続続・ある日の吉原遊廓のお客達 しっぺい太郎のお話

 さて大工見習いの太助は権兵衛親方と一緒に来る日も来る日も一生懸命働いていました。


 浅草の吉原門外、浅草寺の裏手に沢山建物を立てていたからです。


 そして建物はすべて完成してしばらくはゆっくり出来ることになりました。


「はー、また山茶花ちゃんに会いてぇなぁ」


 むろん、見習いの太助に何度も遊べるほど吉原の遊女遊びの値段は安くはないのでそう思うだけだったが、そんな太助に親方から声がかけられました。


「おい、どうした、太助」


「へえ、久方ぶりに山茶花ちゃんに会いたいなと、あの日の夜を思い返していたんですよ」


 それを聞いて親方はうなずいた


「おう、そうだな、俺も鈴蘭ちゃんに会いたいし、久しぶりに三河屋へ行くか」


 その言葉に目を輝かす太助。


「また、1両出していただけるんですかい」


「おう、また芝居も見ていくとしようぜ」


 太助は山茶花を親方は鈴蘭と妹の茉莉花を夜見世の予約をした。


 そして親方は懐から金入れを出すと太助に1両(おおよそ10万円)を手渡した。


「よし支払いはまたこいつでやんな」


 太助はやはり恐る恐る小判を受け取る。


 やはり1両は見習い大工にとっては大金なのだ。


 こうして二人はまたしても吉原に向かうことにした。


 大門の手前の自分たちが建てて完成させた建物を見て誇らしい気分になりながら、そこを超えて大門をくぐればやはりそこは別天地、色とりどりの鮮やかな服を着た遊女がせわしなく歩いている様子が見えた。


「さて予約はしたし夜見世までにはまだ少し時間がある。

 軽くなんか飯でも食うか」


「はい、そうしましょう。

 なんでも万国食堂って所は珍しいものを食えるとか」


「そうだな、行ってみるか」


 二人は万国食堂へ立ち寄ってみた。


「いらっしゃいませ、お好きな場所へどうぞ」


 二人は適当な座敷に上がると壁に張り出されている献立を見てみたが、良くわからなかった。


 なので……。


「おーい、今日のおすすめ二人分で頼む」


「かしこまりましたー」


 そしてしばらくして出てきたのは皿の上に盛られた白い蕎麦のようなものだった。


「じゃがいも麺のくりいむ味でございます」


 初めて見る食べ物に二人で顔を見合わせたがやがて箸をとるとズズッとすすってみた。


「ほう、こいつは悪くねえな」


「そうですな、変わった味ですが悪くないですな」


 二人は軽くそれを平らげ満足して勘定を払いでていった。


「なかなか面白い店だな、また今度来るとするか」


「ええ、またぜひ来ましょう」


 そしてまだ夜見世が始まるには時間が有った。


「暇つぶしにまた吉原意和戸の劇にでもよるか」


「へえ、あそこもいいですな」


 二人はさっそく吉原意和戸へ向かい、二人は芝居小屋の中へ入っていく。


 そして入り口で受付にて最前列の二人分、400文を取り出して支払った。


「へえ、まいどあり」


 二人が中に入ると、やはり中はほぼ満席。


 しかし、今日は女衆の姿が多いようだ。


 そして親方と太助が最前列に座ると、舞台が始まる時間が来た。


 劇場に語り部の声が響く。 


 ”本日の演目はしっぺい太郎の变化退治でございます、皆様しばしご静聴を”


 まずは舞台に明かりがついて、語り手の声が響く。


 ”昔々ある山の中にあるお寺で、野犬が三匹のかわいい子犬を生みました。

 それを知った住職さんは、母犬と子犬に毎日ご飯をあげたのです。

 月日がたち子犬はどんどん大きくなり、母犬といっしょに、

 お寺の庭をかけ回って人間の子どもたちと遊ぶようになりました”


 舞台では住職に扮した太夫が見守りながら禿と禿が子犬に扮してじゃれまわっている様子が見える。


 ”ある日、母犬は三匹のかわいい子犬を連れて野に帰ろうとしました。

 しかし、いままでのお礼ということもあり一番利巧な子犬を一匹お礼としてお寺へ残していったのです。

 その子犬は、灰色の毛並みで、脚がとても早かったので、和尚さんは「疾風(しっぺい)太郎」と名前をつけて

 ますますかわいがっていました”


