今度は中見世を1つ持つことになったぜ

 さて、月も変わり5月になった。


 そして、月が変わったところで一件の中見世が吉原惣名主である俺の所に廃業を願い出てきた。


「惣名主さん、残念ですが私んところはこれ以上は続けるのは無理なんで廃業するぜ」


 ”伊勢屋”という名前の見世の廃業を届け出る紙を見て俺は頷いた。


「ん、わかった。

 だがお前さんの見世の若い衆や遊女たちはどうするんだ?」


 すまなそうに彼は言う。


「はあ、もはや私の方ではどうにもなりませんので一旦皆解雇ということになりますな」


 しかしそれだといっぺんに何十人もが路頭に迷うわけか。


「ふーむ、ちとそいつはかわいそうだな。

 どうだ、お前さんの見世、俺に売らねえか?」


「はあ、それは私にとってはありがたいですが、いいんですかい?」


「ああ、いいぜ」


 こうして俺は中見世一軒を500両(おおよそ5000万円)で買い取ることにした。


 もっとも、この見世のつぶれた原因は俺にもある。


 築地の水茶屋を潰しその中で移転を申し出たものは新たに吉原で見世を開いたわけだが、その元の水茶屋の新たな見世と競合するのは中見世や小見世だったからな。


 本来であれば大見世が一番大きなダメージを受けるんだが、現状の吉原の大見世は色ごとだけの場所ではなく大名旗本の社交場としての性質が強い場所だ、なのでただやりたいだけの人間とは客層が合わないわけだ。


 しかし、深川や本所などの岡場所が潰れたことでそちらからの客足は吉原に戻ってる。


 だから後は吉原の中での競争だから、つぶれた見世は何かが悪かったんだろう。


 中見世の揚げ代は金2分か銀25匁(おおよそ5万円)。


 ちなみに湯女や水茶屋の値段は500文(おおよそ1万円)から1000文(おおよそ2万円)。


 本来の中見世に比べれば価格は当然かなり安いが、吉原に移動してきた湯屋や水茶屋も吉原の高い毎月の家賃や冥加金など色々金がかかることになったからもともと築地でやっていたような値段ではやっていけない、もちろん抱えていた娘の容姿のレベルにもよるけどな。


「あなた様、また見世が増えるようですが大丈夫なのですか?」


 妙は少し心配そうだ。


「まあ、大丈夫だろう。

 もちろんすぐに見世が良くなるかどうかはわからねえが遊女たちが路頭に迷うのはかわいそうだろう。

 それにひとつは中見世も持っておきたいと思っていたしな」


 妙は苦笑した。


「いえ、経営に関してはもう心配しておりませんけどまた休みが取れなくなりませんか」


 俺は妙の言葉に苦笑する。


「まあ、そうかもしれんがしかたあるまいよ。

 ちょっと行ってくるぜ」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 三河屋のほうは妙や番頭の熊に任せて俺は権利を買った中見世に向かう。


 十字屋にも番頭はいるんでまあ大丈夫だろう。


「ここか」


 俺が権利を手に入れた中見世は仲通りからちょっと入った場所だ。


 基本的に吉原では表通りに大見世が並び河岸に近づくほど小さな店になる。


「よう、邪魔するぜ。

 今日からこの見世の楼主になった戒斗だ。

 みんなよろしく頼むぜ」


 中見世の遊女は結構容姿は悪くはない。


 だが疲れた様子で一人の遊女が俺に言う。


「はあ、新しい楼主さんですか。

 とりあえず、飯をくわせていただきたいんでやんすがだめでやすか?」


 毎回経営が苦しくなるとまずは遊女の飯抜きから始めるのはどうかと思うが、21世紀のように働いている者への支払いが月給ではなく年季契約なので、基本的にもとが取れるまで解雇したりはできない。


 なので、かかる金を減らすために従業員の飯などを減らすわけだ。


 そうすればサービスは当然悪くなるから客も減るの悪循環だな。


「やっぱりか、わかった、すぐ用意しよう」


 この店の遊女の数は10人、それに若い衆が数人。


 見習いの禿が4人。


 最近移転してきた見世ではなく旧吉原の時もやっていた見世のようだ。


 それなりに若くてまあそれなりの容貌で教養もそれなり。


 ただ移転してきた水茶屋の娘達は中見世になった見世は容貌はここの店よりは上。


 結構厳しいのは確かかもな。


 無論芸事の腕前では勝っているだろうが。


 20世紀から21世紀の風俗や水商売でも経営が厳しくなってくると給料の遅配が増えたり、水商売では色々難癖をつけて女性キャスト罰金を取って、だんだん人がやめていったり、働いていてもやる気を失わせることで更に売上が減るというのはよくあることだ。


 しかも経営陣の給料は変わらないとかな。


 たとえば月給で300万の幹部に給料は給料日に支払われて、従業員の30万の給料は遅配したりすれば人がやめたりするのも当然だろう。


 それでもやめたらまた新しく雇えばいいさという考えでいると、経験を積んで見世をより上手く回せる人間がいつまでも定着しないから業績も上がんないんだけどな。


 まあ、それはともかく早速俺は万国食堂などから食材などをとり寄せて飯を用意させた。


「はああ、卵なんて初めて食いましたわ。

 飯も新米で温かくてうまいでんな」


 遊女がしみじみというとそのおつきの禿も言う。


「ほんと、おいしい!」


 遊女も若い衆もみな米をガツガツ食べてる。


 餓死者がでなくてよかったぜ。


 ほんと働いてる人間にかかる費用をケチるのは最終的には経営的には良い結果は出さないんだけどな。


 もちろん、明らかに人が多すぎる場合とか明らかに向いていないくて損失を出す人間を抱えておくのもどうかとは思うが。


「とりあえず、今日からお前さん達は昼見世は出なくていい。

 その代わりに俺の持ってる店や劇場で働いてくれ。

 そうすればある程度稼ぎは安定するはずだからな」


 遊女は首を傾げた。


「わっちらにとってはありがたいことでんが楼主様はそれでええんでっか?」


 俺は頷く。


「どうせ昼間から遊女を買いに来るやつは多くないからな。

 だが吉原見物に来るものは以前よりずっと増えてる。

 だから体を売るばかりが飯の種じゃあねえってことさ」


 続けて禿が聞いてきた。


「わっちらはどうすればいいでやんす?」


「お前さん達はお前さんたちなりに手伝えることを手伝ってもらえりゃいいさ」


 禿はコクリと頷く。


「あい、わかりんした」


 工場で糸紡ぎなどを手伝うのは難しいだろうけど、まあ何かできることはあるだろう。


 案外秘書の手伝いとかのほうが向いてるやつとかもいるかもしれないしな。

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