十一話 How much is the price of the life? 下中

 ホブゴブリンの三択に決め打つ。

 土遁の術や透明になれる魔術があるかどうかすら僕は知らない以上、それを考慮に入れた所で意味がない。

 無責任かもしれないけど、考える材料が無さすぎて考えようがない以上、そこに拘るのは時間の無駄だ。

 そんな暇があるなら、一秒でも長く倒れているホブゴブリンを観察するべきのはず。

 人一人が身体の中に入っていれば、必ず何か痕跡があるに違いない。


「どれだ……」


 右手側のホブゴブリンは仰向けで、顔をこちらに向けて倒れてていた。

 苦悶の表情を浮かべてすらおらず、不思議そうな、何が起こったかすらわかっていない、ぽかんとした表情を浮かべている。

 ホブゴブリンでも表情がわかるもんなんだ、という驚きは後回し。

 首の半ばまで斬り裂かれ、一刀で絶命した事がわかる。

 胴体の方は腹が出っ張ってはいるが毛も生えておらず、しっかりとした筋肉が皮膚の上からでも観察出来た。

 正面のホブゴブリンはうつ伏せに倒れていて、背中には剛毛が生えていてよくわからない。

 高校のテストを思い出せ……わからない所は最後に回して、後回しにするべきだ。

 最後は左手側のホブゴブリン。

 仰向けに、正面側のホブゴブリンに首を向けて倒れている。

 わかるのはソフィアさんが右手側から倒し、左手側のホブゴブリンが自分の番になっていてやっと気付いた事くらいか。

 驚いた表情はやっとソフィアさんに気付けたせいだろう。

 奥に見えるゴブリンマザーは……駄目だ、そこまで考えていたら、まとまらない。

 選択肢をもっと狭くするべきなのか。

 だけど、それじゃあ見落としの危険があるし、材料が見つからない。

 けどソフィアさんのように気配を感じる事なんて出来ない。

 そして、ここで自分に手の余る事をやろうとすれば、絶対に全てを取りこぼすシーン。

 ぐるぐると思考が同じ所を回り、考えがまとまりを失い、脳内がぐちゃぐちゃになる。

 違う……最善だ。

 僕の出来る最善を選ぶ以外に道はない。

 だから、今の僕はそもそもの前提が間違っている。

 全ては見通せない、選択肢を絞っても決められない。

 いちかばちかのギャンブル、ベットしたのは僕達全員の命。

 これを外せばソフィアさんが死に、僕も死に、マゾーガも死に、Gさんも死ぬ。

 僕達は村のために来た。

 間違った事はしていないのに、ここで殺されるのは絶対に間違っている。

 ここで殺されてはやれない。

 だけど、


「……っ!」


 僕の決意なんて物は何の役にも立たず、真っ赤な血飛沫が上がる。

 徐々に場所を移してきたソフィアさんと黒装束の暗殺者は、ホブゴブリンの倒れている中間地点まで移動していた。

 目で追い付くのがやっとの速度で、縦横無尽に動き回る黒装束の身体の周りには、衛星のようにぐるぐると細身の短刀が十本以上、回っている。

 動きも速さだけじゃなくて、立っているソフィアさんの膝から下より更に低い地を這う蛇の姿勢になったり、いきなり跳ね上がったりと、左右だけじゃなくて上下の動きも組み合わせて、ソフィアさんに狙いを付けさせない。

 それどころかすれ違うと、短刀が勝手に動いてソフィアさんに突き刺さり、すでに右足に三本、左足に一本、腹に二本の短刀が深々と刺さっていた。


「そろそろ終わりにするとしようか、剣聖殺し」


 黒装束はぱっとトンボを切って離れると、右手側のホブゴブリンの死体の上に乗る。

 真っ直ぐに立つと、その細身の身体が膨らんだ……一瞬、膨らんで見えるほどの大量の短刀が彼の身体を囲む。

 どこにそんな沢山の短刀を隠していたのか、と呆れてしまうくらいだ。

 百本なんて軽く超えるくらいほどの短刀は、くるくると黒装束の周りを勢いよく回り始めて、まるで黒い球のようにしか見えなくなった。

 不規則に回る短刀だけど、その一本一本は互いにぶつかりもせず、いっそ小憎たらしいくらいに軌道が安定している。


「よかろう」


 対するソフィアさんは膝が震え、立っているのがやっとの有り様だ。

 血は止まらず、だけど声は震えていない。


「その前に貴様の魔剣の銘を聞かせてはもらえないか?」


「冥府で語り部にでもなってくれるとでもいうのか」


「はっ」


 ソフィアさんは笑った。

 いつものように軽やかに、そしてふてぶてしく。


「名のある魔剣を倒したとなれば、チィルダにも箔が付くだろう? だが銘を知らなければ、少しばかり物足りん」


「虚勢もそこまで行けば、いっそ見事な物よ。 いいだろう」


 その声に熱があるとすれば永久凍土の冷たさか。

 誇るでもなく、黒装束は淡々と言葉を作る。


「天下五剣が四、『無限剣』が主セイル・セイル」


「『天下に上無しの五剣』とは、なかなか大層な物が出てきたものよな。 ならば私も名乗るとしようか」


 すでに満身創痍の力の入らない身体で、だけどそれでも威風堂々と。


「魔剣チィルダが主ソフィア・ネート」


 まるで勝者は自分だとで言わんばかりの高らかな名乗り。

 手にするのはたった一本の刀、相手は無限の刃。

 一体、どんな手を使えば切り抜けられるのか、僕にはさっぱり想像もつかないというのに。

 ソフィアさんは艶やかですらある笑顔を浮かべていた。


「終わらせるぞ、剣聖殺し」


 その笑みが気に食わないのか、セイル・セイルには僅かに苛立ちが見え、


「来い、天下五剣」


 ソフィアさんはいっそ嬉しげですらあって。

 そして、僕は全てを聞く前に走り出していた。

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