脚気や結核の予防のためにも煎り豆を食べやすくしたいな

 さて、労咳にしても脚気にしても最大の問題は食べる、品目が少なく偏りすぎた食事の献立内容による、ビタミンやミネラルなどの必須栄養素の不足が問題なのだ。


「やっぱりある程度はいろいろなものを食べないと駄目だよな。

 かといって多くの品目をちゃんと食べようとすると食べ過ぎになったりするんだが」


 この時代は特に江戸では脚気や結核になる人間が多いのだが、これはビタミンB1(チアミン)の不足によるものだ。


 ビタミンB1(チアミン)は豚肉や穀物の胚芽、大豆、ウナギ、牛乳などに豊富に含まれているが、白米を食べ、豚肉を食べない、牛乳も飲まないし、うなぎもそうそう食べないとなると、後は豆くらいしか無いのだが、味噌汁の味噌だけではやはり足りない。


「なら豆の加工製品である豆腐やあんなんかを積極的に食べてもらったほうがいいか?」


 ちなみに枝豆は、未成熟で青いうちの大豆を収穫し、それを主に塩ゆでにして食べるものだ。


 しかし、大豆に限らず豆類は昆虫や外敵から身を守るため、生物毒(蛋白毒)を持っているので加熱せずに生で大量に食べるのは危険だったりする。


 また大豆などに含まれるフィチン酸塩はリン、亜鉛、銅、鉄、マグネシウム、カルシウムといったミネラルの吸収を妨げる可能性があり、特に亜鉛とフィチン酸塩は親和性が高いと言われこういったミネラル不足になる可能性がある。


 もっともこれはサプリメントなどでそういった成分を過剰摂取をした場合で、普通に食べている分にはそこまで問題にはならないが。


 また、ミネラルと結合するキレート作用では、鉛やアルミ、カドミウム、水銀などを排出してくれるという良い面もある。


 なお、豆類や穀物類にも含まれるフィチン酸塩は簡単に水に浸け、加熱調理することで、ある程度分解されるので普通に調理すれば問題はないし、大豆を発酵させた納豆や味噌、醤油などはフィチン酸塩などを微生物が分解してくれるので安全だし、タンパク質が分解されてアミノ酸になるのでうまい。


 ちなみに豆と海藻を一緒に食べると、豆の毒が和らぐと言われ、豆腐とわかめの味噌汁は、こういった知恵からできたらしいがおそらく海藻はミネラルや食物繊維が豊富だからだろうな。


 理由はわからなくても体に良い食べ合わせ、体に悪い食べ合わせがあることを昔の人間はよくわかっていたんだ。


 それはともかく、その少なすぎる食事品目を改めさせるために、食事の献立の食材のバランスに関しては、1985年の厚生省が作成した『食生活指針』で「1日30品目」をとることが目標とされていたが、実は、この「30」という数字にはこれといった根拠はなく、2000年には指針から1日30品目という言葉が消え“「主食、主菜、副菜」を基本にバランスの良い食事を”という目標に変わった。


 その後には米国心臓協会(AHA)は“多品目を食べることが、適正体重の維持につながるという“エビデンス”はない”という声明を出し、むしろ多品目の摂取にこだわった食生活は、摂取カロリーが増加し、食事がパターン化して体重が増え、かえって健康の維持には全く役に立たないことが示唆された。


 そしてその後はガンや心臓病を予防するためには、加工されていない果物類、野菜類、豆類、全粒穀物、低脂肪の乳製品や植物油、鶏肉を“適量”食べ、赤身肉や菓子類、甘い飲み物を控えめにすることが推奨されている。


 政府が言ったことが正しいわけでは無いといういい例だが、江戸時代から戦後くらいまでは、献立の品門が少なすぎたことが問題だったので、それはそれで仕方なかったかもしれない。


 一方、農林水産省が出している「食事バランスガイド」というものでは、分かりづらい栄養素の組み合わせではなく、コマのように逆三角すいになったイラストで料理の組み合わせから栄養バランスを見直すことができるもので、これのほうがわかりやすいが、これをもっとわかりやすくした、14品目のバランス品目でこれは「穀類」「豆・豆製品」「魚介類」「肉類」「牛乳・乳製品」「卵」「果物」「海藻類」「きのこ類」「芋類」「緑黄色野菜」「淡色野菜」「油脂」「嗜好品」に分けたもの。


 この品目からから穀類を除く品目を、1日1回は食べるようにし、逆に1日に2回以上食べないようにすれば栄養素が偏りずらいというものだ。


 このなかの「嗜好品」というのは酒やケーキとかのお菓子やジュース等だが、嗜好品を完全に抜いて我慢することはむしろストレスになるので、1日に1回だけ食べるようにしておいた方が良い。


 無論これらは食後に摂取して食べ過ぎ飲み過ぎを防ぐ必要はあるが。


 また、お好み焼き定食、たこ焼き定食みたいな粉物をおかずにしてご飯を食べたり、焼きそば定食、ラーメンにチャーハンとかライス、餃子といったご飯と麺を一緒に食べるのは栄養素が炭水化物に偏るので良くない。


 逆に缶詰やジュースなどに加工されていない果物、海藻類やきのこ類、緑黄色野菜、淡色野菜などは基本的には低カロリーで食物繊維や必要なビタミン類がとれるので1日に2~3回食べても大丈夫だが、このときは果物なら砂糖や練乳、サラダ類ならドレッシングやマヨネーズなど味付けに使うものに気をつけることと、野菜を油で炒めたり、また天ぷらなどのように揚げたりした場合には、炭水化物や油脂が多くなるのでこれも注意する必要はある。


 それはさておいて肉や乳製品、卵を食べる習慣があまりない江戸時代では魚介類やエビ・カニと言った海の幸と共に大豆は大事なタンパク源だ。


 しかし煎り豆は正直言って食べづらいからきなこにしたりするんだな。


「大豆をもっと食べやすくする方法はないだろうか……蒸し器やタジン鍋みたいなものを使って蒸してみるか」


 早速俺は煎り豆を買ってきて、それを蒸し器とタジン鍋で蒸してみることにした。


 タジン鍋の方は野菜や甲殻類を一緒に入れて塩を振って水を加えて加熱してみる。


「ふむ、タジン鍋のほうがうまいな」


 タジン鍋は実質的に密閉されていることで水蒸気が圧力になって豆が普通に蒸すより柔らかくなるし、旨味要素が蒸気とともに逃げ出すこともない。


「枝豆のような食感と味だが栗のような甘みもあるな、うん、これなら行けるだろう」


 豆腐などの加工製品はともかく、煎り豆そのものはこの時代でもさほど高いものではない。


 だから、煎り豆を美味しく食べられるようになれば、脚気予防などに役に立つんじゃあないかと思うし、まずは大見世や中見世の見世の献立、切見世女郎用の食堂や万国食堂、養育院や養生院などの食事に使って積極的に食べてもらうようにしよう。


 塩分の取りすぎには注意が必要だし、冬だと温かい湯豆腐や湯葉鍋もいいと思うけどな。

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