永遠のヴァイオレット

黒やなぎ

プロローグ

 空は蒼く、暖気を孕んだ優しい風が街の中を駆け巡る。


 並みいる木々はこそばゆそうにその身を揺らし

サラサラと笑い声をあげては身に纏った白い花弁が風を友に舞い上がる様子は大都市フィレスデニアに新しい季節の訪れを知らせた。


 いくつかの区画に分けられた大都市の一角でその日、葬儀があった。


 参列する人々は色とりどりの花壇が続く道を抜け、辿り着いた先に見える教会の中へと続く。

壁面には無数の蔦やヒビの数々が張り巡らされ、その長い年月を表している。


 中では開放された天窓より降り注ぐ光が祭壇の前に安置された棺を照らし、中では生前好きであった紫色を基調とした花々に囲まれ、穏やかな顔を浮かべた彼は永遠の眠りについていた。


 彼が従えたギルド「シオン」の面々やギルド区の顔馴染み達は勿論の事、普段外との接触を避ける日のささぬ一角ブラックポストの人々をもが区画の壁を越え、作られた長蛇列は屋外までに及び静かに眠る彼を一人また一人と見送っていく。


 皆の表情は一同に暗く、啜り泣く声は絶えることはない


「ねぇ、何でみんな泣いてるの?」


父親に手を引かれた男の子は普段見せない親の姿に不思議そうに首を傾げ、その顔を覗き見る。


「それはね、皆んな悔しくて泣いているんだよ」


答えを聞いても良く分からない、と表情を浮かべる息子少しに間をおいて父親は付け加えた。


「みんなこの人に返しきれない程の恩があるんだ、でももう返せない、だから今まで自分達は彼の為に何をしてこれたんだろうって」


 眠る男の顔を見送る度に、参列する者達は思い出す。


彼によって与えられた笑顔と平穏を


彼によって守られた大切な人達を


彼によって創られた数々の偉業とその歴史を


そして、そんな彼の為に何もできなかった自らの無力さを。


 大都市フィレスデニアで”英雄”と親しまれた男はもうこの世には、いない。

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