近畿や九州の大地震の復興のために大規模な勧進芸を行おうか

 さて、品川の遊郭もほぼ形になって、俺の三河屋品川分店などのような実質的には売春宿だった飯盛旅籠や水茶屋の一部は遊郭として郭、つまり堀に囲まれた土地の中に移転している。


 明暦3年(1657年)の1月の明暦の大火で旧吉原は全焼し、3月ごろに新吉原の建設が始まって、8月には新吉原が営業開始しているのを考えると、この時代の建設速度の速さはすごいものがあるが、これは戦国期の築城技術の名残や、畳という大きさが決まっていてそれを床にはめ込む物があるため部屋の間取りが何畳と、ほぼ固定されるため柱や梁、床板などの大きさが規格化できるのが大きい。


 まあだから建物はどれも似たり寄ったりな形や大きさになりやすいわけだが。


 そして俺のところとは対照的に、地震被害で復興中の残りの五大遊郭などの状況を考えれば、今年の遊郭対抗戦の開催はほぼ無理なのがわかってしまったし、今更だが京、大阪、伊勢、長崎、近江の宿場町などに被災者支援の物資や金銭を届けたいと思う。


 で、どうやってそういった物を集めるかが問題だが、勘定奉行や寺社奉行に許可をもらった上で吉原や品川で勧進劇などを行いたいと思ってる。


「遊女たちの劇だけでなく、中村勘三郎や金剛太夫、絡繰師の結城孫三郎、江戸肥前掾などの勧進芝居もやりたいよな」


 勧進芝居または寄進芝居は江戸時代に、主に社寺に収益を寄進するためという名目で行われた猿楽や歌舞伎、相撲などの興行。


 本来の勧進とは衆庶を教化救済することを目的とする宗教活動そのもの意味なのだが、江戸時代では社寺や橋梁、道路などの公共施設などの公共施設の造営や修復のために広く資財を集めることを目的とする募資活動の意味のほうが強い。


 師守記の1364年に”薬王寺勧進猿楽”とあるように、室町時代には戦火や寺社同士の争いで寺社が焼けることも多く、平曲や田楽、猿楽のような芸能による勧進も古くから行われているが、実際は室町時代後期には寺社修復はほぼ名目だけになるのだが。


 江戸時代には勧進相撲や勧進歌舞伎芝居も広く行われるようになっていくが、現在ではまだ大名にも多少余裕がある所も多いため、大名からの寄進を受けられそうな勧進猿楽が一番良いだろうか。


「問題は弾左衛門が横槍入れてこないかってことだがな」


 時期的には穀物の収穫もそろそろおわって農村も一段落つき、浅草より北や品川の西や南の農民も娯楽を求めてるだろうからちょうどいいと思うんだが、だからこそ弾左衛門が横槍を入れてきそうな気もする。


 やるのは勧進船での興業と吉原と品川遊郭の中だけのほうがいいんだろうけど、それだとちょっと微妙な気もするんだよな。


「とりあえずは中村勘三郎たちにも話を聞くか」


 俺は彼らに来てもらって話をすることにした。


「忙しいとこ来てもらってわりいな。

 今回はみんなに相談があるんだが、畿内や九州は地震で大変らしいんで、その復興のために勧進猿楽や芝居を寺社奉行や勘定奉行に許可をもらってやって、各地に支援物資や金銭を送りたいと思うんだが協力してもらえねえかな」


 金剛太夫はうむとうなずいた。


「大和の方にも被害は出ておりますからな。

 私は賛成ですぞ」


 中村勘三郎もうなずいた。


「ああ、それはいい考えだと思う」


 絡繰師の結城孫三郎、江戸肥前掾も賛成のようだ。


「うむ、私も賛成だ」


「私もだ」


「ああ、ありがてえ。

 じゃあみんなで勘定奉行と寺社奉行のところへ行って許可を貰おうじゃねえか」


「うむ、わかった」


 ということで俺たちは勘定奉行及び寺社奉行のところへ行き、櫓銭を一割を幕府へ献上し、それとは別に京、大阪、伊勢、長崎などの天領の復興のために木材や食料、金銭の支援をおこなうことを前提に勧進興行を吉原と品川の遊郭内の劇場や江戸湾での船上などで行うと共に、火除け地や河原などの広い空間に仮設の劇場を作って行うことの許可を求めた。


「うむ、そなたたちの意見はよくわかった。

 しばしの沙汰をまて」


 ということで数日後に沙汰は降った。


「上様などもその方らの考えに大変喜んでおられたそうだ。

 遊郭内だけでなく火除け地や河原での勧進興行も許すのことだ」


「ありがとうございます」


 明暦の大火の復興で多額の金を使った幕府としても、幕府そのものに金を付け届けし、更に天領である京・大阪・長崎の他にも伊勢の天領の復興を支援しようという俺たちの申し出は助かるはずだ。


 それに水戸の若様からの根回しもあったはずだしな。


 流石にこれで弾左衛門が桟敷やその席などをぶっ壊したら大問題になるはずだ。


「よしっ、早速準備開始だ!」


「おう」


 さてなんとしてもこの勧進興行はうまく行かせないとな。

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