十三話 旅行1日目、二話
「んあぁっ! 着いたぁ」
長く深い眠りから覚めた健二は、搭乗口を出て体がはち切れそうなほど伸びをした。
長い空の旅で疲れたからか、ほかの生徒、先生も思いのほかうんっと伸びをしている。
「荷物とって、さっさとバス乗るぞ」
吉本と、彼の後に続く制服姿は空港のターンテーブルで荷物を取り、混雑する人混みをかき分け次から次へと到着口に向かう。
必要以上にクーラーが効いている空間とはいえ、人の群れで局所的に気温が上がっている。
我先に出ようとする人々のおしくらまんじゅう状態でのらりくらり。
人混みから抜け出したかと思ったら、次なる敵は蒸殺しにかかってくる青空と、サンサンと照る直射日光だ。
五月中旬とはいえ、ここは常夏の島沖縄。
温暖化が日々増すこのご時世、雲ひとつない青空の真下にいれば、摂氏三十五度を越すのは当たり前だ。
健二たちは裾にしまっていたをシャツを放り出し、風を作ろうと仰ぐ。
しかし暑いものは暑い。
額からは汗がにじみ出し、彼らの仰ぐ強さとスピードはさらに増す。
「暑いだろうが聞け。
あらかじめ決めていた班に分かれろ。そんでバスに乗れ」
一方の吉本は、生徒に対して持ち込み禁止を命じたはずの片手扇風機で涼んでいた。
しかし、小さい見た目通り気持ちいいと思うくらいの風圧は無い。
健二たちのシャツの方が、遥かに威力が強いのが見てわかる。
そもそも、なぜ持ち込ませなかったのか謎だ。
持ち前の大迷惑大音量ボイス。
それは、暑さに負けた犬のように舌を出している生徒の体調を急速に悪化させる。
時間が押している訳でもないのに、生徒を急がせ、何がしたいのだろうか。
特に、モタモタしている自分の嫌いな生徒を掴んでは、ゴミ袋を投げる要領でバスに乗せている。そこに男女の差別はない。
TPAに訴えれば一発で首のひとつ簡単に飛ぶのに。
ちなみに放られたのは、普段から嫌われている健二も例外ではなかった。
同じ班員の隣にならなければならない、という意味不明なルールに則って、健二は座席表片手に顔と名前の一致しない女子生徒の隣に座ろうと動く。
「んん? ここ、だよな?……」
座席表の名前と隣の女子生徒を何往復にも渡って目で確認する。
白髪ボブカットで小柄な美少女。
それでもって、何となく何かが物足りない。
誰からも聞いたことのない名前だったが、女子生徒の容姿に健二は僅かながら見覚えがあった。
「えぇっと、どっかで見たような……」
「どうしたのですか?」
こうして初対面の女子と話すのは高校生活になって久しい。
健二はオドオドを通り越して、挙動不審になっている。
一方の少女は、冷え固まったようにして動かない顔の筋肉を動かす気もなく、辞書のように分厚い本を、修行のように黙々と読み続けた。
「あ、あのぉ……」
「はい?どうしました?」
「あなたが、笠原さん、ですか?」
「そうですが。それがなにか?」
無愛想な返事とは裏腹に笠原……
突然寄り添ってきたためか混乱する健二だったが、この暗黒な目が何を意味するのかだけ、なんとなくだが理解した。
――ここで、霊についての話を口に出すな
そう語りかけるような、口封じのための鋭い眼光だったのかもしれない。
「とりあえず、今日と明日は宜しくお願いします」
「別に、大したことはしないので大丈夫です」
刃のように鋭い眼差しはいつしかとっくに抜かれ、素っ気ない返事をして本を再度開く。
そして何事も無かったかのように黙った。
健二も健二で、こんな無口で自分の殻にすぐこもる少女とむやみに話しをする気も失せた。
彼女に対する諦めの念だろう。
「仕方ない。テキトーに記事でも漁るか」
手持ち無沙汰になり、暇な時間を潰す道具もトランプ程度しかない。
かといって観光バスの中で単調な五十三枚のカードをばら撒く度胸も無く。
予定では集めるはずだった右手のスマホで、微塵の興味もないネット記事を片っ端から漁っては流し読みを繰り返すことに。
政府の異端じみた外交、ねじれ国会が当たり前の立法や意味を見いだせない教育。
混乱と野党のやじに埋もれながらも、もがくようにしてメディアに現れ抗う与党。
誰もお前らに興味も期待もしてない。
そんな文面で区切られている。
その他には名前すら聞いたことないアイドルの解散、関税がどうたらこうたらエトセトラエトセトラ……。
幽霊という番狂わせの思うつぼだ。
世界は混乱の渦で溺れているのがよく分かる。
半目で睡魔と戦い記事を見る中、ひとつの通知がスマホに現れた。
メールだ。
それも先生からの。
「ん? どうしたんだろ」
スマホ画面の上に出てきたバーを何気なくタップ。開かれたメールの文面は一言「外を見ろ」だった。
「外? なんかあるのか」