 そして在る寒い冬の日のことです。


 お寺のうら山からおそろしい怪物がおりてきて、遊んでいた子どもをさらって逃げようとしました。


 しかししっぺい太郎が、風のような速さで怪物に襲いかかって、怪物と戦い子どもを助けました”


「しっぺい太郎、ありがとうね」


「わんわん」


 舞台では助けられた子供がしっぺい太郎に扮した遊女に礼を言っていた。


 ”そのことがあってからは、村の人たちも、心やさしく勇敢で強いしっぺい太郎を

 だいたり、なでたりご飯を上げたりしてかわいがってやりました”


 場面は変わって在る家の中。


 美しい娘を取り囲み泣いている家族が居た。


 ”さてそのころ、別の村では秋祭りの晩になると、かわいい女の子のいる家に、白い矢がとんできて屋根にささり、矢のささった家では、女の子を、白木の長持に入れて収穫のお祭りの夜に祠へ人身御供として差し出さなくてはならない状態になっていました。

 何年か前、そんなばかな事があるものかと、娘を出さなかった事があるのですが、その時は柿や栗の大木が引き抜かれ、すっかり田畑も荒らされて大変なことになったのです。


 とうとうお祭りの夜がやってきました。


 その時村にやってきた旅の僧がありました。


 その僧はもとは武士でしたが主家をいくさで失った後、各地を回り無念のうちに亡くなった仲間を弔っていたのです。


 そして村に中のある家からシクシクと泣き声が聞こえてきました”


  「ごめん、この家に何かあったのであろうか?」


 ”おかしいと思った僧はそう言うと家の中に入って行きました。

 家中のものが美しい娘一人を中心に集まり泣いていました”


「みなで泣いているがいったいいかがされたか?」


 ”突然入ってきた僧に家のものは驚いたのですが

 身なりを見ると、親は涙を流しながら泣いている理由を話しました”


「実はこの後に行われる祭りの時に、人身御供を出さなければなりません。

 今年は私の家の番で、ここにいる娘を裏山の祠へ差し出さねばならんのです」


 ”後ろでは母娘が泣いていました。

 僧はその姿をじっと見たあといったのです”


「ふむ、私がその神とやらを見届けて参ろう」


 ”彼はそう言うと、そのまま北の山に向かいました。

 祠には前の年、人身御供を入れて運び込まれただろう長持があり、そのそばに娘の着物の袖が、朽ち果てて落ちていました。

 そして僧は太い木の陰に、そっと隠れて様子を見ていました。

 そして黒い影が舞い降りていったのです”


「今宵しっぺい太郎はここへは来るまいな?」


 ”一番大きな黒い人間のような影が問いました。

 そして回りのものが答えました”


「しっぺい太郎は今宵も来ない。」


 ”その声を合図に黒い影達ははギャーギャー声を立てながら朽ちかけた長持を乱暴に叩くと、その回りで踊りはじめました”


「あのことこのこと聞かせんなしっぺい太郎に聞かせんな。

 しっぺい太郎に聞かせんな。

 すってんすってんすってんてん」


 ”黒い塊影は、そう歌いながら、しばらく踊り狂いうと、唐突に飛び去って行きました。

 僧は踊っていた場所に近づいて見るとたくさんの足跡が残っていました。

 そしてその中でも 一番大きな足跡は僧の足の二倍の大きさは”


「ふむあれは山神でない、物の怪だ」


 ”僧はそうひとりごちると山から駆け降り村へ戻り怪物達の恐れる「しっぺい太郎」を探しに行くと告げ、しっぺい太郎捜しの旅に出かけました。

 僧はしっぺい太郎という人を知らないか、聞いて廻りましたが誰も知りませんでした。

 このままではまた娘が一人、怪物に殺されてしまうと焦った僧は次の町へ向かいました。そして僧は峠の茶屋の主人にきいたのです”


「お前さんこのあたりでしっぺい太郎と言う人を知らないか?」


「しっぺい太郎という名は知っておるが、それはお寺の犬の名じゃな」


 ”僧は探していたのがてっきり人間だとばかり思っていたのですがもしかすると怪物の恐れるのは犬かも知れぬと、茶屋の主人に礼を言うと教えてもらった寺まで走りました。

 寺の境内では村の子供たちが数人、子犬と遊んでいました。

 お坊さんは寺の住職を尋ね、わけを話しました。

 すると住職は庭で遊ぶ犬を呼んだのです”


「しっぺい太郎!」


「ワン!」


 ”太郎は疾風の速さで住職のそばに来て、しっぽを振っていたのです”


「なるほど、名にしおう速さだ」


 ”そして住職は太郎に聞きました”


