六話 剣に死ね 上

 山賊、魔物に悪徳代官。

 立ちはだかる難敵をなぎ倒しながら、いよいよ我々は王都へと到着したのだった。


「ふぅ……」


 私は肌を磨くため、公衆浴場へ。

 爺はあらかじめ先触れを出し、作らせておいた私のドレスを受け取らせに行かせた。

 マゾーガは宿で待っている、と言って出て来なかったが、どうしたものか。

 人の街にオークがうろうろしていれば、確かに問題が起きやすい。

 しかし、私のように麗しい乙女がうろうろしていても、問題が起きやすいのだ。

 人の身でも問題が起きるのだから、オークであろうと問題を起こしてもいいではないか。

 そんな事を考えながら、私は湯船にその身を預けていた。

 魔術で温められているらしい湯は、前の生ではなかったものだ。


「なんと素晴らしき我が生よ、と」


 骨身に染み渡る温かなお湯は、温泉を探さなければ入れなかった。

 それがこうして少し大きな街に行けばあるのだから、非常によろしい。

 少しの小銭を渡せば、垢落としをしてくれる者もいるし、それがまた非常に心地よい。

 ふと思い付いたが、我が身は女だ。

 そして、公衆浴場は男女で分かれていて、周りは当たり前のように女性ばかり。

 前の生では男の身であり、考え方として男的な所が私には多いと思われる。

 しかし、不思議と他の女の身に欲情を覚える事はあまりない。

 かと言って、男の身に興味があるわけでもなく、一体どういう基準で私の身体はつがいを選ぶのだろうか?

 チィルダは好ましいが、刀になった身である。 いくら私でもさすがに無茶だ。

 ふむ、まいったな。

 爺はみてくれこそ悪くはないが、つがいとしては論外だ。

 私のために飯を作っていればいい。

 マゾーガは種が違い、美醜の判定以前だ。

 個人としては好ましいが、さすがに困るな。


「ゾフィア」


「ん?」


 などと考えていたら、マゾーガの声が聞こえた気がした。

 はて、ここは女湯ではなかったか。

 少しのんびりと入り過ぎて、のぼせているらしい。


「G、待っている。 そろそろ、上がれ」


 湯気の向こうから現れた姿は、まさに筋肉と言っても過言ではなかった。

 太い首は巨漢の拳を受けようと、その衝撃を全て受け止めるだろう。

 分厚い腹筋は生半可な刃物では切り裂けもしまい。

 歴戦を示すように、その緑の肌のあちこちに傷が残っている。

 そして、雄大な男の象徴は、


「……ない」


「その、なんだ。 ……照れる」


 じろじろと見ていた私の視線から、自分のおなごを手で隠すとマゾーガは私に背を向けて、さっさと歩き出す。

 見事に引き締まった尻を見て、私も風呂から上がる事にした。


「……まだまだ修行が足りんなあ」


 色々な意味で、そう思った。




「……なんですか、お嬢様。 そんな胡乱な目つきで僕を見て」


「……いや、なんでもない」


 果たして爺はマゾーガが女だと知っていたのだろうか。

 知っていたのであれば、何となく悔しいし、知らなかったのであれば教えてやるのは業腹だ。

 それに本人がいる前では聞きにくい。


「ぐぬぬ……」


「コルセットきつかったですか?」


「……問題ない」


 宿に戻った私は爺に手伝わせ、ドレスの着付けをしていた。

 動きやすく、だが美しく。

 その絶妙な加減は爺にしか任せられない。

 マゾーガなどすでに飽きて、こくりこくりと船を漕いでいるが、まだまだ終わらず。

 勇者と出会う事に、私の胸は恋にも似た疼きを覚えている。

 楽しみだなあ。

 勇者の技は、どれほどまでに練り上げられたものなのだろう。


「お嬢様、髪はいかがいたしますか?」


「結い上げるか、流すか……うん、流すとしよう」


 動きで魅せるために、髪はそのまま後ろに流す事にするが、ドレスを着るために一旦まとめておく。

 王都で作らせたドレスはシンプルな方だ。

 フリルは控えめにし、胸の谷間が見え、背中をばっさりとカットし、色は白。

 着やすく、動きやすいように丸く膨らむスカートも工夫されており、中の骨組みの部分を足で引っ掛けて動かせる。

 腰にはチィルダを差せるようになっており、動き回るのに支障はほとんどない。


「よし、あとは」


 唇にどぎついくらいの朱を塗り、完成だ。

 勇者を想い、とろけるような微笑を浮かべ、寝ているマゾーガに問いかけた。


「どうだ、マゾーガ?」


「……人間の美は、知らん」


 まぁお互い様か、これは。




 王都の中心部には城がある。

 白塗りの城はまぁ優美で美しい。

 だが今の私はそんな事を気にしてはいられない。

 浮き立つ心、そのままに城から少し離れた広場へと足を運んだ。

 人、人、人と前の生でも見た事のないようなたくさんの人だかりを、ドレス姿のままするすると抜けて行く。

 むしろ、ドレス姿の私を見て、皆がどけてくれていると言うべきか。

 平民の皆には悪いが、こういう時は貴族でよかった。


「お嬢様、少し待ってください!」


 小柄な爺は人の波は辛いだろう。


「お前はマゾーガと一緒にゆっくり来い!」


 同じく下手に力を出せば、誰かを傷付けかねないせいで動きの悪いマゾーガ。

 しかし、二人を待つ気はない。

 何故なら私の心は、今にも踊り出しそうなくらいだから。

 ああ……勇者は強いのだろうか。

 私を満足させて、ぐうの音も出ないくらいに叩き潰して欲しい。

 天蓋はまだまだ遠いと、私に教えてくれ。

 私が死域を見ようと、届かない剣の領域を、私は知りたい。

 ここまで、これ以上行けると、私の魂に刻んでくれ。

 それが叶うのならば、私の存在全てを捧げても構わない。

 私の剣は、まだ足りないと、言って欲しい。

 私は剣の頂にもっと上りたいのだ。


「すまないが、通してもらう」


「貴様、私を誰だと……!」


 最前列まであと一人。

 絢爛豪華な衣服に着られた、ぷくぷくと太った中年の貴族に、私は声をかけた。


「すまないが、通してもらう。 構わないな?」


「は、はい……」


 何故か顔を赤らめ、しゃがみこんでしまった貴族を不思議に思いながら、私は歩を進めた。

 そして、私は勇者を見た。

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