言われるがままに窓の外を覗く。
「…………っ!」
唾を飲み込む薄っぺらい光景に、健二は言葉も出なかった。
変わり映えなく続く、雲ひとつない晴れ晴れとした炎天下の下。
あっと驚く程の無数の墓群が、何列にもなって太陽光を反射していた。
健二たちの乗っているバスの窓すべてを覆うように現れる。
一人分の墓の隣にはまた墓が一つ。
そのとなりにも、さらにずっとその先も。
幽霊だけの街、とでも形容できるほど幽霊たちのマイホームが団地のように規則正しく建てられていた。
「な、なんだ。これは」
「沖縄戦で亡くなられた方を供養している場です」
「え?……」
それまで本を読み、フリーズしたように動かなくなっていた彩未が突然動き始めた。
AIのような解説っぷりと感情の無さに返す言葉のない健二。
「第二次世界大戦が終結した年である1945年。アメリカ軍は沖縄を侵略したくさんの沖縄の民間人は――」
「いやいや分かるから。大丈夫です」
「というと?」
「えっ? というと?」
「……何でもないです」
簡単なことですら専門用語を並べ、難しく見えるように書きこまれているウェブ辞書を、まるまるピペしてきたような超長文にして超駄文を彩未は健二に押し付けた。
これじゃあAIみたいじゃなく、AIそのものだ。
もちろん容量の狭い健二の脳みそでは、そんな細かく専門用語を並べられて言われてもパンクするだけだ。
コピペを途中で割って、健二は驚きながら彩未を落ち着かせた。
「はぁ。すげぇなこの子」
呆れと別の意味での感心のこもったため息が、口から呼吸混じりに出ていく。
「もうあと十分くらいでつくのか」
腕時計で時刻を確認した健二は、それからしばらく寝ることに。
この女も、景色も鬱陶しい。
その様子を横目で確認した彩未は、健二の目が瞑るとともに、本をパタリと閉じた。
健二の顔を触って寝ていることを確認すると、綺麗に整頓されているバッグの小さい収納ポケットから何かをおもむろに取り出した。
耳の形に合わせた、折りたたみ式の特殊小型通信機だ。
彩未はそれを律儀に耳の穴へ差し込み、早速回線を繋いだ。
「もしもし、もしもし」
「あ、あ、あ、もしもし。あぁ、彩未か」
渋く太い低周波な声が、彩未の耳をくすぐる。応答したのはやはり彩未たちのボス、つまりはバスターの上層部だった。
「飛行機を降りて、今バスの中にいます」
「そうか。順調そうだな」
「え、えぇ。まぁ」
「どうしたんだ?なにか気がかりなことでもあったのか?」
「まぁ、一つ厄介なことがありまして」
彩未は頭をポリポリ掻く。
口を開けたものの一瞬のためらいが入り、言葉が口から思うように出ない。
「どうしたんだ?言ってみろ」
緊張して働かない口と喉の筋肉を無理に動かし、 決心した彩未はこう切り出したのだ。
「研修旅行の班活動なんですが、少し厄介なことになりまして」
「というのは?」
「班の中に妖狐使いが紛れていまして」
「妖狐使い?それはあの妨害した三尾のやつか?」
「そうです」
「……マジかよ。それは厄介だなぁ」
受話器からボスの声が遠のいていく。
計画していた対象の霊を駆除されかけ、作戦を崩壊させてしまった健二。
彼らバスター……正式名称『ゴーストバースター』は、妨害された経緯によって張本人の健二を霊使いとしてかなり強いマークをしているようだ。
「まぁけど、やつは邪魔であって強敵ではない。華々しく散ってもらうまでだ。
ただ問題は、やつがこの修学旅行にまで関わっている事だ」
「なにかあるんでしょうか?」
「言っただろう? 今日八時頃にに幽霊との戦いを引き起こすと。物忘れとは珍しいなぁ。『異端な脳』とも呼ばれてるお前が。
まあいい、俺らが駆除しておく。
アイツは人間だが、霊みたいなものだ。
霊とともに抹消してもらうだけだ。
だから、お前は作戦に集中して俺らの指示だけを聞いて行動すればいい。いいな?」
「了解しました」
かけた電話を一方的に切られ、上司との会話が終わる。
彩未は通信機を綺麗にたたんでしまい込み、今度は作戦用紙を無造作に取り出す。
ひとつのマップを中心に、各部隊の動き方や合流地点が長々と記されている。
しかしその記述を無視するのごとくさらりと一通り読んで、彩未は内ポケットに突っ込む。
おそらく覚えたのだろう。水を飲むようにして頭に入れたのだ、きっと。
「よし、着いたぞ。順番に降りろ」
予定よりも早くバスは到着。
吉本の先導を後に、続々と生徒が降りていく。
もちろん、健二に起きる気配などない。
寄ってきた吉本の二十発にわたる往復ビンタを食らう羽目になった。
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