衣替えが無事済んだぞ、そして今年の灌仏会は吉原の人間全員が行けるようになったぜ
さて3月が終わり4月になった。
例年通りこの日は衣替えなので綿入れから袷に皆が着替えたが今年は新しく買うのではなく皆自分で糸をほぐして綿を抜き縫いなおすようにさせた。
皆ちゃんとやってるはずだがまあ念のため藤乃に聞いてみることにする。
「おーい、藤乃、それお前さんが自分で縫い繕ったやつか?」
「まあ、一応はそうでんな」
「一応ってのは?」
「ちょっと仕上げは針子に手伝ったもらったんでやんすよ」
「まあ、手伝い禁止とはいわなかったができれば全部自分でやって欲しかったぞ」
「わっちもできればそうしたかったんでありんすよ。
でも見世の看板のわっちの服が少しでも雑な縫い方をしてるというわけにはいかんでありんしょう?」
「まあ、そうだな。
まあ今年はしかたないか」
まあ、最初から完全にできるわけでもないし見た目は大事だからからしょうがない。
去年までは一着10両出して衣替えの時に新しい服を毎回呉服屋から新品を買っていたわけだがその金も馬鹿にならないし一般家庭では布地は基本同じものを使いまわすものだからな。
綿入れから袷にする時は一度縫い糸を解き綿を抜いて縫い直すし、袷から単にする時はやはり縫い糸を解いて裏地を外して縫い直すわけだ。
そうすれば夏服と冬服を別々に用意して着ない時は箪笥にしまっておくわけではなく通年で着られるから無駄もないってわけだ。
まあ、衣装の模様の流行は変わるしなんども洗濯すると生地もいたんでくる、太夫レベルになると毎日同じものを着ているわけにも行かないから、衣装は沢山必要なので結局新しい衣服は買わないといけないのではあるのだが、一般家庭で行うことを取り入れていって徐々に世間とのズレを直していく必要自体はやっぱあるよな。
ちなみに4月の花見の間、清兵衛と桜の茶屋は新名物となった桜餅を出すことでかなり繁盛していたが、桜の服は遊女のように派手なものではなかったし、たぶん桜は頑張って自分で清兵衛と自分の分の衣服を綿入れから袷にかえたはずだ。
そういった常識を持たないで3月に年季が明けてどこかの嫁になったあと、衣替えだからと新しい衣装を買いまくったらそりゃ離縁されてもしょうがねえ。
常識を持つのと金銭感覚を合わせるというのは遊女が身請けされるにせよ年季が明けるにせよ誰かに貰われていくには大切なことだ。
無論大名の殿様に身請けされた場合はそんなにけち臭いことをする必要もないし世話をする下女や針子を雇ってるだろうけど、皆がそういう立場の人間に貰われていくわけではないからな。
去年はこのぐらいに時に大見世の楼主による寄り合いをして脱衣劇を持ち回りにしたり値上げをしたり何だりゴタゴタしていたが、今年は特にそんなこともない。
「まあ、ゴタゴタがないのはいいことだ」
そして4月8日の灌仏会の日だが、浅草寺より吉原の惣名主である俺へ一通の文が届いた。
内容を大雑把にまとめると
”いつも多額の喜捨をいただきありがとうございます。
つきましては吉原の皆様に4月8日の灌仏会当日に当寺に参拝の上ぜひ賽銭の喜捨していただければ。
また、長永は稚児行列にも加わっていただければその際にはぜひ喜捨を”
みたいな感じだ、もちろんずっと回りくどく書いてるけどな。
去年は遊女屋の三河屋ではなくあくまでも小間物屋の美人楼の楼主としての参加であったため、遊廓の現役遊女は参加できなかった。
しかし、昨年に色々やって浅草寺だけではなくその他の祭りへの参加の許可を再びもらえたことで、今年は無事全員が参加できるようになったんだな。
もちろん檀家を持たない祈祷寺である浅草寺の運営は喜捨頼みなわけだから吉原からの喜捨は助かるはずだ。
というわけで、今日は吉原の遊女の見世は昼は休みその他の見世などは半分ずつの交代で、浅草寺へ赴くことにした。
