007 - 強硬
不正ブレスの目的が、ある人物への治療だと推測したところで、その日は解散とした。
不正還元プログラムailsについて、博士が一人で調査を進めたいと要望したからだ。リネットのデータ調査については、ケイトは手伝えることが何もないので、博士の邪魔にならぬよう素直にビルを後にした。
ケイトは游骸町の町並みを眺めながら、家への道を歩く。
博士の仕事場に通うことが増え、この帰り道も馴染みある風景となった。
夕日に照らされた町には、理由もない郷愁を感じる。
視界に入る人々の生活も、いつも通りのものだ。
そこかしこで、投げ捨てられたモノが地面に吸い込まれていく。
モノはブレスによりリネットに送られ、そして町の生活を潤すため還元される。
リネットが誘致される前の、日常の風景は、次第に記憶から薄れていくのだろうとケイトは思った。
リネットの還元による恩恵は、特にインフラ関係に影響を及ぼした。
光熱は全て還元で賄われる。工事や整備といった労働も、還元により半自動的にリネットが行ってくれる。製造に関する資材調達はもちろん、リネットが自動学習すれば、製造物そのものをリネットから受け取ることも可能だ。
町の景観もリネットにより調整されている。植物の世話や、壊れた建物の修理なども人手は不要となった。
游骸町のリネット誘致の際、御上の広報が謳った風景が、確かに実現しつつある。
しかし一方で、不正ブレスという致命的な欠陥をケイトは知ってしまった。
――もし、今立っている地面に、自分が吸い込まれるかもしれないと知ったら、この人達はどうするのだろう。
何度も考えた疑問だ。そんなこと分かりきっていると、ケイトは同じ自問自答を繰り返す。即刻、この町を出ていく。当たり前だ、潤沢な生活の享受よりも、まずは生存が優先される。そしてこの町には、誰も、いなくなる。
ケイトと博士は、他の助けも借りずに不正ブレスの調査を行っているが、その先に理想的な解決などあるのだろうか。真実に辿り着いたとしても、不正ブレスは止めようもなく、この町の人々、そしてケイト自身も、リネットに飲み込まれてしまうのではないか。
ケイトはそこまで考え、立ち止まる。
どうも不正ブレスについて知ってから、情緒が不安定となり、同じ事をグルグルと考え込んでしまう。以前は、あまり物事に動じない性格だと思っていたが、不測の事態に直面すると、案外ヤワなタチだったらしい。
気分を落ち着かせるため、煙草に火を付ける。煙草の消費量は、ここ数日でだいぶ増えた。
明日にでも、博士に煙草の補給を頼まなければ。給料とは別に、生活に必要な物資は、博士に頼めばすべて調達してもらえる。リネットの還元よりも、博士からの支援の方がよっぽど潤沢かもな、とケイトは思った。
*** ***
煙草を地面に吸収させ、顔を上げると、目の前に一人の女性が立っていた。
見覚えのある女性だ。この人は確か――。
「はじめまして、ケイトさん。町長秘書のカリナと申します」
そうだ、町長の秘書だ。町長の横に立つ姿を、度々スクリーンで見たことがある。
何故おれの名前を? その疑問を口にする前に、
「突然で申し訳ありませんが、今から私に同行願います」
カリナは冷めた印象を受ける無表情のまま、そう告げる。眼鏡の奥の瞳が、真っすぐこちらを射抜く。
――頭の整理が追い付かない。どういう事だ、この状況は? いつも通りの帰り道に差し込まれた、不測の出会い。
ただ、不穏な空気は感じ取った。突然現れた町の重役が、自分の名前を口にし、同行を要請する。そこから良い展開が待っているとは、考えられなかった。
「……町長秘書が、何でおれに用がある? 用件は何だ?」
「ここでは説明出来かねます」
そっけない返答のみが返される。有無を言わせぬ雰囲気だ。
しかし、何か情報が欲しい。理解が追い付かない。
「……おれに気でもあるのか? あんたみたいな美人に言い寄られるのは初めてだ」
「あなたのパーソナリティらしからぬ発言ですね。話をのばそうとする意図を感じます。今ここで、私から伝える情報は、同行願う、この一点のみです」
明らかにおかしな状況だ。あの博士から感じる胡散臭さのようなものではない。
これが、危険な香りというやつか。
ケイトは逃げる判断をした。
しかし、行動を取る前に、後頭部に激しい衝撃を受ける。受け身もとれず、うつ伏せに倒れこんだ。
激しい痛みを感じつつも、意識が遠くなる感覚がある。
――何が起こった? 殴られた?
「強硬手段で申し訳ありません」
意識を失う寸前に、カリナの淡々とした言葉が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます