旗本奴の大小神祇組と美人女剣士の佐々木累

 さて、水戸の殿様や未来の将軍様予定の綱吉様、この時代の名君の保科正之公に対して生類憐れみの令や外国との交易などに関して、色々提案はしたがその提案が幕府に取り入れられるかどうかはまた別の問題だ。


 もちろん取り入れてくれると色々助かるんだがな。


 まあ、琉球に続いて蝦夷に人を派遣するというのは徳川光圀が水戸藩の方でやってくれそうな気もするが。


 もともと水戸藩領地の那珂湊は商港として栄えていた、しかし、銚子の港ができるとだんだんと衰退していく。


 なので、那珂湊の地の利を生かし、新たな交易路を開拓して御三家故に苦しい水戸藩の財政に利益をもたらしたいと考えてもおかしくないと思うし、彼は実際に快風丸という日本の和船としては特大の船を造って蝦夷地へ行っていたりするからな。


 これの代わりに三浦按針が造った西洋船を使えばいいような気がするんだ。


 光圀は蝦夷地の探索のために、わざわざオランダ商人から測量技術を持った黒人奴隷を二人買い入れて雇い蝦夷に派遣させているし、その後に彼らを家臣としても迎え入れている。


 日本人ですら無い黒人の奴隷を家臣に取り立てるくらいだからやっぱ変わった人だよな。


 俺のような只の遊廓の楼主を目にかけてくれるのも、この人が好奇心が旺盛で生まれにあまりこだわらない人だからだろう。


 徳川光圀は黒人だろうが白人だろうが中国人だろうが関係なく、むしろ珍しい話が聞けると彼らとの会話を楽しんでいたり、彼らの作る料理を楽しみにしていたらしい。


 まあ、それはさておき、浅草泥町に建設していた美人楼や万国食堂、もふもふ茶屋の門外店が完成した。


 美人楼の脇には絵姿屋兼本屋として姿図や細見をおけるスペースを作ったぜ。


 もちろん昼見世の間に格子に看板太夫を中心に絵を貼っておいて、先まで予約が入ってるか入ってないかわかるように指名札を7日間分下げておくことはもうすでに実行していたが、そこに今日からは「美人楼門外店別邸絵姿屋にて販売中」と大きく書いて、一緒に「春画も販売しております」とこっちは少し小さく書いて誘導も開始する。


 勿論うちだけではなく玉屋の分も一緒に置くぜ。


 各店から細見の原稿も上がってきたので、其れを三浦屋の高尾を先頭にして、玉屋、三河屋、西田屋などの順番で巻頭の扉絵などもつけてここの成人コーナーや引手茶屋においてもらっての販売も開始する。


「うんうん、いい感じじゃねえか」


 美人楼には吉原の中に入りづらかった女連中から予約がたっぷりはいってる。


 なかなか手に入らない固形石鹸や液体石鹸を使ってゆったりした内湯や蒸し風呂に入ったり、髪の毛をきれいに整えたりと言うのはなんだかんだでやってみたいやつも多かったらしい。


 そして美人楼から出てきて顔や髪がつややかになった女を見てまた予約が入ったりもしてる。


 子連れでも大丈夫なように美人楼の裏手には子連れで来た女性の子供が遊べるキッズスペースもある。


 高さの低く傾斜も緩い木製の滑り台、同じく木製の子供がまたがって遊べる足けり乗用押し車で遊べるスペース、二人で楽しめるシーソーや積み木遊び、人形遊びなどができるスペース、兎をもふれるスペースなどを作っておいた。


