本因坊の碁の指導は大分きついみたいだ

 さて、夏の東西囲碁対抗戦に向けて藤乃の囲碁の腕を上げるために水戸の若様の伝手を通じて三世本因坊である本因坊道悦という当代でも一二を争う腕を持つ棋士に教えを請うことになった。


 史上最強の棋士として、彼の弟子である本因坊道策はマンガのヒ○ルの碁で有名になった本因坊秀策と並び称されるがその師匠である本因坊道悦も当然弱い訳がない。


 そして今は藤乃と本因坊道悦が直接対局しているのだが……。


「ううん………までですね」


 藤乃が負けを認めると本因坊が聞く。


「ふむ、どこで失敗したかわかりますかな」


 それに頷く藤乃。


「はい、ここが失敗でした」


 藤乃の答えに対して本因坊道悦が頷く。


「うむ、理解はされているようですな。

 ではもう一局行きましょうか」


「あい、おねがいしやんす」


 囲碁というのは意外といろいろな言葉のもとになっている。


 例えば駄目と言うのは置いた石が自分の地にも相手の地にもならない目の意から、転じて、役に立たないことを示すようになったのだがもともとは囲碁に由来する慣用表現なわけだ。


 他には一目置くと言うのは実力に明らかに差のある者どうしが対局する場合、弱い方が先に石を置いてから始めることからだな。


 将棋であれば飛車落ちとかと同じような意味だが一般的な場面に通用する言葉になっていることから囲碁の影響力というのはかなり高かったのだ。


 尤も将棋に比べるととっつきにくく、勝敗に結果も素人にはわかりづらいものでもあって、21世紀における競技人口の減少は将棋に比べても大きいようだったのだが。


 囲碁において重要なのは相手の考えを先に先に読んでいく能力で囲碁の本質と言うのは経営や戦争における戦略と変わらずその際の判断のミスをどう取り返すだ。


 つまり碁の勝敗は、相手の行動予測と実際に行われた行動の判断ミスの差によって生まれ、その判断ミスの処理能力差が棋力となるわけだな。


 どんなに棋力の高いものでも完全に相手の行動を読むことができるわけではないから、判断ミスはするわけだがそれに対して損失を最小限に低減させる方法を考えつつ、相手の判断ミスを誘う方法も考えるわけだな。


 無論碁の対局においては持ち時間があるので常にのんびり考えられるわけではないから短時間で最も良い手を検証判断できる能力が必要にもなる。


 簡単に言えば相手の一番嫌がることをするというのがセオリーとも言えるがこれは接客が相手の一番望むことを行うことの裏返しもあるな。


 囲碁と将棋はそれぞれ戦略と戦術の思考訓練は異なると言われるが囲碁は、自分の色の石によって盤面のより広い領域を確保することで、将棋は敵の王将を取ることで勝ちとなるのとはちがって自力で一発逆転は難しい、逆に相手のミスで勝敗が逆転することはあるけどな。


 麻雀やカードゲームのような運は関係しない分、対局者同士の能力の差が純粋に出るのではあるが。


「ううん………までですね」


「ふむ、まだまだですな」


「でやすなぁ」


 そして碁の対局と言うのは見た目以上に疲れるものだ。


「一回茶でも飲んで休憩にしたらどうだ」


「そうさせてもらいますわ」


「ではそうさせてもらいましょうかな」


 二人は表情を緩めて茶と団子を口にした。


 囲碁や将棋の一局で体重が2キロ減るという位思考によって糖分を消費するからな。


 しかし囲碁の家元は江戸に在住してるが、本場は京だし簡単には勝てないかもしれないが藤乃なら勝てると信じてるぜ。


 あ、ちなみに三浦屋や山崎屋、玉屋なども他の囲碁の家元を師匠として雇ったらしいな。


「ま、碁の家元にしても本因坊ばかりに名を上げさせるわけに行かないだろうし、他の大見世の太夫も誰が吉原の大将になるかでどの見世が格上かわかるわけだしみんな必死だよな。

 本因坊道悦さん、すまないが西田屋の揚巻にも碁を指導してやってくれるか」


「うむ、わかりもうした」


 名目上はまだ俺が抱えてる以上西田屋にも同じ機会を与えてやらんと不公平だしな。


 十字屋の太夫、正確には格子太夫には悪いが5対5なんで今回は遠慮してもらおうか。

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