幕間 しゅらばらばらば 中
「まあ待て、話せばわかる」
「話し合いますから、リョウジはどこかへ行っていなさい」
「ドワイト男爵、こういう時どうしたらいいですかね?」
「俺に振るなよ……」
頭を振るドワイト男爵は、うんざりとした表情を隠そうとしていない。
ちくしょう、ドワイト男爵は駄目だ。
ソフィアさんなら……こんな時、ソフィアさんなら……そう思って辺りを見回してみると、
「爺よ。 今日の夕飯を一品増やすのに、鹿でも狩ってくる」
「あ、何人か連れて野草も採ってきてください」
「主人使いが荒いな、お前は……」
明らかに目が合ったのに、凄い勢いで反らされた上、さっさとどこかへ行ってしまった。
どういうことだろう、味方がいないぞ。
「……ルーテシア、おでには話す事なんで、ない」
このままではらちが明かないと見たのか、マゾーガはぼそりと言った。
珍しく不貞腐れたような態度だ。
「わたくしにはありますわ」
「この前、言う事は、言っだ」
「あんな事で納得出来ると思いますの?」
「おでは、納得じた」
「わたくしはしていませんわ」
「ふ、二人ともスマイルって大事だと思わない?」
「大体、本当に納得しているなら、アカツキに一国一城の主を目指せなど言わないはずですわ」
完璧に無視されてしまった。
「一般論だ」
「それは庶民の一般論であって、勇者の一般論ではありませんわ。 これまでも領地をもらったのに、経営に失敗した勇者が何人いた事か……」
「……リョウジが、ぞうなるとは限らない」
「ならないとも限りませんわ」
自分の事ながら、領地経営なんてまったく自信がない。
元はただの高校生の僕が領地をもらった所で、何をどうしろという話だ。
現代知識チートでうはうはしようにも、この世界はノーフォーク式農法とか、元の世界で読んだ内政物で使われてるネタは大抵、もうされてるんだよね。
何人も元の世界から召喚されているわけだし、当たり前な話だ。
それに画期的な技術があっても、それを支える人にアテがない。
事務仕事をする文官も必要なら、盗賊や魔物が現れた時に動く兵隊さんも必要だろう。
そして、金もないし、ないない尽くしだ。
出来るか、と聞かれたら、ごめんなさいと謝るしかない。
とはいえ、
「誇りが、死ぬ」
ルーの言う通りにすれば、確かに安心だろう。
大貴族に婿入りすれば……あれ、さらっと結婚確定してるや。
……いや、まあとにかく。
生活や領地経営など、煩わしい事から解放されはするけど、それは僕の手でルーを幸せにするという事になるのだろうか?
どうせなら、好きな子を自分の手で幸せにしたい、と思うのは間違いじゃないと思う。
それを誇りと言うのかはわからないけど、ルーの話に受け入れにくい物を感じる理由だ。
「誇りでご飯は食べられませんわ」
「誇りもなしに、生きてどうする」
そして、何より二人とも真剣に僕の事を考えてくれている。
本当にありがたい話だ。
だけど、
「待ってよ、二人とも。 僕のために争わないでくれ!」
「うわあ……これは腹立つな」
ドワイト男爵の心から嫌そうな声を無視して、僕は続けた。
「僕のことを考えてくれるのはありがたいけど、そのために二人が争うんじゃ、僕は嫌だよ!」
「……アカツキ」
「……リョウジ」
「ちょっと黙ってなさい(ろ)」
「はい、すみませんでした……」
二人に冷たい目で見下されて、悔しいけどビクンビクン……!
快感じゃなくて、恐怖ですけどね!
そんな感じで場をぐだぐだにしたその時だった。
「そこの方々、少しよろしいですか?」
小鳥が囀ずるような美声、とでも言うべきか。
何とも美しい声が聞こえた。
「はい、何でしょうか?」
話に夢中になっていたせいで、気付かなかったけど、僕達ドワイト家軍の正面に一人の少年がいた。
ふわふわとした癖のある髪、ほっそりとした顎とアーモンド形の顔、そこに綺麗に整ったパーツが乗っている。
少年特有のほっそりとした華奢な肩には真っ黒なマント、派手さこそないが明らかに仕立てのいい服装は彼が貴族だと教えてくれた。
彼が浮かべる柔らかな笑みはお姉さん方を怪しい気分にさせるだろうが、あちこちその印象をぶち壊すパーツが揃っている。
まず跨がっている黒馬は半端な大きさではなく、普通の馬の一.五倍はあるだろう。
馬の面構えは荒々しく目が合った瞬間、下手なヤクザより怖くて逸らしたくなるほどなのに、少年は軽々と乗りこなしている。
そして、背中に背負う巨大な弓はほっそりとした彼の腕よりも太いけれど、その姿に不自然な所は見当たらない。
つまり、よく使い込んでいる証拠で、手練れという事なんだろう。
「こちらにソフィア・ネートはおられますか?」
「あ、はい。 えーと、君はどちら様ですか?」
「これは失礼しました。 僕はヨアヒム・ネート、ソフィア姉様の弟です」
なるほど、確かに顔立ちがよく似ているわけだ。
ソフィアさんの尖った感じを丸くすれば、ヨアヒムくんになるのだろう。
「ところで貴方は勇者リョウジ・アカツキでしょうか?」
「うん、いつもお姉さんにはお世話に」
なっています、と言おうとした時、ヨアヒムくんは動いた。
すっと背負っていた弓を抜き、矢をつがえる。
そのあまりに慣れた手つきは、机の下に落ちた消しゴムを拾うように自然だ。
「勇者リョウジ・アカツキ」
僕の名前すら詩の一片になってしまいそうな美声と、目の前の光景が結び付かない。
「貴方には」
ヨアヒムくんはにっこりと微笑むと、
「死んでいただきます」
そっと弦から手を離した。
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