特に去年はいけなかった藤乃などはとてもよろこんでいる。
「わっちも浅草寺にお参りに行けるようになるなんて夢みたいでんな」
俺は頷いた。
「まあ、去年なんだかんだで色々やったからな」
藤乃はうなずき返す。
「あい、わかっておりんすほんまわっちらは幸せもんです」
さて、今年も晴天に恵まれた、まずは三河屋の遊女や禿、下女や若い衆などを引き連れて俺達は吉原の大門をくぐった。
今年はかなりの大人数なので予め見世で賽銭や食べ歩き用の銭は配ってある。
吉原の中にも花御堂の中に、甘茶を満たした灌仏桶の中央へ安置した誕生仏像に皆柄杓で甘茶を掛けて祝うようにはしてあるが、ちゃんとお寺に行ってお参りできるのと、できないのではやはり気分も違う。
浅草寺に近づくと人だかりで一杯になる。
「うわ、人がいっぱいでありんすな」
藤乃がびっくりして目を丸くしている。
「まあ、お前さんは初めてだからびっくりしたろうがまだまだこんなもんじゃないぞ」
清兵衛と桜の店も今日はめちゃくちゃ忙しそうだ。
暇そうなら立ち寄ってやろうかと思ったが、今の状態で三河屋の全員を立ち寄らせるのはむしろ嫌がらせだな。
桜たちに軽く手をふってから奥に進み、手水で手を清め、口を濯ぎ、境内に入り浅草寺の裏方の稚児行列の参加者の集まる場所に禿たちを連れていく。
「失礼します、私は三河屋の楼主戒斗です、本日はどうぞよろしくお願いします。
これは心ばかりではありますが、どうぞお受け取りください」
と、寺の関係者の黄金色のまんじゅうという名義の小判の入った木箱を渡す。
「これはありがたい次第。
浄財ありがたく承りますぞ」
あっちもニコニコ受け取る。
「おーい、禿は皆集まってくれ」
「あーい」
俺は去年と同じように稚児衣装と天冠を寺から借り受けて禿たちをそれに着替えさせる。
「おお、みんな可愛いぞ」
「えへへ、そういわれると照れるでやんすな」
桃香は俺にそういわれてニコニコしているし他の禿たちもまんざらではないようだ。
稚児行列に参加しその後本堂にて灌仏会のお祝いの祈りが行われ、稚児にまず甘茶が振る舞われる。
灌仏会で甘茶を飲むと健康で賢くなれるとされているのだ。
「ではどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された甘茶を飲む禿達。
これでみな健康に賢く育ってくれればいいな。
その間に残りのものは表の釈迦像に甘茶をかけて、健康祈願をしながら、賽銭箱に賽銭を投げて、その後は出店の団子や振る舞われた甘茶を飲んでいた。
俺は三河屋のメンバーと吉原に帰った後は十字屋の遊女や禿を引き連れて浅草寺に戻ってきた。
その中には津軽から売られてきた娘も混じっている。
俺はもちろん稚児衣装と天冠を寺から借り受けて禿たちをそれに着替えさせる。
売られてきたばかりの娘は嬉し涙を浮かべていた。
「楼主様、おいらこんな綺麗なべべきれていっぱい飯食えてほんと嬉しいだよ」
「ああ、お前さん達は家族のために頑張って津軽から歩いてきたんだからな。
仏様だってそういった頑張りは見てるんだから生きてる俺が見てないわけ無いだろう?」
十字楼の禿も稚児行列に参加しその後本堂にて灌仏会のお祝いの祈りが行われ、甘茶をのんで皆ニコニコしている。
無論これにかかってる金は少なくはないが、遊女や禿たち皆が世間に認められて島原の太夫たちにように憧れの存在になるためにも必要なことだからな。
その後俺は十字屋の遊女たちを見世に戻したら吉原総会の秘書たちや美人楼などの見世の店員たちを交代交代で引き連れてもう二度浅草寺に来ることになったのは言うまでもない。
大変だったが皆が喜んでいたのが何よりだ。
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