十字屋を誰かに任せたいが、この時代は基本的に職は継ぐものでさらに年功序列の世界だから難しい

 さて、早速俺は口入れ屋を経由して、美人楼や万国食堂、花鳥茶屋、吉原旅籠や吉原温泉等の施設の俺の下で店舗などを管理運営する準支配人を募集することにした。


 遊郭の十字屋は元大見世の元番頭新造経験者に限ったが、中見世に関しては中見世の番頭新造経験者の、小見世に関しては年季上がりの遊女であることを条件にした、その他の店は遊女上がりに限定せず小料理店や旅籠の中居の経験者で経営や管理を行った経験があれば良いとした。


「まあ、これで応募があればなんとかなるんじゃねえかな」


 ちなみにそういった人材を他所の店から引き抜けばいいじゃないかと思うかもしれないが、この時代では遊女も若い衆もどちらも引き抜きは厳禁でやったら殺されても文句は言えない。


 特に大見世や中見世の遊女は金を払って女衒から買って、幼いうちから廓言葉から読み書き教養、芸事まで金をかけて育ててるからな。


 若い衆も雑用係の中郎から遊女の世話をする二階番なんかに昇格するまでにはそれ相応の時間をかけてるから遊女ほどではないにせよ店にとっては重要なわけだ。


 そしてこの時代は年功序列がもっとも優先されるから、基本的には先に奉公していたものよりも後から奉公したものが優先されることはない。


 もっとも三越や白木屋のような完全実力主義の大店では年齢の上の手代に番頭が仕事の指示をするなんて言うこともあるかもしれない。


 越後屋や白木屋と言った大手呉服の大店の商家では一つの店で働く人数は200人にのぼったとか言う話だが、まずは10歳ころに、丁稚の「子供衆」として店に入るとひたすら掃除や荷物運びなどの雑用に明け暮れながら、接客などの仕事に必要な礼儀作法やマナーを叩き込まれ、仕事が終わった後に文字の読み書きや算盤での計算を覚えたりした、それを5年ほど続けられれば、「若衆」となり手代並となる、こうなると呼び込み等の接客もするがまだ雑用もする。


 10年目で年季が明けたら一度退職して地元に戻り、店から手紙が届いて再びの勤務を許された者だけが、正式な手代として江戸に戻ることができた。


 ここまでは先に奉公に出たものが絶対的な年功序列だ。


 要するに江戸時代の大店の奉公人は最初の10年はあくまでも見習いで年功序列が適用されるが、そこで使い物にならないと判断されたらそこで終わりの厳しい完全な実力主義制度だった。


 これは21世紀の料亭などの板前もそんな感じのところが多いはずだ。


 さらに5年後、10年後にも年季が切れたら一度地元にもどって店から手紙が届いて再びの勤務を許されなければ続けて働くことはできなかった。


 この20年目の三度登りが許されたものだけが支配人格の番頭になれた。


 そして越後屋や白木屋では番頭に昇進できるのは100人に1人程度と言われている。


 丁稚奉公をしたものの中の3割ほどは脚気や結核などの病で成人前に死んでしまい3割ほどは能力不足で解雇されたりする。


 無論そんなに厳しい大店ばかりではなくてもっと家族的な小さな店もあったけどな。


 手代の中では勤め先をちょこちょこ変えたケースもあるといわれるが、これはむしろ例外で、21世紀だって能力があればいくらでも条件の良い会社に転職できるなどというが、実際には転職して成功するケースより失敗するケースのほうが圧倒的に多い。


 丁稚や手代は5年程度の年季制度なので継続して雇用するかどうかは雇用主が決めるが、衣食住をすべて面倒を見る分だけ厳しくもなるし、厳しくてもついてくるもので優秀なものにはそれだけ気を使ったりもする。


 なんとなく江戸時代でも商人の家に務めた場合、能力があればすぐに昇格しそうだがそんなことはないのだ。


 で、そういうのが常識である時代でもあるから俺のやってることはかなり常識破りなんだな。


「とは言えいまから10年かけて育つのを待っていられないしだからといって年功序列をあんまり崩すこともできない。

 難しいところだ」


 ちなみに番頭新造が普通に見世の遊女に受け入れられるのは遊女としてちゃんと働き年季を明けまでちゃんと勤め上げているという経歴があるから年功序列で受け入れられるのだが。


「浪人から幹部候補を募集して5年位で高速育成するか?」


 風俗でもフランチャイズ制度はあるが実際にはほとんど成功することはない。


 ノウハウのない人間が簡単な説明をうけてされて成功できるほど風俗はシステム化できないのだ。


 なんせ商品が生きた人間の女性だからな、きめ細かい対応をしないと行けない。


 できれば吉原初期の遊郭の楼主の楼主のように浪人であってもそれも商才があって、読み書き算盤帳簿管理や教養、芸事にも造詣が深くて、自ら太夫を育て上げられるような人物が来てくれるといいのだが。


「高坂伊右衛門に相談してみるか」


 彼にいい伝手があればいいのだがな。


 遊女商売は人間そのものを商品とする商売ではあるが、借金で売られてくるという雇われる側の立場が弱さが有っても人間的な扱いをしてくれるやつじゃないと十字屋は任せられないからな。

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