ある日の吉原遊廓のお客達:秋田藩藩士吉原出立編

 さて、明暦の大火により江戸から秋田に戻されていた出羽国久保田藩2代藩主の佐竹義隆(さたけよしたか)とその随員が、明暦の大火からの江戸の復興も進んだことで参勤交代で久方ぶりに江戸へやってきた。


 その中の200石の勤番武士の山本賢政(やまもとたかまさ)は久しぶりに外出許可が取れたので、では早速と吉原に繰り出そうとした。


 しかし、長屋では相部屋の彼には馬を飼う余裕はなく、徒歩での吉原行きである。


「まあ、見世があくまでには間に合うだろうさ」


 彼は江戸日本橋日本橋の葺屋町に向かって一刻ほど歩き驚くことになる。


「よ、吉原がなくなってる?」


 彼は江戸について詳しくなく吉原が日本橋から淺草に移ったことをしらなかった。


 明暦の大火の直後に国元に戻った後は江戸の情報は殆ど入ってこなかったからしかたないことではあるのだが、遊郭がなくなった後は元吉原は岡場所として歌舞伎の猿若座(のちの中村座 )や村山座(のちの市村座)が興されて、それとともに芝居茶屋に紛れた陰間茶屋で見習いの若い衆が陰間として身を売っている場所でも有った。


 さらには傀儡芝居をはじめ、講談や見世物小屋、曲芸や手品などの娯楽を安い料金で楽しめる小屋もたくさん建ち並び茶屋や饅頭屋なども立っている。


 無論表向きは色ごとは禁止だが影では花街として栄えている場所でも有った。


「おや、お侍いさん、何をお求めですか?」


 前髪をまだおろしたままの見習い歌舞伎役者がニコリと微笑んで彼に声をかけてきた。


「あ、ああ、遊女遊びをしようと思ってきたんだが遊郭はもうなくなっちまったのか?」


 若い役者見習いは言う。


「ああ、ご存じなかったんですか?

 吉原遊郭は浅草の浅草寺の裏手に移動したのですよ。

 もし春を求めているのでしたら僕がお相手しても構いませんよ?」


 確かに彼は中性的で美しい少年では有ったが、あいにく男色趣味はなかった。


「すまん、俺にはその趣味はないんでな。

 浅草まで行くことにするわ」


「そうですか、残念です」


 彼は踵を返して浅草まで東海道をてくてくと歩きはじめた。


「なんで浅草なんて辺鄙な場所に移しちまったんだろうなぁ」


 そう言いながらもまあしかたないかという気もする。


 元吉原の周りには屋敷もたてならんでいてちょっと気恥ずかしいのも事実だ。


 そして一刻ほど歩いて昼頃にはどうにかこうにか浅草にたどり着いた。


「ついでだし観音様にお参りしておくか」


 浅草の観音参りを吉原行きの口実にするものは少なくない。


 もっとも彼は元々吉原に行くということを明言してきているが、それを咎め立てられることもない。


 なにせ単身赴任の地方武士には遊郭は性欲発散の唯一の場所だからだ。


 湯屋の湯女は基本夜にしか性的サービスはしないので武士には使えなかったのだ。


 もっともその湯屋もその後の水茶屋も潰されてしまっているのだが。


 彼は手水で手を清め、口を濯ぎ、境内に入りお参りをする。


「観音様どうかいい女に巡り会えますように」


 観音様もそんなことをいわれても困るような気がしないでもない。


 そして浅草寺の裏道を通り抜けて日本堤に出ると、茶屋の間を通り抜けてようやく吉原の大門にたどり着いた。


「ほー、へー、随分立派に再建されてるんだな」


 そして道を行き交う遊女たちの華やかさに目を奪われる。


「皆、華麗だなぁ、でも高いんだろうなぁ」


 200石と言うのは決して石高としては低くもないが高いとも言えない、下級武士と中級武士の間くらいであって、そんな懐に余裕があるわけではない。


 200石の半分の100石が大体100両相当だが半分くらいは軍役や奉公人の扶持で消えるから実際手元に残るのは年で50両程度。


 21世紀であれば年収五百万、月収40万くらいと考えればたしかに微妙ではある。


 当然一晩で30両もかかるような太夫と遊ぶのは無理だし格子太夫もきつい。


 となれば格子以下となるができれば安く済ましたい言うのも実情。


「の前に何か食うか、歩きづめで疲れたし腹も減ったし」


 吉原の中にも食べ物屋はあるはずだと彼が仲通りを歩いていくと”鉄板焼き お好み軒”というのぼりが立っているのを見つけた。


「鉄板焼きってなんだ?」


 なんとなく気になった彼はその店ののれんをくぐった。


「いらっしゃいませ~、お一人様ですかー」


 元気のいい若い娘が聞いてきたので彼は頷いた。


「うむ、一人だが大丈夫かな?」


「はーい大丈夫ですよ、こちらへどうぞー」


 彼は座敷の小さな座卓席に上げられた。


「山鯨肉(いのしし)と烏賊(いか)からお選びいただけますがどちらになさいますか?」


「うむ、値段は一緒かね?」


「はい、一緒ですのでどちらでもお好みになります」


「では山鯨肉(いのしし)をいただこうか」


「承知いたしましたー」


 給仕の女性は七輪と鉄板を座卓にセットしてから水に溶かした小麦粉に中に刻んだネギなどの野菜がはいった小さな丼をすくうための柄杓付きで持ってきた。


「鉄板が温まったらこれを鉄板の上に落としてお好みに焼き上げてくださいね。

 その上に薄切り肉を載せて片面が焼きあがったらこのヘラでひっくり返し、お皿に乗せたら

 その上にたれを掛けてお食べください」


「うむ、分かった」


 ニコニコしながら彼女は続ける。


「やり方がわからなかったら私がお焼きしますよ」


 彼はその言葉に頷いた。


「うむ、ではそうしてもらおうか。

 何分初めてで要領もわからぬゆえ」


「はーい、では私が焼かせていただきますねー」


 女性はニコニコと愛想を振りまきながらお好み焼きを焼き始めた。


「まずは、これを垂らしてー、生地を程よい厚みで鉄板に形良く乗せたら、すぐに肉を乗せまーす」


「ふむ、なるほど」


「ちょこっとヘラで焼け具合を見て綺麗な焼き色が着いていたら裏返しまーす。

 お肉にちゃんと火が通るまで焼きまーす」


「ふむ、なるほど」


「お肉の焼け具合を確かめたら一度ひっくり返してお皿に載せまーす」


「ふむ、なるほど」


「後はタレとマヨをかければ出来上がりでーす。

 どうぞお召し上がりくださいな」


「ではいただこう」


 箸を使って適当な大きさにわけて”お好み焼き”を口にする。


「ふむ、これはなんとも面白い味であるな。

 そして美味い」


 女性がニコニコという


「はい、気に入っていただけましたか?」


「うむ、気に入ったぞ。

 小麦の粉でこのように上手く食べられるのはまこと良い」


「ありがとうございます」


 彼はお好み焼きを平らげると料金を支払い満足して店を出た。


「うむ、これは良いものを見つけた、御家老様に報告して我が藩内でも広めたいものだな」


 そして昼見世のはじまりにはまだ少し時間が有った。


「もう少しうろついて見るとするか」


 彼はキョロキョロと左右の建物を見回しながら仲通りを進んでいくのであった。

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