Episode 16 突入

78・帰還

 輸送センターの転移装置が青白い光を放ち始め、転送中の警報が室内に響く。慌ただしく動いていた面々は装置中央を注視した。転送元はunknownとあるが、島の施設からだということを皆知っている。ディック・エマードの指示通り島へ向かったハロルドらが戻ってきたのだ。

 荷運びをしていたフォークリフトが後退り、作業用ロボットが荷物を持ったまま装置から離れた。埋め込み型転移装置の同心円状に皆距離をとる。


「転送終了まで、五、四、三……」


 次第に強くなる光を背に、監視モニターを見つめカウントを始めるバースだったが、固唾を呑んで見守っていた周囲が大きな声を上げるのに驚き、途中で声を止めた。

 ざわめき、ある者は悲鳴を上げ、ある者は嗚咽する。人垣で、バースには肝心のものが全く見えない。背の低い彼は苛立ちながら、群衆の中をかき分け、騒ぎの中心まで進んでいく。


「他の三人は」


「何があった」


 耳に入る言葉は、バースの中で嫌な予感をかきたてる。まさか誰かが犠牲に。思いながらも首を振り、更に進んだ。


「俺たちにはあれ以上、どうすることも出来なかった」


 暗く沈んだハロルドの声が、やっと彼の耳にも届いた。


「すまない……」


 数十人が取り囲んだ装置の中央に、座り込んだ二人と、その前で立ち尽くす一人の影。ハロルドと、もう一人はEUドーム戦闘員のウッド。二人が頭を垂れていたのは、他ならぬディック・エマードだ。

 戻ってきた二人の上半身は裸、濡れて冷えきった身体は青白く、紫になった唇を奮わせている。雨と泥で汚れた作業ズボンには所々に赤いものが混じって見えた。血だ。ほんの一時間ちょっと前に五人で向かったはずなのに、戻ってきたのはたったの二人。途中で三人――キースとアレックスとベンが果てたのだと、納得せざるを得ないような彼らの落胆振りが、バースの胸に刺さった。


「TYPE-Cは」


 見下ろすディックの冷たい声。


「それは大丈夫。ヤツら、施設もろとも俺たちを消そうと、化け物を送り込んできた。今頃、あそこは消し飛んでる」


 ガタイのいいウッドさえ、すっかり生気を失っていたが、ハロルドよりも幾分か気力があるように見えた。


「そうか」


 それだけ言うと、ディックは何度かうなずき、踵を返して群衆を割くように立ち去っていった。

 ――犠牲を払って任務を遂行した二人に対して、それだけ、たったそれだけなのかと、バースは思ったが口には出さない。彼が誰かを気遣うとか、誰かの身になって考えるとか、そういうことはまずあり得ないとわかっているからだ。

 単に口下手なのか、それとも、元々そういう感情を持ち得ていないのか、バースには判断出来ない。彼という人間を知るにはまだ若すぎるのだと、必死に自分を納得させていた。

 そんなことよりもまず、今は戻ってきた二人のケアをすることが先決。さっとハロルドの前に進み出て、バースは彼の肩に自分の上着をサッと掛けた。

 ぐったりと力の抜けたハロルドは、まるで別人のように老けきっていた。救護班が駆け寄り、タオルと毛布、それからソフトドリンクを差し出しても、自分から受け取ることは出来ないくらい尽き果てている。ほらしっかりしてと、タオルと毛布で身体をくるみ、口元までストローを持っていってやる。悪いねぇと薄ら笑って、ハロルドはやっと一口二口、飲み物を含んだ。


「ねえ、ハル。向こうで、何があったの」


 恐る恐る尋ねるバースに、自力でタオルを身体に巻き付けながら答えたのはウッドの方だった。


「任務は正直、何とかなったんだ。冷凍庫がどうのってヤツね。問題はその後。敵は転移装置からロボットの化け物を送って寄越した。それに、喰われた。俺たちの行動は、敵に全部見張られてるんだ」


「見張られてる?」


「そう。俺たちが島へ行った直後に現れた敵は、俺たちを予定外だと思っていたようだったが、そいつらを冷凍庫に寄越したヤツらは、全部わかっているようだ。つまり、親玉だと思うんだが――そいつは、俺たちの行動も全部知っていて、もしかしたら冷凍庫の中身を狙われていることも知っていて、わざと手下を寄越したりロボを送って足止めしたりしたんじゃないかと。これは俺の憶測だけどな」


 整わぬ息を無理矢理整わせるようにして、ウッドはまだ幼さの残るバースに、真剣に語ってきた。ハロルドほどではないにしても、やはり全身から疲労感が滲み出ていたし、上着を脱いで露わになった隆々とした筋肉も、張りを失い、固くなっているように思えた。

 救護班の女性が、ぐったりと項垂れたハロルドに点滴を打ち始めている。限界が来たのか、視点が合わずフラフラとしているのが傍目にもわかった。呼びかけているが、反応も鈍い。担架が運ばれ、その上に寝かされると、ハロルドは安心した様子で目を瞑った。