 流石に乳児は無理だがそこそこの大きさの子供なら預かれるぜ。


「わーい、おもしろーい」


 中でも人気はすべり台だ。


 落ちたりしたら危険なので高さも階段3段分ぐらいで傾斜も緩いが、子供にはとても楽しいらしい。


 乳母車を改造した足けり乗用押し車も男の子には人気だ。


「うりゃりゃー」


 勿論、ぶつかったりすると危ないので、押し車で遊べるスペースはほかとは区切られている。


「かわいー」


 兎をなでたり抱きかかえたりするのもなかなか楽しいようだぞ。


 万国食堂では軽く食べられるうどんや蕎麦などの麺類、中華饅頭や餃子や焼売などの点心がメインだ。


 浅草寺のお参りのついでに立ち寄ってる人間も居るようだ。


 この時期は浅草寺の表参道に仲見世の商店がまだないし、山谷堀からな。


「ん、なかなかうまいな」


「そうね、なかなかいいわね」


 美人楼の姿絵もなんだかんだで売れてる。


 大見世の遊女はなんだかんだで江戸のアイドルの様なものだからな。


「親方山茶花ちゃんの直筆名入絵姿図ちゃんと手に入ったっすよ」


「おう、太助、俺も鈴蘭ちゃんの直筆名入絵姿図が手に入ったぜ」


「よかったっすね」


「おう、お互いにな」


 なんだかんだでうちの店にも玉屋にも固定ファンが居るらしい。


 藤乃や玉屋の太夫花紫が人気だが、毎日うずめはんで有名になった楓や散所太夫の話で有名になりつつある鈴蘭と茉莉花の姉妹もなかなか売れているようだ。


 そんな様子を見ていたらガラの白柄の刀を佩(は)き、白革の袴の異装で女物の衣服を羽おった連中が、ドカドカと足を踏み鳴らし襦袢をちらつかせて万国食堂へ入ってきた。


「おう、くいもんをありったけだしな」


「へ、へえ、少々お待ちを」


 糞めんどくさい奴らが来ちまったな。


 奴らは旗本奴の大小神祇組(だいしょうじんぎぐみ)で白柄の刀を佩いたことから白柄組とも呼ばれる、江戸市中を横行している素行の悪い旗本の集団だ。


 棟梁の水野十郎左衛門は倫魁不羈(りんかいふき)と呼ばれた、福山城主で徳川家康のいとこの水野勝成の孫で3000石を領するエリート旗本なんだが、こいつがまったく困ったやつなんだ。


 父の成貞も傾奇者で初期の旗本奴だったらしいんだが、水野十郎左衛門はそれに輪をかけて悪行・粗暴の限りを尽くして歌舞伎の悪役にもなってるし昨年には町奴の大物・幡随院長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)を殺害している。


 旗本の子息の暴れ者を仲間にしているので誰も彼らには手出しできなかったんだ。


 お陰で万国食堂の他の客は逃げるように立ち去っちまったよ。


 そして彼らはさんざん飲み食いするとそのまま出ていこうとした。


「ちょ、お侍さん、お代をおいていってくださいませんと困りますよ」


「ああん、非人風情が俺たち旗本から金取ろうってのか?」


 そう言って刀を抜こうとしてしているところに声がかけられた。


「おやめなさい、武士が食い逃げなど恥ずかしくはないのですか?」


 そういったのは黒縮緬の羽織に「四つ目結」の紋付、屋敷風の笄分けの髪型、大小を二刀差しにしているこれまた変わった風体の侍だった。


「んだとこら、やろうってのか?」


 凄む旗本奴に涼しい顔の侍。


「私は構いませんが、痛い目を見るのはそちらですよ」


「抜かせ、ぐああ!」


 刀を抜いた白塚組の男を居合一閃で切り伏せる侍。


「抜いたのはそちらが先、正当防衛ですがまだ続けますか」


「ち、覚えてやがれ!」


 そう言って切られたものを抱えて逃げていく大小神祇組の連中。


「結局食い逃げしていきやがったか。

 しかし、すまない、助かった」


「いやいや、あのようなものは侍の風上のもおけぬと思ったまでです」


 よく見ればそいつは女だった。


「俺はこの店の店主で戒斗という。

 あんたの名前を教えてもらえないか?」


 彼女は刀を紙で拭うと鞘に収めて


「私は小野派一刀流(おのはいっとうりゅう)剣士の佐々木累(ささきるい)だ。」


 ん、なんか名前を聞いたことがあるな。


「そうか、この近くの剣術道場の美人剣術小町か」


 俺がそういうと佐々木累は照れたように顔を背けた。


「む、そんな噂が流れているのか」


「ああ、異装の女性剣術家に直接会えるとは思わなかったぜ。

 あんたの腕を見込んで頼みたいんだがうちの見世の用心棒になってもらえないか?」


 佐々木累は少し考えていたがやがて頷いてくれた。


「よかろう、どうせあのような連中はまたやってくるだろうしな」


「すまない、助かる、報酬は勿論出させてもらうぜ」


「こちらも報酬を弾んでくれると助かるね」


 ということで、門外店の用心棒に凄腕美人剣術家を雇うことが出来た。


「ところでお前さんの姿絵を描かせうり出したいのだがいいかな?」


「姿絵だと?」


「ああ、勿論売れたらお前さんにも利益を分けるぜ」


「ふむ、まあいいだろう」


 こうして美人楼の姿絵に美人女剣士の佐々木累も加わるようになるのさ。


 しかし、あの連中は誰かに頼まれて嫌がらせをしにきたのか、それともただの偶然か。


 何れにせよ水戸藩奥女中御用達のお墨付きはもらってるから、あいつらもただじゃすまないとは思うがな。

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