言葉を聞き、

ジョン、ミザリーは驚愕し、ヴィラックは口元を歪めていた。



「……ソーマ……」


 その間に アルテナはジョン達を避けて

ソーマの前に立つと片膝をつき、


「ソーマ、いつまでそこにいるつもり? 」

「……アルテナ……」


 アルテナはソーマに優しく声をかけ、

ソーマはゆっくりと顔を上げた。



「アルテナ……おれ……おれは――」

「行きましょう。」


 見上げるソーマの言葉をさえぎるように

アルテナは手を差し出し、


「……」

加工屋の人達 あいつら も心配してるでしょ。お腹も空かせてるだろうし。」

「……ん……おれも、お腹……いたな……」


 呆然とアルテナの手と顔を見つめていたソーマは、

恐る恐るとアルテナの手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。



「やっぱり、私の目の届かないところにいない方が良いわね。」


 立ち上がったソーマがミザリーを立ち上がらせているのを見ながら

アルテナは正門へと歩こうとしたが、


「アルテナっ! 何を考えている――」

「黙りなさい。」

「―― っ!? 」


 ジョンに地面へ押さえつけられたままのシェンナに、


「もし、またソーマを殺そうとしたら、この私がお前を斬る。」

「なっ……ぁ……」


 冷めた表情でアルテナは言い放ち、

シェンナはアルテナの発する殺気に顔を青ざめさせていた。



「みんな、戻りましょう。……あんたはどうするの? 」

「おれもついていくさ。お姫様の仲間だからな。」

「今度、危険な目に合わせたら」

「斬るんだろう? 」

「わかってるなら いいわ。」


 アルテナはヴィラックを睨みながらも受け入れて歩き出し、

他の者達は、場の雰囲気を読んで敷地内から外を出て行き、


 この場には、地面に倒れたままのシェンナだけが残された。



「私は……国の兵士だ……衛兵士なのよ……」


 足音が遠ざかって聞こえなくなった後、

青空を見上げながらポツリと呟くシェンナは、



(彼が本当に魔族でないとしても、彼は あの魔物を従わせた。)


 空を飛び、人の言葉を話す犬の、

魔物の群れの主である黒い魔物が――


(あの魔物を、犬の群れを従わせられる彼は……危険過ぎる……)


 初めてソーマと出逢った時の姿や、

困ったような笑顔を浮かべる姿が――


(彼が あの魔物や他の魔物を従わせて、国をることだってできるし、

彼にその気がなくても させられる可能性だってある……

誰か が彼を利用しない させないためにも……)


 国に及ぶ危険性が ―― シェンナの脳裏に浮かび、



一思ひとおもいに……のために死んでよ……ソーマ……」


 彼女の目から、涙がポロポロとこぼれ落ちていた。

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