「バース、ディックに伝えてくれないか」


 ぐったりと両手を垂れ、苦しそうな息の合間に、ハロルドは呟いた。


「ヤツは、リーはやっぱり生きてるんだ……」


「何言ってンだよ、そういう大事なことは自分で言わなきゃ。少し寝れば回復するから。な、ハル。ディックがさっき、フレディをビルに転送させたんだ。事態はちゃんと進展してる。エスターだってジュンヤだって、いずれ戻って来られるよ」


 返事はなかった。

 担架がゆっくりと床から離れた。



 *

 


 中央監視ドームの中心部、監視棟の螺旋階段の根本を潜り、トリストのある内部監視室へと入っていく。マザーと接続されたままのトリストはまだ修理中のようだ。むき出しのままの配線は、少しずつ纏まってきてはいたが、それでもまだあちこちに部品を広げて何人かが作業をしている。そんな中、骨組みだけになったトリストに乗り込んだ半トランス状態のアンリを、ディックは目視で確認する。アンリもまた、ディックが再び訪れたことを確認して、すっと右手を挙げた。


「マザーに接続しながら作業が出来るってのはホントだったんだな」


 フルフェイスヘルメットに隠れて全く表情は見えないが、アンリは調子よく笑っているのか、小気味いい声を出した。


「褒めてるんだ、ありがと。で、フレディとかいう犬ロボットは? うまく転送出来た?」


「まあな」


 骨組みに少しだけ補強した程度のトリスト本体の中に無理矢理収まったアンリは、間違いなくマザーとの交信状態にあった。彼の目にはマザーが映っていて、彼女と共に三次元のディックを眼前に捕らえているような感覚なのだろう。

 まだ補強が万全でない骨組みに右手をかけてディックは中を覗く。

 マザー・コンピューターに侵入していることを示す数値や、アンリの精神状態をチェックするメーターが、丁度いいところで増減していた。


「マザーに聞きたいことがある。頼めるか」


「いいよ。どうぞ」


 まだ監視室内には作業員がいて、板金を直すバチバチとした音が鳴り響いていた。接続状況を常に監視する必要があるため、スタッフの少年がモニターを注視している。指示を飛ばす声も盛んで、とても静かだとは言い切れない状況。いくらアンリが、マザーに入り慣れていると言っても、身体に負担がかからないわけではなさそうだ。

 ディックは思いながらも、躊躇することなく彼に話しかけた。


「フレディの動きを、詳しく確認したい。先にマザーに頼んだビルの見取り図をくれ。それから、政府ビルの内部で、フレディを匿うか、誘導してエスターの所まで行ってくれるような協力者がいるなら、そのリストアップを頼みたい」


「犬ロボを直接突入させるわけじゃないの」


「それは無理だ。いくらなんでも、ロボットが単体でビル内部をうろうろしていたら、不審に思われ回収されるのがオチだ。協力者が要る」


「協力者ねぇ」


 渋々と、彼は正面を見直して、マザーとの交信に戻った。

 アンリの眼前でも、マザーはやはり女性のシルエットだった。しかし、それはエレノアではなく、別の女性。アンリの母親の姿に似ていた。脳内で再生される声も、エレノアではなく彼の母のものであったし、アンリ自身、マザーと交信するときは、自分の母親に会いに行くのだという感覚をずっと持ち続けている。幼くして母親と別れた彼は、トリストの存在をある科学者に教わったとき、それは母親と会える装置なのだと思い込んでしまった。目の前に現れる女性が、母親ではなくマザー・コンピューターなのだと知っても、母と会う感覚だけを求めて、何度も何度もトリストに乗り込んだ。例えそれが危険な行為なのだとしても、一瞬の安らぎと意識が電子化されていく快感には変えられず、中毒者のように通い詰めた結果、現実世界と電子の海、その両方に意識を置く方法を見出したのである。


「協力者リスト……とは言わないまでも、政府ビルにいながら、反政府的な立場をとっている人間のリストなら何とか。この中から適度な人物を更にリストアップ。……簡単には発見出来ないか。マザーも苦労してる」


 沈黙が何分か続く。


「――あ、出た。“DNA分析室”。ここの研究員の一人が、ネオ・ニューヨークシティのメイン・コンピューターに頻繁に不正アクセスしてる。その目的の大半が“コード廃止論”に関する……これは、キョウイチロウ・ウメモトとかいう人が書いた論文らしい。反政府的だと、学会を追放された人間が書いた論文だって」


「それだけで、協力者になれるかどうか判断するのは難しいな」


「まあ、そうなんだけど」


 また無言。

 アンリはそうやって、何度も現実世界と仮想世界を行ったり来たりして、会話を繋いだ。


「一番最近……、キョウイチロウ・ウメモトのDNAデータが照合のため呼び出されてる。ウメモト、どこかで聞いたことがあるような」


「ジュンヤだな」


 黙っていたディックが、ぴくりと反応してぐっとしゃがみ込んだ。目線をトリストに乗り込んだアンリと同じくして、自慢の口ひげを右手で擦った。


「恐らく、何かの弾みで、ジュンヤとそいつらが接触したんだ。……とすると、ジュンヤはある程度、事実を知ったかも知れないな」


「と言うと」


「人の話を全く聞かないガキが、ようやく俺たちの行動の真意に気づいたのさ。悪い展開ではないな」


 ディックはそう言って、頬を緩めた。 

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