第50話 抱く想いは誰のために
アルテナは用意された個室で一人、後悔していた。
夜まで時間があるから――と、
彼を置いてまで冒険者斡旋所へ行かなければ良かった……と。
部屋を出てしばらくしたらシアンが追ってきたが、
独りになりたいことを告げて彼女を避けた。
今の胸の内のままでは、
追ってきたシアンに何を言ってしまうかもわからないから。
寝台のすぐ横で床に両膝を、寝台の上に上体を預けたアルテナは、
重ねた両手の上に顔を乗せ、改めて後悔し直していた。
居続けたところで鍛錬くらいしかやることがなかったかもしれないが、
居なかったからこうなってしまったんだ、とも言えるからである。
居ても彼が体調を崩していたかもしれないが、
あの貴族の話を聞いていると、悪いのは向こうだ。
感情に任せて責め立てることも、ぶん殴ることもできた。
だが相手は部屋や医師を用意してくれている。
不要に責めて追い出されるわけにもいかなかった。
彼のためにも――
*
「わかった。ブリアンの屋敷だな。」
「ああ。」
赤い絨毯を敷き詰めた内装の華美な一室で、
男達は机に向かい合って会話をしていた。
「導師の連中はどうしろって? 」
「連絡が来た時には、まだどうするかで揉めてたらしい。」
「なんだよそれは。」
ソーマを尾行していた男は、相手の返事に軽く呆れていた。
尾行し始めてから今に至るまでそれなりに日数がかかっているが、
方針すら定まっていないとは……と、尾行の男は思っていた。
「連中だって『黒髪の人間』なんて初めてなんだろう。」
「『黒くなる』かもしれないけどな。」
尾行の男は杯を
「なんだって? それはどういうことだ? 」
相手の男は、尾行の男の言葉に軽く興味を示した。
「この街から東の村、
そこから更に東の森に進んでくと、こいつの死体がある。」
尾行の男は服の胸元からソレを取り出した。
「黒い羽根……? 」
「元は魔物らしく緑色だったんだよ。」
「!? それ本当かっ!? 」
相手の男の興味が強くなり、
彼は身を乗り出してマジマジと黒い羽根を見つめていた。
「ああ。」
「それが本当なら凄い発見じゃないか。」
「そうだな……で、どうする? 」
興奮した様子の男に、尾行の男は尋ねた。
「どうするって……」
「連中はまだ揉めてるんだろう。このまま、ただ待って見張るだけか? 」
「しかし……」
暗に独断での行動を示唆する言葉に、
相手の男の表情は渋くなったが、
「おれ達は『凄い発見』をしたんだ。
この羽根だけより、いっそ連れて行ってしまえば良いんじゃないか? 」
「それは……」
尾行の男が何をしたいのかがわかり、
相手の男は彼を呆然と見つめた。
「いつまでも連絡があるまで待つつもりか?
凄い発見をしているのに黙ったままか?
発見したことを、他の誰かに先に越されてしまうか? 」
「……」
男は考え、杯の中の果実酒を飲み干した。
「さぁ、どうする? 」
尾行の男は挑戦的な笑みを浮かべて、彼の返事を待った。
「……やるか。」
「そうこなくちゃ。」
返事を聞き、嬉しそうに尾行の男は相手の杯に果実酒を注いで、
「問題はどう行うかだな。」
「ああ―― 」
共に杯を傾けて酒を飲みほした。
とある貴族の屋敷の中で、教団の男達の密談は続く――
*
まわりが白く、何もわからないような空間で、
「ごめん……ごめんね……」
おれは
また、母さんに翼で抱きしめられながら泣いていた。
「……おれのせいで……おれのせいで……」
母さんの胸に埋もれながら、言えなかった言葉。
―― わかってる。
これが夢の中だってことも。
夢の中だから言えるってことも――
「生きてて、欲しかった……死なせたくなかったよぉ……」
縋りついて、甘えて泣きわめいて――
「おれなんかのために……あれだけ酷い目に遭ったのに……」
夢の中の母さんは、どんな表情をしているのか――
「おれのせいで―― !! 」
―― おれにはわからなかった……
白から黒の空間へ。
目を閉じている視界の暗さ。
あぁ……夢から覚めたんだ……
(あー、だるい。苦しい……)
寝て起きたら少しはマシになったけど、体の方は正直だよなぁ……
ジョンにぶつかって抱き着いて、
いつの間にか寝てて、目が覚めたらベッドの上。
熱っぽいし、本当に風邪ひいたんだろうなぁ。
目を閉じたまま、仰向けに寝返りをう……うてない?
(んん? )
おれは今どういう状態なんだろう?
ベッドで寝ている。
頭の下には枕があるみたいだけど、うつむいてるから少ししか頭を載せてない。
顔にはちょっと何かが触れている。
甘くて懐かしいような匂いと、
スースーとまるで吐息のような風が頭に当たっている。
夢でおれが抱き着いていたように、
おれは抱き枕か何かを抱きしめてるようだし、
そのひんやりとした抱き枕に抱きしめられているような感じだった。
さらりと、しっとりと手に吸い付くような触り心地が、
顔にも手にも足にも全身にも絡みつくように感じている。
あぁ、だから仰向けに寝返りがうてないのか――
そう納得し、重たい瞼と頭をゆっくりと上げた、その目の前に、
(だ、誰この人っ!? )
こちらを向いて眠る女の人がいた。
ただ寝てるだけじゃない。
おれはその女の人と同じベッドの上で、
互いに抱きしめ合いながら眠っていた。
それも女の人は―― 裸だ!?
いや、おれも裸だった!?
よくよく考えると、さっきまでうつむいていたから、
この人の胸に顔を埋めていたのかっ!?
「ん……んん……」
今の状況に動揺しているおれの動きに、
その人は身じろぎしながら――
「んぁ……ふぅ……お目覚めですね、ソーマ様。」
―― この状況で、冷静にその人は微笑んでいた。
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