九話 Not in Education, Employment or Training 上
アラストール卿との死闘から三日後、私達は西に向かっていた。
故人の遺言を果たすため、勇者を魔王領に捨ててくるためだ。
最初は一応、お客様でもある事だし、まぁせいぜい優しくしてやろうと思っていた。
どうせ魔王領に捨ててくるのだし、とそれまで束の間の平穏を楽しんでおけよ、思っていたのだが、
「うめっ! これうまっ! やべえ、うめえ!? やべえやべえ!」
ひたすら飯をかきこむ勇者の姿があった。
宿場町で一泊した私達は朝の忙しい時間を外して、厨房を借りて爺に飯を作らせていた。
「おーい、Gさん! これうめえな! あんたマジで天才じゃね!?」
「あはは……ありがとうございます」
始めはテーブル一杯の料理が並んでいた。
私は食べるのは好きだが、量は食べられない。
だが爺も育ち盛りらしくもりもりと食べ、マゾーガも見た目通り人の三倍よく食べる。
まぁ勇者もそれなりに食べるだろう、と思って多めに出してみれば、この有り様だ。
私達三人分の飯を一人で食べきる勇者の勢いは、いまだ止まらず。
「Gさん、このスープおかわり! あ、大盛りでね」
「……なあ、勇者」
私は正面に座る勇者に語りかける。
「働かずに食う飯は美味いか」
荷物一つ持ちもせず、ただてくてくと着いてきて、飯食うだけは人一倍。
まさに穀潰しであろう。
何故か大人しく着いてくるし、たまに何か考え込んでいる表情をしていて、アラストール卿から得る物があったのかもしれないが、私はアラストール卿からいくらか貰ったわけではない。
この勢いで飯を食われたら路銀が尽きる。
私とて貴族の娘、大人しく暮らせば一年はやっていけるだけの路銀を持たされていたのだが、そろそろ財布の底が見えてきた。
「え、えっと……」
「働かずに食う飯は美味いか、と聞いている」
「お、美味しいです……」
さすがに気まずいものがあるのか、勇者は目を逸らした。
それで逃げられるはずもないが。
「……真面目な話、このままでは路銀がお前に食い尽くされる」
「うっ……何か言われたら、ああ言おうとか色々考えてたけど、これはキツい……」
「僕達の家計で一番大きいのはお嬢様の着道楽ですけどね……」
ぼそりと余計な事を言った爺の口いっぱいに、堅い黒パンをねじ込みながら、話を続ける事にした。
しかし、私だけ着飾るのもつまらないから、爺にもマゾーガにも買ってやったのに何が問題なんだか。
マゾーガ用のドレスまで用意したというのに。
自分の金で着道楽をするのと、人の金で思う存分に飯を食うのは話が別だ。
居候、三杯目はそっと出しと言うが、七杯目を堂々と食わせるのは面白くない。
「なあ、勇者よ」
「は、はい……」
王都で調子に乗っていた時に比べ、今の勇者はしおれた菜っ葉のようだ。
飯時でもない限り自分から話出そうとせず、人と目を合わせない。
ひどい目に合わせた私だけならともかく、人畜無害を絵に描いたような爺まで目を合わせないというのは、元々の性質なのかもしれないな。
それはともかく、
「働け」
「はい……」
勇者が大人しくなってくれたお陰で(八杯目はそっと出した)、ゆったりと朝食を食べ終わった私達は茶を飲みながら、今後の金策について話し合う事にした。
「えっと……こういう時はギルドでゴブリン退治とかか?」
「は?」
何故、ここでギルドの話が出てくるんだ。
「は?って、世界中に広がる冒険者ギルドとかさ、よくあるだろ?」
「冒険者のような流れ者は街の顔役に挨拶に行く事はあるが、その取りまとめをするギルドは聞いた事がないな」
商人や職人が自らの利益を守るために集まって出来るのがギルドだが、冒険者と言えば聞こえはいいが要するにただの流れ者だ。
そんな彼らが集まって、誰からなんの利益を守るというのだ。
しかも、世界中に広げようと思うなら、街の顔役、要するに極道達を傘下に収めていかなければならず……世界征服でもした方が早いな。
「初めのクエストは冒険者ギルドでゴブリン退治がお約束だろ!?」
「いや、ゴブリン退治を依頼する理由がわからんのだが」
人の子供くらいの大きさのゴブリンは、やる気になれば剣を握った事もない農夫でも倒せるし、どこの村でもゴブリン五匹を一人で倒せる程度の者はいるだろう。
奴らは群れる習性が確認されていて、しばらく放置しておくと軽く千を超える群れになる場合があり、どこの街や村も定期的にゴブリンの駆除を行う。
奴らは木槍や粗末な石斧で武装する程度だが、それでも数が集まればやっかいだし、森の獲物が食い尽くされたりもする。
どこもゴブリン問題は頭を抱えているのだ。
見付け次第、駆除されるゴブリンだが、それでも大量に発生する時がある。
そうなれば普通は軍や自警団、傭兵団に頼み、冒険者のような個人に頼む必要はまったくない。
「えー……じゃあ俺は何をすれば」
「……何故、私達がお前に飯の世話から、仕事の世話までしてやらなければならないのだ」
ピーチクパーチクと、雛鳥ではあるまいに。
自分の子もいないのに、親鳥にされたくはないぞ。
「で、でも……俺この世界の事なんにもわからないし……」
「ああ、まぁそれなら仕方ないか……爺、あとは任せた」
「……面倒になったんですか」
「はははははは……マゾーガはどうする? 私は少し歩いて来るが」
「おでは……ここにいる」
お優しい事だなあ、マゾーガ。
今だって勇者が怯えた表情を浮かべたのに、気付いてないわけではあるまい。
人間誰しも自分と違う存在を恐れるものだ。 種そのものが違えば、会話する事が出来ようとも更に恐ろしい。
そして、その事がわかっていても、怯えられれば傷付く。
傷付くのは誰だって痛い、痛いのがわかっているなら、誰だって自分を傷付ける相手に近寄ろうとは思うまい。
それでも近付こうとするなら尊敬に値する。
そして友でありたいと思う。
「では皆の衆、頑張ってくれたまえよ」
まぁ私はやろうとは思わんが。
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