第66話 親として
鎧を作ってもらうために、ってのが今日の目的だったから、
おれ達はブリアン家の屋敷に帰ってきた。
屋敷内に入るとブラウさんと、もう一人――
「あれ? マルゼダさん? 」
「おっ? 声が出るようになったの……か……んん? 」
相変わらずの皮の服を着ているマルゼダさんだけど、
声を聴いて嬉しそうだったのが、おれを見た途端に様子が固まっていた。
「……女性だったっけ? 」
「男です。」
「だよな? あー驚いた。
いやー、衣装だけで見違えるもんだ!! 」
見間違えられるのには、もう慣れたよ……
……それより……
「ブラウさん。」
「ん? 」
「ちょっと……良いですか? 」
おれは、ブラウさんに相談したいことがあった。
それはもちろん――
「ほぅ、シアンがまさかね……」
話を聞いたブラウさんが、しみじみとした感じで軽く驚いていた。
おれは今、ブラウさんの部屋で、
机に向かい合って椅子に座っていた。
「……あれから、顔を合わせてくれませんし……」
まぁ、あの後だから顔を合わせ辛いのはわかるけど……
けど、このままってのも辛い……でも……
「時間を……かけてたら、ダメだって気がするんです。でも、どうしたら……」
こういうのって、時間が解決してくれるわけじゃないと思うし……
「……ソーマ君は、シアンのことが嫌いなのかね? 」
「ちっ、違いますっ! そんなんじゃ……ないんですよ……」
怒っているような感じのブラウさんの言葉に、
おれは慌てて否定した。
そりゃ、ブラウさんも怒るよな……
というか よく考えたら、親の前で『娘に押し倒されました』とか……
ブラウさんじゃなくても怒るよね……
なんで気づかなかったんだろう? おれ……
……でも、やっぱり、全部……話さないと……ダメなのかな……
おれはブラウさんに、
『酒に酔ったシアンさんに押し倒されたのを抵抗した。』
としか、話していなかった。
全部話すってなると、昼間のことも話さないといけなかったし……
おれの体についた痣のことも……つけられた時のことも全部……
……全部、話さないと……いけないし――
*
(彼を好いているとは思っていたが、
まさかシアンが酒に酔って、彼を押し倒すとは思ってなかった。)
これがブラウの正直な気持ちだった。
ホルマの街にある自分の屋敷にいた時点で、
あくまでも、可能性として考えてはいたブラウだったが、
何がどうなって、こうなってしまったのか、残念でならなかった。
酒の勢いで無理強いをしたシアンもそうだが、
シアンを『受け入れられなかった』彼に対しても、
ブラウはため息を吐きたい気分であった。
義理の娘が、男女の関係に手をのばし始めた。
親代わりとしては止めたいような、応援したいような気持ちであった。
即座に否定しているように、何やら彼の側に事情があるように見えた。
ブラウは、うつむきながら机の上を見て、時たま、
こちらに視線を向けているのを繰り返している彼を見ていて、
どことなくシアンの幼い頃を思い出していた。
言いたいことや言いたくないことで破裂してしまいそうな彼の様子に、
ブラウは過去の経験から、じっと待つことにした。
そうして、どれほど待ったかは定かではないが――
「おれ……おれは、シアンさんのことが、どうこう、じゃなくって……」
―― ぽつぽつと話し出す彼の声が、体が、
話すたびに震えを段々と強めていき、
「そうこう、ことにも、興味がある、けど……でも……でもっ……」
うつむいて、上目遣いの瞳がじわりと潤み、
彼は両手をわなわなと顔
「昨日……昼間、に……酷い、目にっ、遭わされっ、てぇっ! 」
震えている その両手が、
ゆっくりと彼の首を絞めるようにのびて――
「ま、待ちたまえっ!! 」
―― ブラウは慌てて椅子を退けてソーマの横へ行き、
彼の両手を掴んで止めた。
「ジョンのっ、使用人、だったっ、奴らがっ……ひっくっ……」
「もう言わなくていいよソーマ君。それだけ聞ければ。」
掴んだ瞬間にビクッと体を震わせ、
怯えるように こちらを見上げて話す彼に、ブラウは優しく声を掛けた。
「っ……うぅっ……っく……ぅぅ……」
ぎゅっと目を
泣くのに耐えている彼の様子に、ブラウは内心、怒りがこみあげてきていた。
彼に、酷い目に遭わせたという元使用人の連中と、
彼の事情を知らずに シアンを抱かなかったことを責めた自分へと。
(これは……そう簡単に、他人には言えない
ブラウは、ソーマの不幸に同情すると同時に、
(そうなると、シアンはそうと知らずに彼を押し倒したのか。)
シアンとソーマとで顔を合わせ辛くなっていることの、
大体の事情を察して、頭が痛くなってきていた。
シアンとソーマ、どちらが悪いかといえば、
(シアンの方が悪いと言える。)
のだが、問題を解決するためには、
(ソーマ君の事情を、シアンに打ち明けねばならない。)
のが、一番の問題であった。
しかしソーマの代わりにブラウが説明することは、
(するべきではない。)
ことは、わかりきっていた。
彼自身がその出来事をきちんと受け止めて、
彼自身からシアンに説明できない限り、
シアンはソーマ君を
それがブラウの判断だった。
「ソーマ君。」
ブラウは掴んでいた両手を放した。
「っく……はぃ……ひっ、く……」
「さぞ、辛かったろうな……耐える必要はない。今は存分に泣くといい。」
ソーマの頭をそっと両手で抱いて自身の胸に埋めさせ、
ブラウはかつてシアンに対してそうしたように、優しく彼に語り掛ける。
ソーマはブラウへと体の向きを合わせ、
宙をさまよっていた彼の両腕が恐る恐る、震えながら、
ゆっくりと、ブラウの服の背中部分をぎゅっと握りしめ、
「っ……ぅ……ぅうう……うああああああぁぁぁぁぁ!! 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます