十八話 地獄極楽天国やっぱり地獄 下

 決めたのならば、相手に考える時間を与えるべきではなかった。

 私は着飾った騎士の真似、ルーテシアと爺は貴族の御令嬢とその執事という目立った格好をした一団だ。

 何事か感付かれる前に動かなければならない。

 しかし、偶然とはいえ、このような押し出しの効く格好で助かったな。


「そこをどけ、貴様達」


 静かに、だが威厳を持った声音を意識し、リョウジの回りにいた兵士達に声をかけると、僅かばかり年を食った兵士が前に出てきた。


「お前がここの隊長か」


「は、はい! き、貴族様がなんでしょうか?」


「その者は我がリヴィングストン家中の者である。 なにゆえそのように縄打ち、捕えているのか」


 私の実家では名前が知られていない。

 今の私の役割は、ルーテシアお嬢様の騎士だ。


「こ、こいつがいた方から攻撃がありまして、その後に爆発が」


「ありえんな」


「は、は?」


「ありえん、と言ったのだ」


 せいぜい私が『怒っている』と理解してもらうとしよう。

 叩きつけるようにして放った剣気は、兵士達だけではなく、辺りにいた見物人達まで二歩三歩と下がらせる。


「我が従者が人に仇なすなど考えられん話だ」


「いえ、しかし」


 まだ何事かを言おうとする隊長を無視し、私はチィルダを抜いた。


「まだ何か?」


 抜き打ちに反応出来た者はいない。

 リョウジとマゾーガを縛っていた縄が、ぽろりと落ちる。

 恐らく間違いなくロクな事を言わないであろうリョウジを無視し、マゾーガに視線を送った。


『しばらく黙らせておいてくれ』


『わがった』


「ソフィうごお!?」


 案の定、余計な事を言おうとしたリョウジの口を、マゾーガが押さえ付けるのを無視し、私は声を張り上げる。


「そんな事よりも倒れた戦友を放置するのが、貴様達の流儀か!」


「は、はっ! 申し訳ありません!」


 慌ただしく動き出した兵士達を横目で見ながら、辺りを窺う。

 さて、それはともかく、だ。

 この街の徴税権を持つ者は大勢いるが、大きく分ければ二つに分類される。

 一つは顔役だか、前に私達が一番大きな勢力に殴りこんだせいで、泥沼の争いをしているらしく、力のある連中がいない。

 もう一つは、


「これはこれはソフィア様」


「久方ぶりだな、アラトリウス殿」


 私の前に出てきたのは、いかにも商人といった小男だった。


「商売は順調か?」


「はい、皆様のお力添えもあり、何とかやっております」


 昼間、私をあっさり追い返した事など無かったような顔で、アラトリウスは話を続ける。


「いやはや、ですがこのような事が度々あると、私達も困ってしまいますな」


「そうだろうな」


 ふむ、これはなかなか風向きがいい。

 こちらの意図をどう受け取っているかは知らないが、この街一番の商人が出てきてくれたのだから、助かった。

 貴族の最大の義務は、一言で言えば民を守る事だ。

 だからこそ税を取り、普段は豪奢な暮らしをしている。

 しかし、この街を納めるドワイト男爵は、借金で首が回らず、徴税権を手放していた。

 つまり、極論を言えばドワイト男爵に街を守る義務はない。

 あくまで極論であり、貴族という立場上そんなはずはないのだのだが、金がなければ兵士が雇えない以上、現実問題しょうがない。

 ならば徴税権を持っている者達で、自衛をしなければならないのだが、それも細かく分かれて過ぎていて、どこか単独では自衛をした日にはいくら税収入を得た所で儲けに繋がらず。

 だが、自分達を守ってくれないくせに、税だけ取られるとなれば民とてはたまったものではない。

 そうやって民からの反感を得てしまっては、物も

売れなくなってしまうが、自衛をするには人と物が必要な上、一度金を払えば終わりではないくせに、

兵士というやつは金を稼いでくれず、無駄飯を食らうだけだ。


「なあ、アラトリウスよ。 貴様は高貴なる義務をどう思う?」


「私のような商人では無理でございます」


 つまり、魔王軍の脅威がある今だけに限ってみれば、誰もが徴税権を持っていたくない。

 しかしまあ、やらされている時は何の役に立つのかと思っていた知識が、こんな所で役に立つとは。

 教育を与えてくれた親には感謝せねばならんなあ。

 それはともかく、


「ところでアラトリウス、この街はドワイト男爵のように立派なお方に未来永劫、治めてもらうべきではないか?」


 今現在、徴税権は手に余る、と考えるのは誰もが思う事だ。

 だが、逆に言えば、そこが好機でもある。

 普段であれば寝てても金が入る徴税権を手放すはずもないが、今ならそれなりに買い叩けるはずだ。

 今、徴税権を買い集め、魔王軍が倒されるまで凌げば、この街の支配権を握れるだろう。

 だが、それもあくまでドワイト男爵があってこそだ。


「ははは、まったくですなあ」


 誘い水を向けてみれば、朗らかに笑うアラトリウス。

 いやはや、まったく商人という奴は恐ろしい。

 まあこれも借金などを作った方が悪いのだよ、ドワイト男爵。

 それに今より多少、首輪が太くなるだけだ。

 なあに、大して変わりはないさ。




「と、いうわけです、ドワイト男爵」


「ふむ……」


 アラトリウスを連れ、屋敷に戻ると早速話を切り出した。

 先程、アラトリウスと交わした打ち合わせでは『借金で人が雇えず、取り立てがままならないドワイト男爵のために、アラトリウスが身銭を切ってお助けする』という事に決まった。

 つまり、徴税権はドワイト男爵の手には戻る。

 これで依頼は完璧だな。

 名目だけでも戻ったのだから、まあ許してもらうとしよう。

 ついでにアラトリウスから小銭でも貰って私も幸せ、アラトリウスも幸せ、ドワイト男爵も幸せという一石三鳥になる。

 いやはや、慣れない金勘定だが、私もなかなかやるもんじゃないか。

 本来であれば、こんなやり口は好みではないが、騙し討ちのようにやられた事だ。

 その報いは受けてもらうとしよう。


「アラトリウス、だったかな?」


「はい、ドワイト男爵。 男爵に僅かながらお力を……」


 ドワイト男爵は怒り狂うか、嘆き悲しむか。

 そんな私の予想は裏切られた。


「もっと力を貸してもらえんかな?」


「……は?」


「河の通行料、入市税、飛び地になるが他に村も三つばかりある」


 全ての収入を絶ってしまえば、首をくくるしかなくなる以上、全ての徴税権を奪うという事はほとんどない。


「この全ての徴税権を、アラトリウスに託すとしようではないか」


 しかし、ドワイト男爵はその全てを手放すという。


「ち、ちょっとお待ちください!?」


「いやのう、少しばかり当家は手元不如意でな」


 ……しまったな。


「ちょっとばかり融通してはくれんかのう?」


 これくらいで、と提示された額は、


「十年分の税収と同じ!? こ、こんなに出せるはずがない!」


「そんなはずはないだろう、アラトリウス。 お前の所の身代を傾ければ何とかなるはずではないか」


 ドワイト男爵の口元には、今まで表に出る事のなかった不遜な笑みが浮かんでいる。

 どっちが金を借りているのか、これではわかったものではないが、ドワイト男爵の奇襲によって混乱したアラトリウスはそれに気付いていない。

 典型的な駄目貴族という空気は消え、そこにいるのは人を食ったようなにやついた笑いを浮かべた食わせものがいた。


「む、無理です!」


「ほう、無理か」


 ソファーに深く腰かけていたドワイト男爵は、身を乗り出し、アラトリウスに顔を近付けて言った。


「なら、皆で幸せになれる話をしようか」


 ああ、やっぱり慣れない金勘定に手を出すべきではなかったなあ……。

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