二十三話 兄と妹 上
初めの一打から、全力だった。
全身を捻り、鋼で出来た柄が曲がっているように見えるほどに振り回されたマゾーガ渾身の一打は、ペネペローペの一打と空中でぶつかり合う。
火花が飛び散り、車同士が正面衝突したかのような轟音が響き、ぶつかり合った戦斧は、反発するように弾かれ合う。
二人はその反発に逆らわず、背を向け合うほどに戦斧を振りかぶる。
一秒か二秒か、それともほんの瞬きの間か、もっと長い時間か。
より強く次の一打を送り込む。 ただそれだけを目的とし攻撃を受けても防ぎようの無さそうな構えは、愚かにすら見える。
しかし、オークという種族の持つ剛力が、その愚かな構えを、これ以上ない最適な構えと化していた。
長い戦斧は間合いを支配し、安易な侵入を許さぬ鉄壁の城塞であり、
「フンッ!」
「フッ!」
短い呼気と共に放たれた戦斧は、安易に受けようものなら武器や鎧ごとまとめて断ち砕く。
これを剣で崩すのであれば、戦斧の刃圏を一瞬で駆け抜ける速度か、山すら砕きそうな一撃を受ける技量がいるだろう。
そして、その両方とも難しいであろう事は言うまでもない。
ここまでたった二打、そのたった二打で僕達は言葉を失った。
鼓膜が破れそうな激突音、ぶつかり合い欠ける鋼、飛び散る火花が赤い血の池を明るく照らす。
出来る事ならマゾーガに恨まれようと、どこかで割り込むつもりで僕はいた。
だけど、そんな隙間はどこにもない。
長柄の刃に遠心力と全身の剛力を全て乗った一撃は、死を覚悟した所で止められる気がまったくしない。
まだまだ準備運動だ、と言わんばかりに回転は加速していく。
耳の痛くなるような轟音は徐々に連なりを見せ、反響した音が更に重なる。
単音から始まったぶつかり合いは、もはや音の海とでも言うべきヘヴィメタルのような爆音を生み出していた。
「こ、これはどっちが勝ってるんでしょうか……」
「マ、マゾーガが勝ってますわよね、アカツキ!」
クリスさんとルーの言葉に、僕は言葉を返せない。
見た目こそ互角に見えるが、ペネペローペの足元はしっかりとして、まったくその場から動かずにいる。
それに対してマゾーガは、一打ごとに僅かずつ下がらせられていた。
更に武器の問題もある。
十分に重量級であるはずのマゾーガの戦斧だけど、ペネペローペの戦斧に比べれば、まるで枝でも振っているかのような頼りなさだ。
一打の速さが互角なら、この武器の重量が明暗を分けかねない。
武器の重量を乗せた重い一撃はマゾーガの体力を奪い去り、自分の一打に速さを乗せられなくなってしまえば、その瞬間に全てが終わるだろう。
どうする……どこかで割り込めるか。
聖剣の能力は『絶対不壊』、武器は保つ。
だけど、受ければ僕の方が腕くらいあっさり折れる気がする。
遠距離からの魔術という選択肢もあるけど、出力を絞った魔術では、あの刃圏に入った所で台風を前にした火花のように即吹き飛ばされるだろう。
かと言って、出力を上げればマゾーガを巻き込みかねない。
だからこそルーも黙って見ているしかないんだ。
僕は元の世界の銃と、魔術の一番の差は精度だと思っている。
銃なら一〇〇〇メートルの距離をピンポイントで狙撃出来る可能性はあるけど、魔術では効果範囲を思いきり広げて爆撃するしかない。
それに魔術とはイメージだ。
こうなる、というイメージが無ければ魔術は使えず、マゾーガに当ててはならない、と意識し過ぎている僕達では、下手をすればマゾーガの方に魔術が飛んでいく可能性すらある。
「ぬう……!」
「マゾーガが!」
均衡が一瞬にして崩れた。
ここまでじりじりと下がっていたマゾーガが、ここにきて大きく一歩下がってしまう。
力と力のぶつかり合いで、決定的にマゾーガが負けた証拠だ。
上には上がいる、とはわかっていたけれど、こうもマゾーガが押し返されるだなんて……。
「シャルロット、貴様の一撃は軽い!」
これまで手を抜いていたのか、と思うほど激しい一撃がマゾーガを襲う。
一歩下げられた、ということは、その一歩分態勢を整えるのが遅くなったということだ。
その一歩分の遅れが二打、三打と積み重なっていけば、一歩の遅れが更に広がっていく。
このままでは、マゾーガに勝ち目はない。
「アカツキ、どうにかなりませんの!?」
下手に均衡を崩せば、全員が共倒れになりかねない刃の嵐。
いっそ二人まとめて魔術で止めて、マゾーガだけルーの回復魔術で。
そんな事を考えていた時、ふと気付いた。
「まだマゾーガは諦めてない」
肌から流れ落ちる汗は滝のようで、呼吸も荒い。
だけど目には力があり、諦めの色だけはどこにもない。
まだマゾーガは負けていないんだ。
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