「しっぺい太郎、この御仁がお前の力を貸して欲しいとおっしゃっておる、どうするかの?」


 ”しっぺい太郎は僧の顔をじっと見つめてました”


「しっぺい太郎、娘を助けるために私に力を貸してくれるか?」


 ”僧がしっぺい太郎に聞くと、しっぺい太郎は、”ワン!”と一声鳴いて、僧の側に駆け寄ったのです。

 そして住職は寺の奥に行くと一本の刀を持って来て僧に渡しました”


「その刀は、その昔変化のものを切った故、寺にて供養してあったもの。

 今回役に立つでしょう、それを持っておゆきなされ。」


 ”僧が刀を抜くとそれは長く使われていないはずでありながらも、錆び一つ浮いておらず、かつて持った どの刀よりも立派な名刀でありました。


 さて、急いで戻った僧と太郎はかわいい女の子の代わりに長持の中に入りその長持は祠前に供えられ僧と太郎はじっと待ちました。


 しばらくするとやはり黒い影が舞い降りたのです”


「今宵、今晩、しっぺい太郎は今夜ここへは来るまいな?」


 ”一番大きな黒い人間のような影が問いました。

 そして回りのものが答えました”


「しっぺい太郎は今夜も来ない。」


 ”そういって黒い影が長持のふたをあけたとたん、しっぺい太郎は黒い影に襲いかかりました”


「わおーん」


「うがー」


 ”太郎は、黒い塊に次々に襲いかかり、爪で肉を裂き、噛み付いて喉を食い破り影を次々に倒していきました”


「うむ、私も太郎には負けておれぬな」


 ”僧も影を次々に切り伏せていきました。


 元は侍であるとともに借り受けた刀ははいくら切っても刃こぼれひとつ起こさず、振り続けても疲れないほど軽く長く戦うことが出来たのでした。


 そして最後に一つ、大きな影が残りました。


 影は叫びます”


「しっぺい太郎、今夜ここに誰が連れてきた?」


「私だ、物の怪よ覚悟せよ」


 ”僧と太郎は必死に戦いやがて一番大きな黒い影も 倒れました、しかし最後に影は太郎に爪の一撃を加えたのです”


「しっぺい太郎!」


 ”太郎は血を流していたので僧は自分の着物の裾を破いて傷口を押さえました。

 やがて朝がきて影の正体がわかりました。

 怪物の正体は大きな熊、猿、鹿、猪が化けていたのでした。


 僧と太郎は傷の手当てを終えると山を下り、太郎を連れて寺に帰りました”


「おかえり太郎、頑張ったんだね」


「わんわん」


 ”寺に戻った太郎の傷はやがて癒え、また元のように走り回り村の子供たちと遊びました。

 そして太郎は畑を守った英雄として讃えられるようになったのです”


