そろそろ父さんの墓を作り直しつつ、浄閑寺との関係も改善しようか
さて、山王祭りに参加してその夜は吉原も十分賑わった。
そして夏といえば盆だな。
去年の夏に俺も母さんと一緒に父さんの墓参りに行ったが、新吉原に移転したときの祭りの参加免除などで非人扱いされた、父さんの墓は粗末なもので桃香の母親の墓と対して変わらない扱いだった。
西田屋の初代庄司甚右衛門の墓は立派なものなんだがな。
あとこの時代の墓はあくまでも死んだ人間個人もしくは夫婦の墓であって、先祖代々の家族の墓という葬られ方をしない。
だから西田屋の二代目は初代の墓に一緒に入ったりしないのだな。
また江戸時代の江戸は人口が急増し市中で広い墓地のための土地も得がたいこともあって、火葬が普及していく、吉原の非人の埋葬を引き受けてくれたのは浄土宗だけだが浄土宗は火葬を積極的に行った宗派でもある。
しかし、それ以外の場所では土葬が広く用いられていた。
これは儒教や神道では身体を傷つけるのは大きな罪とされていたからと言う理由の他に、遺体を骨になるまでまでちゃんと焼くのは大変であったという理由もある。
なので、江戸や京、大阪のようなどんどん人口が流入してくる大都市以外では土地も余っているし土葬の方が安上がりだったのだな。
もっとも日本人は遺体そのものをそれほど重視したわけではない。
遺体は集合墓に遺棄し、墓には何も納めないが実際のお参りは遺体がない墓に行うということも少なくなかったし、墓に行けない時は仏壇に祈ったりもするしな。
俺はすでに今年の春に今後は西方寺に遊女たちを庶民扱いで埋葬してもらうことはお願いしてあったし、投込寺として扱われている浄閑寺にも金は払っていたが、そろそろ父さんのものもまともな墓にしてせめて庶民と同じよう扱われるようにしておこうか。
その前にとりあえず母さんにも相談してみようか。
「母さん、父さんのお墓を今よりもう少しましなものにしようと思うんだけど、それには寺に金をだいぶ積むことになるとは思うけどやってもいいかな?」
母さんは少しだけ考えて答えた。
「いいんじゃないかい。
ちゃんとした墓として扱ってもらえたほうが嬉しいだろうしね」
「ああ、母さんありがとう」
俺は父さんが葬られている浄閑寺に向かうことにした。
それに浄閑寺には勝手に裏門から遊女や禿の死体を投げ込んでいたことも謝らないといけないな。
折檻死したり病死でも明らかに放置したりしての死体だと持ち込んだ時に咎め立てされるからそういうことをしたりしたわけだが。
「今後はそういうことはないと思いたいがな」
俺は浄閑寺に到着すると住職に面会を申し込んだ。
「俺は吉原惣名主の三河屋戒斗と言います。
住職様はいらっしゃいますか?」
門前の見習いの小僧が答える。
「はい、いらっしゃいますよ。
ご案内いたしますので、客間で少々お持ちいただけますか」
俺は小僧に案内されて客間に通されてしばし待った。
そしてしばらくすると住職らしい袈裟を着た僧籍の姿の男がやってきた。
「おまたせいたしましたな。
さて吉原の惣名主さんが今更当寺に如何な用事ですかな?」
うむ、嫌味かな?
「はい、ここに埋葬されています俺の父の墓を作り直していただきたいのです。
また、いままでにこのお寺の裏手から吉原の遺体を投げ込んでいたことを惣名主としてお詫びさせていただきたくもあります。
なので無論相応の浄財は寄付させていただきます」
俺のその言葉に住職はにこにこ顔になった。
「なるほどなるほど、とても素晴らしいことですな。
では 墓石の設置に100両と戒名の付け直しに100両あわせて200両ほど浄財を寄付していただかればと
思いますがいかがでしょう?」
墓の作り直しにあわせておおよそ2000万円か……まあこんなものかもな。
「ふむ、わかりました。
今は手持ちがございませんので後ほど収めさせていただきましょう。
また今後の寺の改築や修繕にかかる費用や本山への上納金などのお布施も継続的にきちんとさせていただきます。
いままで色々ご迷惑もおかけしておりましたので」
ニコニコしながら住職は言う。
「うむ、それは有り難いですな。
いやいや、先代の吉原惣名主殿とは違いあなたは実に素晴らしい。
これからも吉原の皆様とは仲良くさせていただきたいものです」
俺は頭を下げる。
「はいでは、どうぞ今後共よろしくお願いいたします」
そして俺は一度三河屋に戻ったあと200両を浄財として浄閑寺に寄付した。
墓の作り直しはすぐに進めてくれるそうだ。
とりあえず、これで俺の父さんも一般庶民として扱われるだろう。
墓の作り直しに2000万円かかるのを高いと見るか安いと見るかは人によるだろうが、新吉原に移転した後に遊女屋が行ってきた遊女や若い衆の遺体の投げ込みに対しての迷惑料込みで非人から庶民に戻してもらえるならと考えれば高くはないんじゃないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます