第44話 ロウリュ

 ジャンだったかジョンだったか、

顔は良いけどちょっと失礼な貴族に勧められ、


 おれたちは汗やら汚れや匂いを落とすために、

ロウリュとやらに行かされることになった。


 着替えは、あの貴族が用意するとか言ってた。



 おれはアイツがあまり信用できないんだけど、

バーントさんは馴染みらしく受け入れ、


 ブラウさんに視線で問いかけると――


「こういう時は任せるものだよ。」


 ――と、優しく言われてしまった。



 ついでに下駄もどきの板靴が、

絨毯じゅうたんを痛めるから』って使用禁止になった。


 代わりになる靴も そのうち用意してくれるらしいけど、どうもね……


 声は出ないけど ため息を吐いて、板靴を使用人の女性に預ける。


 青い長そで長スカートのワンピースに白いエプロンの、いわゆるメイド服。

もとの世界で見たミニスカとか変形のとは違う、かなり地味なメイド服だった。


 まぁ、毎日着る物だろうし、機能性考えたらこんなものかな……



「どうかした? 」


 裸足でロウリュへと案内されている最中、アルテナと目が合った。


 前髪が睫毛まつげに届くほどに伸びていた。

後ろ髪も、肩の後ろにまで届いている。


 彼女と出会ってから、それだけの期間が経っているんだなぁ……



 そして身長も、とっくに追い抜かされていたんだね。

いままで下駄もどきを履いてたから気づかなかったよ……


 なんとなくそうかな~と思ってたけど、

この世界の人達、みんな背が高い!! 高くなる!!


 おれは一応、たしか、いや……160cmはあったような……気がするけど、

シアンさんも今見たら170cmは余裕で超えてそうだし……


 うぅぅ……おれ、もう身長伸びないしな……縮むかもしれないけど。




 そんなこんなでロウリュとやらに到着し、男女別の二部屋に入ることに。


 脱衣室で服を脱いで、タオルを体に巻いた。

タオルというか、手ぬぐいやハンカチみたいな感じだけど。


 バーントさんやブラウさんの行動を見て真似たけど、

あんまり自分のアソコとか見られたくないしね。


 そういえば、誰かと一緒に入るのって、いつぶりだろう?



 それからロウリュって何のことかと思ったら、サウナ室だったんだね。


 サウナ室の入り口側の壁面に座るスペースがあって、

向いの壁面の床に熱した石が敷き詰めている部分があった。

 それと隣接した水を汲める小さな場所と、

そこから少し離れたところにも水を汲む場所があった。


「ん? ……、……バーント君。」


 おれはブラウさんに視線や手振りで尋ねたのに、

ブラウさんはバーントさんに話を振った。


「ああ、見てろ。」


 そういってバーントさんは小さな水汲み場の水を、

そこにあった木桶で汲むと、少しずつ熱した石に水をかけていた。


 じゅわぁと蒸気が舞い上がる。


 いや、サウナだってのは、おれもわかってるんだけど?


 次にバーントさんは離れた場所の水汲み場で、

さっきより大きな木桶を掴むと、頭から水をかぶっていた。


「……と、まぁ、こういう使い方だ。」


 この人、口で説明するの下手なんだなー。


 とりあえず頷いて、理解したことを伝えた。





「はぁ~、これが本物のロウリュですかぁ~。」


 シアンは壁にもたれ、大きく両手を上げてのびをした。


 汗を吸うための巻き布で押さえられているが、

彼女の胸が大きく揺れる。



「どうしたんですか? ソーマさんのことが心配ですか? 」


 隣に腰かけ、じぃっとうつむいていたアルテナに、

シアンは優しく声を掛けた。


「……、……、ソーマってさ。」

「はい? 」

「……やっぱりいい。聞かなかったことにして。」

「はい。」


 シアンは特に気を悪くすることもなく、

うつむいたままのアルテナを見つめていた。


 ソーマのことを考えているアルテナを見て微笑ましく思い、少し胸が痛んだが


「……アルテナさんは……」

「……何?」

「ソーマさんより背が大きくなりましたものね。」

「……」


 言われて目をパチクリとさせたアルテナが、シアンへと振り向いた。


「あの靴で今まで気付きませんでしたけど、

なんだかソーマさんが可愛らしく見えてきたんですよ。

 ふふっ、彼に聞かれたら怒られちゃいますね?」


 シアンはそう言って口元に手を当てて、くすりと笑っていた。



(そっか、身長の差か……)


 シアンの様子を見ながら、アルテナは思った。


 彼が板靴を脱いでから妙に周囲を見回し、

若干 戸惑ったり落ち込んでいるような様子を見せていたのは。


 そう思うと確かにシアンの言う通り、

彼は男なのに、かわいらしく思えてしまう。


(けれど……)


 アルテナが先ほどまで思いつめていたことは、それではなかった。



(彼は……魔族なのかもしれない。)


 という疑念が、アルテナの中に生じていたのだった。



 今ではもう過去のものとして語られる魔族。

ブラウの話を聞いて、初めて知った魔族という存在。


 魔物と似た性質を持った人族。

魔物を従わせることのできる族。


 黒い髪を持つソーマ。

あの大鷲の魔物を、あの黒い魔物と親しく接していたソーマ。



 ―― 人間でいたいんだ……


 ―― 例え自分が、この世界の人間に受け入れられなくても……


 あの時、彼はたしか、こう言ったはずだ。


 この世界の人間―― 人族は『魔族』を受け入れなかった。

魔族を知り、魔族を覚えている人族が今、どれほどいるかはわからない。


 けれど、彼の髪が黒というだけで、彼を避ける人族は多い。


 それは私も、よぉく知っている。見てきている。


 そして、緑色だった大鷲の魔物が、黒い魔物になったことも。


 ソーマは元々、緑色の髪をしていたのかもしれない。


 それを否定できない。


 何らかの原因で、彼の髪が黒くなったのかもしれない。



 もしかして―― 初めて出会ったあの場所で黒くなった!? ――



 アルテナの中で、彼に関しての疑念や、考えは続いた。


 汗や汚れを落としてロウリュを出て、脱衣場で用意された服を着ながら、

アルテナは、ある物に目が留まった。


 彼がアルテナに贈った、お手製の木の腕輪。

綺麗な球体になっていない物がほとんどだが、今なお優しく光を反射していた。



 ―― 魔物とは凶暴な性質を持つ。でも、彼にはそれがない。

むしろ彼は、私達が守らないといけないくらいだ。


 でも以前に見たあの昏い目は、魔族である名残なのかもしれない。

今はもう見ないけど、次は何が起きてあんな目をするのかわからないけれど。


 彼が何かをする、とは思わない。それはもうわかっているつもり。


 でも、もし彼が原因で人々に害が及ぶなら――



 ―― 彼を殺さないといけないかもしれない。



 そんなアルテナの物騒な決意は、

とっくの昔に脱衣場を出たシアンの嬉しそうな悲鳴で掻き消されてしまった。

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