大見世・中見世での脚気対策を話し合おうか

 さて、高尾太夫が脚気であるということに早めに気がつけたのは幸運だったと思う。


 史実では睡眠不足も有って本来はすでに死んでいる高尾太夫の命がまだ救われているのであるからもっと余命を延ばせるようにもしたい。


「大見世や中見世の楼主皆で集まって食事を改善させたほうが良さそうだな」


 俺は寄り合いを開いて他所の見世の食事も変えるよう話をしようと決めそれを伝えた。


「と言ってもそれを変えるのも簡単じゃねえだろうけどな……」


 白米から麦飯や雑穀飯に変えるのが大変な理由は玄米などの炊飯には白米よりも水を多く必要としその分時間と燃料がかかり過ぎること、釜では炊飯器みたいに簡単にはたけないことや火災対策などから一日分のご飯を朝方に一度にまとめて炊くようになったこと、玄米は傷みやすいので朝炊いたものを夕方冷や飯にするのは危険なので食べるたびにたかないといけないこと、玄米や麦飯は白米よりまずいし体臭の原因になると思われてることなどがある。


 あとは長い間日本の庶民は玄米麦飯雑穀飯が中心で、白米は公家などの一部の身分の高い人間しか食べられなかったという歴史的なものもあるんだろう。


 とはいえ基本的に杵と臼を使う精米が重労働で肉体的にも時間的にも負担が大きいので江戸時代では京や江戸などの専門の職人が多数いる大都市以外では白米は食べたくてもなかなか食べられなかったのも事実だが。


 比較的安い米を主食としてたくさん食べて、漬物と味噌汁に後なにか一つおかずがあればそれで十分贅沢とされてる時代だしな。


 精米についても現在は技術は発展途上で、桜の旦那の清兵衛のように米の精米を専門に扱う店が現れて、精米や餅つきなどを必要な時に請け負うようになっているが、現状は手で持った杵で臼の中の米をつくものなのだ。


 しばらくすれば唐箕と同じ頃に足踏み式の「唐臼」が伝わり木臼から石臼への変化も広まって作業も楽になるはずなんだがな。


 それもいずれは水車を動力にした大型精米機に変わっていき、昭和の中頃に電気動力式精米機が開発されてコイン精米機も設置されていくようになるんだが。


 ともかく見世の飯を白米オンリーから麦飯などに変えさせないといけないんだがなかなか難しいかもな。


 とはいえ三浦屋は賛同してくれると思うけど。


 というわけで大見世や中見世の代表が集まっての寄り合い会議が始まった。


「あー、忙しいとこで皆集まってもらってすまん。

 今回の話は見世の飯についてだ。

 きっかけは三浦屋の高尾太夫が江戸患いで調子が悪かったことからなんだが、三浦屋もちょっと説明してくれねえか」


 三浦屋がうなずいて立ち上がる。


「俺のとこの高尾が調子が悪いっていうんで、三河屋に見せたんだが江戸患いのかかりかけだってんで、麦飯とかを食わせたら良くなったんだ。

 他所の見世でも同じように手足が痺れるとか調子が悪いやつがきっといると思うんだが、白米だけはやべえみたいなんだ」


 そうすると場がざわついている。


 西田屋や十字屋など俺が直接見てる見世はともかくやっぱ米は白米で食べてるらしいな。


「しかし、麦飯などでは夏場はいたんでしまって逆に腹を壊したりしないか?」


 俺はうなずく。


「ああ、確かに朝炊いておひつに入れて夕方食おうとしたら傷んでる可能性も高い。

 だから夏場は食う前に炊くように俺のところはしてる」


「それだと薪代炭代が馬鹿にならねえ気がするんだが」


 俺はやっぱうなずく。


「たしかにそうだが大事な太夫なんかが腹痛を起こしたり脚気で死ぬよりはいいと思うぜ。

 唐の言葉で”医食同源”っていう言葉があるが、食い物が原因の病気ってのは結構あるはずだ。

 飯をケチって良い接客ができなかったら意味もないと思うぜ」


 玉屋がその言葉にうなずいた。


「なるほど、医食同源か。

 しかし、あまり薪代などが高くなるのは正直つらいんだがなんとかならねえか?」


「じゃあ、俺の万国食堂や、けんどん屋から仕出しで配達したり屋台を派遣したりするか?

 数を指定してくれれば夕方夜見世が始まる前に持っていくが」


「ああ、そいつはありがてえな、それなら薪も節約できる」


 他の店からも声が上がる。


「なら、うちにも頼むぜ」


「うちもだ」


「了解、じゃあ俺のとこで夕食はまとめて炊いて配達したりそばの屋台を派遣したりするぜ。

 ちょっとその手配もいるんで出来るようになったら実施日と注文表を配るんでよろしくな。

 ちなみに俺のとこに頼みたいってのはどれくらいいるんだ?」


「じゃあうちも」


「うちも頼むぜ」


「できればたまには白米も出してくれ」


「わかった、ちと数も多いんで待ってくれ。

 なるべく早く出来るようにする」


 というわけで夕方の飯は俺の方で炊いて配達することになった。


 給食配達サービスみたいなもんだと思えばいいか。


 配達に使う重箱だとかバランスが良くて肉ではないおかずをどうするかとか、屋台の手配だとかいろいろやらないといけないことも増えたが、まあこれで飯炊きや調理のバイトみたいなんもまた雇えるかもな。

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