夜薄き国から友人へ送る手紙
友よ、僕はいま異国へと来ています。
貴方は僕のことを笑うでしょうか?
母国の言葉しか話せず、自国から一歩も出たことの無い僕が地球の裏側と言っても差し支えないであろう遠き地にいることを。
昔を思い出します。 まだ学生の時分に冗談で世界を回ろうと提案した過去を。
君は僕の提案を望みどおりに冗談と受け止め、快活に笑ったね。
その君の眩しい笑顔をなぜだか思い出しました。
ゆえにこの手紙を書くのです。
友よ、僕と君は生きているのです。
この広い世界の中で。
いま僕と君の距離は馬鹿らしくなるほどに遠ざかっていますが、貴方がその気になりさえすれば多少の時間がかかろうとも近づくことが出来る。
そう、それこそ私の部屋で語り合った若き頃のように。
友よ、絶望してはなりません。
諦めて拗ねてもいけません。
この世はとかく広く、残酷なまでにがんじがらめに僕達を縛り付けているように思えますが、実際はそうではないのです。
君の苦悩を、苦しみをまた僕も分かち合っています。
同じなのです。 だから途絶されたかのような心持ちでこの手紙を読まないでもらいたいことを切に願います。
友よ、この国の夜はとても薄い。 この手紙を書いている時刻は23時。 そちらならばとっぷりと闇の帳が落ち、満月の時でさえなければ自身の手すら見えないことでしょう。
ですがいま宿の窓から見える空はやや薄暗くなりつつはありますが明るいです。
この色合いのまま空は薄モヤのような闇を維持しながら一日が始まるのを待っているのです。
そしてまた朝は来ます。
この世界を、街を、空を君にも見せてあげたい。
確かに気軽に来ることはできないでしょう。
通じぬ言葉に風習、金銭的な問題、数え上げれば決して少なくは無いことは理解しています。
だがそれでも僕は君にこの国を見せてあげたい。
僕達の国では到底見ることが出来ないこの景色を、街を、そして人々を。
友よ、先ほどとは矛盾しているようですが、この世界は存外狭い。
わずかな勇気と無謀を混ぜ合わせ、君が決断さえすればわずか半日でたどり着くことが出来るのです。
もし君がこの国へと着てくれたのなら、まずはカフェに行きましょう。
そしてやや苦いコーヒーを共に飲み、苦いと口をそろえ、へたくそな英語で料金を支払い、石畳の地面を蹴って街を散策しましょう。
それに疲れたのなら、自販で売っているコロッケを共に食して休憩してもいい。
この国のコロッケは衣がカリカリと香ばしくサクサクとした食感がとても心地よく耳にはいってきます。
もちろん美味しいことも保障します。
あるいは共にこの国でしか味わえない『煙草』を共に吸って取り留めのない話をしてもいいかもしれません。
いずれにしても僕が貴方に言いたいことは一つだけなのです。
『この世界は怯えるほどに冷たくも無く、信用しきるほど暖かくも無い』
自分自身の決断によってそれを掻き分けて進んでいくしかない。 ただ必要なのは決断、それ一つだけなのです。
友よ、明けない夜はありませんが、僕達の夜は自ら動かなければ朝は来ることなどないのです。
かつての僕がそうであったように君が君自身を取り巻く現状と不幸、不安に打ちのめされて動けなくなる前にどうか一緒にこの国へ来て空を見上げてください。
この『夜薄き国の空』を。
そしてその結果として君が僕と同じ結論にたどり着けることを心より願っています。
我が友人へ友情を持って送る。
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