第14話
耳のあたりが急にぐわんぐわんしてきたせいで、不快さに飛び起きてしまった。
目の前が真っ暗だった。
実際に陽が落ちていて、寄りかかっていたエアコンの室外機がぐわんぐわん音を立て震えていた。
起き上がってみれば、ここはどっかの繁華街の路地裏っぽい。飲食店の看板が見える。一歩外に出れば、いつもの通学路。駅の改札口から出てすぐのあたりだ。
スマホの時計が午後七時過ぎを示す。夕焼けが沈み、既に街灯まで灯り始めていた。
あのヘンテコな蜘蛛の怪物なんて、どこにも見当たらない。崩壊した建物も嘘みたいに元のまま。駅からぶち抜かれた大穴なんて、最初からなかったみたいに。
自転車のおばさんが目の前を通り過ぎていく。
やっと元の日常に返ってこられたんだ。今までのがぜんぶ幻だったとしたら、七月先輩や二挺拳銃のあいつも幻だったのかな。
立ち上がって周囲を見回す。でも先輩たちらしき人影は近くに見つけられない。
困ったことに、あの空想魔術ってやつが発動してからの記憶が曖昧だった。
僕はあの時、独特の世界観みたいなのに突き動かされていたんだ。自分の目に見えるものや感じられる事象を、まるで小説を書くみたいに頭の中で表現し続けていた。そして中二病っぽくカッコイイ文体でそれを〝記述〟するほど、〝僕〟がより強まる感覚があった。
あれが〈空想魔術〉ってやつだったのかな。
それにしても先輩たち、僕を放置して帰ったとかだったら、扱いちょっと酷いよね。
「それとも、まさか……僕のせいでふたりとも消滅しちゃった、とかだったら……」
もしかして僕の秘めたる力が暴走して、二人とも消滅? まさかの展開すぎるでしょう。
「せっ、せんぱーーーいっ!」
なんか怖くなってきたし、無我夢中で先輩のことを呼んでしまった。
「七月せんぱーいっ! どこいっちゃったんですかーっ!!」
蝉の鳴き声が戻ってきている。道路を車が行き交っている。人の生業が感じられる。さっきの路地裏で野良猫がにゃあと鳴いている。
「七月せんぱーい!」
にゃあ。
「なっ、ななちゅきしぇんぱーい!」
にゃっ、にゃあ。
おい、ちょっと待て合いの手はいいんだ猫。
鳴き声に振り返ってみれば、僕が寝てた場所に色々落ちてて、そこの暗がりと一体化するように、真っ黒い猫が座ってた。
「これこれ、おまえは呼んでない。……おまえかわいいな」
僕まっしぐらに撫でたね。野良っぽいのに毛並みがやたらツヤツヤだし、人間に慣れてるのか近づいても逃げなかったし。
最初はその黒猫が捨て猫で、タオルか何かに包まれているのかと思い込んでた。
でもスマホの灯りで照らしてよくよく見てみれば、そいつは白いシャツだった。その下に、濃い臙脂色のチェック柄。細かいプリーツ。うちの学校のスカートだ。
あ、ぱんつも発見。シルキーなピンクにチョコ色のフリル、こいつぁえっちだ……脳内ストレージが爆発しました。
「……って、一体全体ナニゴトなのこの状況……」
ゴクリと唾を飲み込んでしまった。誰かに見られたら僕の身の潔白がヤバい。ピンクのブラの下を潜ってきた黒猫君、また「にゃあ」とか鳴くし。
でも持ち主が身に着けていたらしいアクセサリー類とポーチ、それに携帯電話まで落ちてたのを見てしまっては、踏みとどまるしかない。さすがに事件性あり、だよね。
落ちてたのは今時珍しいガラケーで、こんなエロ下着を装着する世代には不似合いな子どもっぽいストラップ付き。
あ、これ女児アニメのだ。魔法少女に変身して戦うやつ。
「はて……ここから導き出される被害者像は……」
そこで黒猫君と目が合う。
落っこちてたアクセサリー、なんか見覚えのある金の輪っかだし。それにこいつ、よく見てみたら瞳がオッドアイだ。
銀と赤。さすがに、まさか、ねえ?
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