 芝居が終わり芝居小屋は拍手喝采。


 親方も太助も勿論拍手をしていました。


「なるほど、犬っていうのも役に立つもんなんだな。

 今まで冬には犬鍋を食ってたがやめるようにしよう」


「そうですな」


 やがて客が入れ替わり脱衣劇の時間が来た。


 今回は呉服問屋と遊郭の主が悪役のようだ


「ふふふ、呉服問屋さんいつもありがとうございます」


「いえいえ、遊郭の楼主さんが高い服を買っていってくださるからですよ」


 そしてきれいな服を着て立ち尽くす遊女。


「しかし、わっちには払える金はありんせんのです」


 遊郭の楼主はいう。


「ならば体で払ってやればいよいではないか」


 そして呉服屋は立ち尽くす遊女の帯を引っ張る。


「さあ、よいではないか、よいではないか」


「あれーおやめになってー」


 やがて、帯が全て解かれると衣がはだけ落ちた。


 そこへ障子があいて現れる美人女剣士。


 前にうずめはんをやっていた遊女だ。


「私は吉原裏同心。

 自ら晴らせぬ恨みを代わりに晴らすものなり。

 お前らの悪行もそこまでだ」


 剣士がざっと刀を抜くとあっという間に楼主と呉服屋は斬り伏せられた。


 そして剣士は全裸の女に声をかけた。


「ふむ、大丈夫であったか?」


「はい、大丈夫です。

 よろしければお名前をお聞かせください」


「なに、名乗るほどのものではないよ」


 そういってさっそうと剣士は立ち去っていった。


 幕が下りまた拍手が送られる。


「うむ、いい話だったな」


「ええ、いい話でしたね」


 脱衣芝居も終わり劇場を出た二人は三河屋に向った。


 権兵衛親方は鈴蘭と茉莉花を、太助は山茶花を指名して遊ぶこととなった。


「わっちらをご指名いただきありがとうござんす。

 どうぞお上がりなんし」


「おう、上がらせてもらうぜ」


 鈴蘭茉莉花の姉妹に左右を挟まれて手をひかれて二階に上がる親方。


「山茶花ちゃん、久方ぶりだね、会いたかったよ」


「あい、お久しゅうござんす。

 わっちもあえて嬉しいんす。

 どうぞ上がりなんし」


 太助もまた、山茶花に手を引かれて2階に上がっていく。


 二人は遣り手婆に頭を下げて部屋に向かう。


 さて親方は鈴蘭の部屋に通されて、鈴蘭と茉莉花の間に座った。


「親方はん、酒と茶どっちがよろしゅうござんすえ?」


 親方は少しだけ考えた。


「じゃあ、今日は酒を貰おうか」


「はい、ではしばしおまちなんし」


 鈴蘭は盃に酒を注いだ。


「おめえさんたちなにかくいたいもんはあるかい。

 食いたいもんを頼んでいいぞ」


 それを聞いて困ったように笑みを浮かべる鈴蘭と茉莉花。


「では、旦那の懐が痛まない程度に何か頼んでくんなまし」


「じゃあ、おぼろ豆腐と水菓子でも食うか」


 親方は外に控えている若い衆に頼んでおぼろ豆腐をたのんだ。


「ほんにありがたいこってす」


「ほんまにたすかりんすえ」


 三人は運ばれてきた、井戸水で冷やされた


 おぼろ豆腐と水菓子にマクワウリをたべたのだった。


 ・・・


 太助が山茶花の私室に入るのは3回目。


 そろそろと畳の上を歩む様子は変わらないが以前ほどは緊張しなくなっていた。


「あいかわらず、きれいな部屋だね、それに何かいい匂いがするね。お邪魔しますよっと」


 そこは山茶花も慣れたものである、そっと手を引いて座敷の上座に彼を誘導する。


「あい、太助はん、まずは茶と酒。

 どっちが良ござんす?」


「じゃあ今日は酒で」


 山茶花が外に酒を頼むとホタルイカの塩辛とともに酒が運ばれてきた。


「では早速一杯、あがりなんし」


 山茶花が猪口に酒をつぐと太助はそれをキュッとのみ。

 塩辛に箸をつけるとそれも口に運んだ。


「うーん、うまいねぇ。

 酒ってのもいいもんだ」


「へえ、適度に飲むなら酒もいいもんですな」


 ・・・


「では旦那もわっちらどちらを先に相手にしんす?」


 鈴蘭がそういうと親方は少し考えて。


「両方一度にってのは駄目かい?」


 鈴蘭と茉莉花はその言葉に小さく笑った。


「いえ、それでも構いまへん」


「ああ、じゃあそうしようかよろしく頼むぜ」


「わっちらこそ」


「夜は長いですえ」


 こうして鈴蘭と茉莉花は帯を緩めたのだった。


 ・・・


 さて、若い太助は布団の中でハッスルしていた。


「んふふ、相変わらず元気でようござんすな」


「へへ、おいら、山茶花ちゃんしか知らないけどうれしいな」


 そして太助はぎゅっと山茶花を抱きしめる。


「女の子は柔らかいね」


 山茶花はニコニコと笑って言う。


「ふふ、太助はんはがっちりしてはりますな」


 そして事が済めば、仲良く手を繋いでゆっくりと寝たのだ。


 ・・・


 そして夜の明けた、翌朝、顔を洗い、歯を磨き、服を着せてもらい、大工の親方と太助は見世を後にした。


 親方も太助も大門まで付き添いで見送られながら帰っていく。


「今後ともわっちらをどうぞご贔屓に」


 鈴蘭と茉莉花が親方に言う。


「ああ、また来月にでも来るな」


 山茶花がニコと笑いながら、言う。


「どうかわっちの床にまた来てくんさいな」


 太助もニコと笑い返して言う。


「あ、ああ、奉公金が出たらまた来るよ」


「ぜひおまちしてますえ」


 そして大門をくぐって大工師弟は吉原を出て行く。


「親方、昨日はどうでした」


 権兵衛親方は満面の笑顔で答えた。


「ああ、もう俺はいつ死んでもくいはねえ」


 それを聞いて太助も笑顔で言った。


「へえ、そのとおりですな」


 こうして江戸の一日がまた始まるのだった。

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