第37話 黒い魔物

 地面から湧き上がる煙のような黒い粒子魔力を吹き飛ばし

現れた黒い魔物。


 黒い大鷲の魔物―― だが、尾羽の、足の付け根の位置から、

緑色の体毛を持つ狼の首から下の体が生え、本来 大鷲の足だったものが、

人間の腕のように骨格や筋肉が付いて変化していた。


 全身の大きさは、先ほどまでと比べると一回りも二回りも小さくなったが、

それでも大柄な人間が余裕で見上げるくらいの巨体であった。


 先ほどまで冒険者や村人たちによってつけられていた傷は

初めからついていなかったかのように消え失せ、

 魔物のクチバシからは、黒い粒子が呼吸するごとに漏れ出ていた。


 大鷲と狼の混ざった黒い魔物は大きく息を吸い、

枝が揺れ 葉が飛ぶほどの咆哮ほうこうを放ち、人間たち彼らを威嚇した。



 アルテナたちは耳を押さえて咆哮の衝撃に耐えながら、


「ソーマっ!! 」

「いましたっ!! 」

「むうぅ……」


 黒い魔物よりも奥に、巣のはし

仰向けで気絶しているソーマを発見した。


 シアンが彼の無事を喜ぶ一方で、アルテナとブラウは、

魔物を倒さねば彼を助け出せないことに気づいていた。


 黒い魔力が沸き上がっていた地点より遠くの巣に

彼を運んだのは恐らくこの魔物であり、

 そして巣の前で立ちはだかっていたからだった。



「な、なんだこいつはっ!? 」


 そう声に出した見張りの男だったが 驚きのあまり、

翼を羽ばたかせながら駆け寄ってきた魔物の振る 腕への反応が遅れ、

その腕に掴まってしまい持ち上げられてしまった。


「ちっ!? くそっ!! 放せっ!! 」


 叫びながらも、もがき逃げようとしていたが――


「ぐぎゃああああぁぁぁっ!? 」


 魔物は力の限り握りしめ、

彼は『く』の字にへし折られて絶命した。



 内臓が破裂したことにより、腕に吐きつけられた血を振り払うように、

魔物は死体をバーントたちへと投げつけた。


 バーントは咄嗟に姿勢を低くして避けたが、

 黒い魔物の姿に呆然としていた他の冒険者や弓を持った村人たち数名が

巻き込まれてね飛ばされた。


 それだけでなく、死体は木の幹に直撃し、

その勢いで、木は根っこの土ごと倒れ始め、大きな音を立てた。



「これが、あの鳥の魔物かっ!? 」


 バーントは耳で仲間たちの被害を知りながら、

右肩後ろに背負う筒から槍を一本取り出し、槍を黒い魔物へと投げた。


「うおおおおおぉぉぉっ!! 」


 自ら投げた槍の後を追うように、バーントは左腰に帯びた剣を抜き、

左脇を締めて腕につけた中型の盾を構えて、魔物へと接近した。


 黒い魔物は慌てる様子もなく 飛んできた槍を払いのけ、


「何っ!? ぐあっ!? 」


 バーントの振り降ろした剣を一歩で避けて、その反動で拳を横に振るった。


 バーントは盾で受け止めたものの、

鈍器で叩きつけられたような衝撃を受け


「っごふっ!? う……」


 殴り飛ばされ、横手にあった木の幹に背中から叩き付けられて動かなくなった。



「くっ! 」


 アルテナは剣を構えて相手の出方をうかがい、


「シアンは後ろに下がりなさい。」

「は、はいっ! 」


 中型の盾と剣を構えたブラウが、シアンを後ろに下がらせていた。


 ブラウがそうしたのには、

 例えわずかばかりだとしても魔法の詠唱に時間が必要で、

その時に彼女が狙われて防げるか確証が持てなかったからであった。


 そんな彼の心配をよそに、

大鷲と狼の混じった魔物の視線が動かなくなったバーントから、

冒険者仲間や村人たちに向いた。



「何っ!? 」


 アルテナたちは魔物の行動に驚きが隠せなかった。


 彼らと自分たちとでは、

自分たちの方が魔物との距離が近かったからだ。



 魔物は大きく羽ばたいて宙を飛ぶと、

滑空し彼らへと突撃していってしまった。


「くっ、くそおおぉっ!! 」「うわあああぁぁっ!! 」

「ぎゃあああぁぁっ!! 」「たっ、助けっ!? 」「ひいぃぃぃっ!? 」

「やられてたまるかっ!! がふっ!? 」「し、死にたくないぃぃ!! 」

「ゆ、許してくれえええぇぇ!! 」「パパぁ! ママぁ! あああぁぁぁぁっ!!」


 飛び込んできた黒い魔物の腕や足、クチバシの攻撃に

冒険者たちや村人たちは逃げたり抵抗したりしていたが、

そのほとんどが遭えなく蹂躙じゅうりんされ、悲鳴をあげて力尽きていった。



「……やっと、こっち向いたわね。」


 彼らを相手にしている間にアルテナたちは、

巣を背に向ける形で、魔物と相対し、



「魔力よ火よ原初の破壊よ! あるべき形はあるべき姿へ! 」

「魔力よ風よ巻き起こせ! 形無くば不可避の滂沱ぼうだよ! 」


 シアンとブラウの構えた杖の先端に緑色の魔力が収束し、



「よくわからないけど、とにかく危険そうだから――」


 アルテナは剣を横に構え、



「焼き尽くせ! 灰燼乃波かいじんのなみ!! 」

「叩きつけよ! 暴撃ヶ風ぼうげきがかぜ!! 」


「―― 狩らせてもらうわ!! 」


 二人の杖の先から放たれた魔法とともに、黒い魔物へと駆けだした。

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