第77話 彼女を見て彼を思う

 街中でよくわからない奴らに襲われ、

ミミズの魔物たちが出てきて街がめちゃくちゃになって、

さらに犬の魔物とかタコの魔物とかも出てきて……



 ―― クロイ カミ


 ケルベロスみたいな黒い魔物が、おれを見てそう喋ってた……


 いったいどういうことなんだろうか……



「魔物が言葉を……」


 ベッドで安静にしているブラウさんも、

この事には興味津々のようだった。



 あれから三日が経って、


 おれ達―― ブリアン家の使用人とかお抱えの冒険者たちも含めて、

パプル家の屋敷にお邪魔していた。



 ジョンの屋敷で二度会ったディールっていう人なんだけど、

今回の事でジョンの屋敷がダメになったのを知って、


「ジョンと一緒というのは微妙だが、詫びの代わりになるのなら。」


 と、おれ達を屋敷に迎え入れてくれた。


 パプル家の屋敷も あちこちミミズの魔物に食われたらしいけど、

街の南側はブラウさんが守ったこともあって、被害は少なかった。



 南側以外は壊滅してるんだけどね……



 ミミズたちや犬たちにやられてまだ三日過ぎたばかりで、

遺体を掘り返す余裕なんてないだろうし……


 アルテナたちは冒険者だから、街の復興とか手伝いに行っている。


 おれも本当は手伝いに行きたかったんだけど、

おれはブラウさんの身の回りの手伝い……留守を任された。



 ミザリーさんたち 使用人の人達だって、

街のために外で働いているのに……



 ガラス窓の外、雲一つない晴天を見上げて、


「髪が黒いのって、そんなにダメなのかな……? 」


 前髪をつまんで、おれはぽつりと呟いた。



 正直、嫌になる。


 こういう時でも、おれは何もできないんだから……


 外では、家もなくなった人達が野宿とかしてるだろうなぁ……



 街の南に辿り着いた時の、街の人達のおれを見る目……



「皆、あの被害を受けて不安になっているだけだよ。」

「それは……わかってます、けど……」


 ブラウさんは慰めの言葉をくれるけど、

いや、おれだってわかってるんだよ……


 わかってるんだけど……


 だからアルテナやジョンが、おれを屋敷から出したくないことも、

おれはなんとなく察しがついているんだよ……



 けど、おれ……このままで良いのかなぁ……



 そういえば、あの爺さんやアイツもどこかに行ったみたいだし……





 アルテナたちは、魔物の言葉を聞いた翌日から街の復興のため、

冒険者斡旋所からの依頼を受けて活動をしていた。


 ブラウによって被害が抑えられていた斡旋所が主導となり、

生き残った貴族たちや国の兵士たちと連携を取り、

各地から救援のための人や物資を送ってもらうようにしていた。



 人も物資も足りない今のノースァーマの街で、

アルテナたちができることも限られているのだが……



「もし、まだ魔物が残ってたら困るものね。」

「そうですね……」


 アルテナとシアンは、壊滅した街中を歩き、警戒をしていた。


 日は経っていても、もしまたミミズの魔物が出てきても良いように、

他の冒険者たちも、二人一組で行動するよう斡旋所から徹底されていた。



 血と土と死の匂いに若干 顔をしかめつつ二人は歩いている。



 周囲を警戒しながらアルテナは、シアンの様子を盗み見た。



 ―― 好きです



 ソーマの言葉を思い出してしまい、


(ソーマはシアンが好き……なのかな……)


 アルテナはシアンから視線をそらして、そう思ってしまった。


 長く美しい黒濃い紺の髪、温和で綺麗な顔立ち、

女性らしく豊満な胸や体つきは同性のアルテナから見ても羨ましく、

また、彼女を抱こうと画策する男達も多くいた。



 ―― だから、シアンさんが悪いんじゃないですよ



 そう言って、首と腹につけられた痣をソーマが見せた時のことも、

アルテナは思い出していた。


(『だから』ってどういうこと? 『シアンが』って言ってたし……)


 アルテナは、ソーマの身に何が起きたのかを考えてみた。



 痣は『誰か』につけられた。


(それはシアンに―― でもないみたいだし、

私達の身近にいる者たちでもない。じゃあ誰が? )



 ソーマは『何か』があって錯乱した。


(だから私が慰めたり、ブラウがソーマの話を聞いていた。

もしかして……ソーマが錯乱した原因って、あの痣に関係が? )



 だからシアンは『悪くない』と彼は言った。


(シアンが単独で行動するようになったのは、

ソーマが錯乱した日以降で……ソーマはシアンのために痣を見せて―― )



 ―― !?


 あの時、なぜシアンはソーマにまたがって彼を押さえつけていた!?


(私達は『錯乱したソーマ』を『シアンが押さえつけていた』と思ってたけど、

『シアンが押さえつけた』から『ソーマが錯乱した』のっ!? )



「な、なんですかっ!? 」


 それに気づいたアルテナの視線に、シアンは戸惑いの声を上げた。


「……、……、……なんでもないわ。」

「な、なんでもって……」

「魔物がいた気がしたの、驚かせてごめんね。シアン。」

「は、はぁ……」


 それでシアンは納得したようだが、アルテナは一瞬、

怒りを持ってシアンを睨みつけてしまったことを恥じていた。


(ソーマが片づけた問題を、私が蒸し返すわけにいかないじゃない。)


 義憤に駆られるも、その思いがあったからこそであった。


 あれだけ錯乱し、涙をボロボロと流していた彼が、

自ら痣を晒し、口づけまでもして彼女シアンとの問題の解決に動いていた。


 その彼の気持ちを、アルテナは無駄にしたくなかったのだった。



 ソーマが錯乱したことに関しては答えが出たアルテナだが、

痣そのものに関しては――


(あのデカいのに聞くしかないわよね……)


 ―― ソーマが自ら痣を晒した時に目を逸らしていたバーントに、

アルテナは事情を問い詰めることを決めていた。





 一方、アルテナに睨みつけられたシアンは、


(やっぱり、ソーマさんのこと……なのでしょうか? )


 なぜ睨みつけられたのか を、そう感じていた。



(アルテナさんは、ソーマさんのことが好きだから……)


 彼女の目の前で、彼から抱きしめられ口づけをされた時のことを

シアンは思い出していた。


(また、ソーマさんと……今度は……ふふっ……したいなぁ……)


 思い出し、顔を赤らめて幸せそうにしているシアンであった。



 彼女にしてみれば――


 ソーマに拒まれたことに関しては『彼の側の問題』であって、

シアン自身に対して何も問題がなかったこと。


 初恋の相手に『好きだと言われ告白され』て、

どしゃ降りの雨の中で抱きしめられて唇を重ねる という、

まるで絵に描いて、夢に見たような状況になったこと―― で、


 ここ最近抱えていた不安などが一気に吹き飛んでしまい、

その反動からか、周囲の状況も一切無視して幸せな状態であった。


 それが彼女にとって、良い事か悪い事かは知ることもなく……

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