第22話 療養中

 アルテナが魔力病を患って倒れた時は

どうなることかと思ったけど、

 ブラウさんの屋敷に泊めさせてもらって三日も経てば、

アルテナもだいぶ体調が回復してきたみたいだった。


 ブラウさんは用心のために

部屋の中だけでの活動をとアルテナに言ってたけど、

 アルテナは、それを素直に聞くフリをしていただけだった。


 寝続けて体が鈍ってるから って、

おれ達がいない間に筋トレとかしてるのは、

 病み上がりなのに無茶してるようにしか見えないから

勘弁してほしいんだけどね。



 でもおれは彼女に守ってもらってばかりだから、

あまり強く言えないんだよね……



 部屋の中、鞘をつけたまま剣の素振りを

繰り返しているアルテナを見て思う。


 サンバイザーもどきの額当ても肩鎧もしてない今の彼女の姿は、

まるで水着か下着姿で剣を振り回しているようにしか見えなかった。


 前髪も短く切らなくなったから眉毛あたりまでのびてるし、

服装さえ整えれば、


(どこかのお嬢様のようにも見えるんだけどなぁ……)


 ……なんて思っていたりしていた。



 用意された部屋の、廊下側の壁に貼りつくように おれは椅子に座って、

興味本位でシアンさんが読んでいた本のページをパラパラめくっていた。


 もじゃもじゃとした変な文字ばかりで

何書いているか全然読めなかったけど……


 これ、方眼紙か何かに一文字ずつ枠に書いていったら、

おれもそのうち読めるようになるのかな?


 ん? ちょっと待てよ?


 そもそもと この世界の住人とで、

あたりまえのように会話ができているんだろう?


 というか、なんで今まで気づかなかったんだろう?


 ……まぁいいか。だからどうした、って話だし。



 そう考えていると、アルテナが剣を振る動作や呼吸の音以外に、

廊下の方で絨毯を擦る足音が聞こえた。


「アルテナ、そろそろ。」

「わかった。」


 声を掛けると彼女はすぐに素振りを辞めて、ベッドで横になった。



 丁度彼女が今まで寝ていたかのように細工し終えると、

ドアをコンコンとノックする音が室内に響いた。


「どうぞ。」

「……あら? どうして壁際に? 」


 シアンさんがドアの隙間から顔をのぞかせて、

おれのいる位置に疑問を抱いていた。


「あんまり寝顔見ているのも悪いかなーって。」

「まぁ、何もそこまで離れなくても。」


 伸ばしてる前髪で表情は よくわからないけど、

シアンさんはおれの冗談に軽く笑っているみたいだった。



「それでどうしたんです? 」

「あ、そうだ。そろそろ食事の準備を手伝ってほしくって。」

「いいですよ、行きましょう。」


 本を椅子の上に置いて、おれはシアンさんと一緒に台所へと向かった。


 これでまたしばらく、アルテナも素振りに専念できるんだろうね。



 日本の台所では、食器と調理器具を置くスペースに

ガスコンロと冷蔵庫とってのがほとんどだと思うけど、

 ガスコンロも冷蔵庫も、そんな便利なものはこの世界にはないみたいなんだよね。


 だから常温で保存できる食材とその保存棚に、食器と調理器具を収納する棚、

かまどによく似た加熱調理台に金属製のゴトクが乗っかっていた。

 包丁とかまな板とかフライパンとかは、この世界にでも あるみたいだった。



 やっぱり異世界だなんだと言っても、

居るのは人間なんだから、そりゃ似るか。



「今日はどうします? 」

「お師匠様がね、またアレを作ってほしいんですって。」


 何がおかしいのか クスクス笑いながらシアンさんは言っていた。


 アレとは、前日の夕食の準備の時にできたグラタンもどきだ。


 あまり料理も発展してないみたいで、

ずっとパンとスープ類ばかり食べてて飽きてきたから、

 どうせならクリームシチューとかグラタンが食べたいなと思って、

無理言って自分の食べる分だけ別にして、豆類を煮る水をミルクに変えてみた。


 なぜかシチューみたいにならないと思ったら

煮過ぎて水分がとんでしまい、更に豆類も煮崩れした時には

自分の知識不足に呆れていたけど、

 でも少しばかりはドロドロになったから、

皿に盛って固形のチーズをてきとうに切って乗せて、

表面をかまどもどきに使ってた薪の火で炙って溶かして、

それっぽく見せただけの代物ができあがったんだけどもね。


 それと、どうもミルク独特の匂いが消せなくて

失敗したかな と、おれは思ったけど、ブラウさんもシアンさんも、

それを初めて見たらしく興味津々で味見していた。


 二人ともおいしいって言って、

おれ以上に食べてたせいで おれの分があまりなかったんだけども……


 そうか、ブラウさん、アレ気に入ったんだ……



 こうなるともっと、自炊なり料理の勉強なり

しておくんだったかなーって後悔する。


 そしたら、もっとおいしい料理を作ってあげれたかもしれないのに……



 実家にいた時、家事手伝いなんて一切してこなかった。


 小学校かそこらでの家庭科の授業くらいしか

まともに料理なんてしてなかったかもしれない。


 でも親が台所で料理を作ってる様子や、

TVやネットなんかでの動画を見たことはあるし、

肉を焼くとかスクランブルエッグくらいならできたんだよね。


 あー、コンビニとかで料理作らなくて済むのって、凄い楽だったなぁ~。


 実家を出てしばらくは自炊してたけどコンビニ飯に頼りっきりだったし……



 なんて、元の世界の文明の凄さを思い返しながらエプロンを付ける。


 しばらく旅を再開しないとわかってたから、

おれは久しぶりにパジャマを着ていた。


 こっちの世界に来てからもらった服は

今乾かしている最中だから仕方なかったんだよ……


 それにしても、服一つにしても、違うんだよねぇ……



 隣で同じようにエプロンを付けているシアンさんを見る。


 出逢った頃は割と引っ込み思案だったような気がするけど、

 でも一緒に生活して互いに慣れたのか、

こうして一緒に料理を作れる関係になっていた。


 彼女の服装は地味かもしれないけど

エプロンをつけるだけでも印象が変わるんだなぁ。


 彼女の胸の大きさには今でも目が行くけど、

それより調理のために黒に近い紺色の髪を後ろで束ねている姿に、

 普段は前髪で隠されたシアンさんの顔つきに、おれは目が離せなかった。


 以前からどんな顔形をしているのか気になっていたのもある。


 彼女の優しい美しさを表現したかのような……くそ、うまく説明できない!!



「どうしたんですか? 」


 前髪を真ん中から分けて後ろに流して束ねたシアンさんが、

おれの視線に気づいて こっちを見つめてきた。


「あ、えっと……綺麗だなーって思って……」


 何恥ずかしがってるんだ自分! しっかりしろ!


 というか、何 口走っちゃってるんだっ!?



「? 綺麗って何がですか? 」


 シアンさんはそう言って、

おれの視線の向こう側へ顔を向けた。


「シアンさんが、ですよ! 美しいって言ったんです! 」


 まさかの行動をとられて、おれは思わずツッコんでしまった。


「え? ……ええぇぇっ!? 」


 一瞬のうちに顔を真っ赤にしたシアンさんがおれへと振り向いた。


 眼も真ん丸にしていて、凄い驚いているみたいだし。


 そんなシアンさんの様子を見てたら、

余計に こっちまで恥ずかしくなってきたよ……

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