第8話 リダウト6

「魔物の増減?…知らないなぁ」

「さぁ、特に変わったことはなかったよ」

「この村には、神のご加護があるからね。そんなことは起こらないよ」




「はぁ…」


情報という情報は得られず、溜め息を漏らす。問題の答えに掠りもしない回答ほど面白くないものはない。第一、依頼はカウラの住民からのものではなかったのか。しらばっくれんなよ、と。ジオンは残念な気持ちと、少しの悪態をつく。この狭い村、かれこれ一時間は喋っている。顎と口が疲れた。もちろん仕事でだけではなく世間話も折り込んでだが。何が目的でここに赴いたかの意識が霞んでいるようだ。


(…神のご加護、ねぇ…)


先程、男性が言っていた言葉を反復してみる。神…この世界に大きく携わっている存在。信者は後を絶たず、宗教も発端しているという。本当にいるのかはさておいて、いようがいまいが感心はない。単純に、自分には関係のないことだと、端から放ってしまっていた。


(…うん)


ジオンは一人頷いた。

収穫はないが、これ以上の進展はなさそうだと怱々に判断し、民家の前にあるベンチにドカッと座った。息を吐く。足を投げ出し寛ぎモードだ。完全に集中力を切らした様子。

村を一瞥した。大木があちこちに立ち並び、家に陰を作っている。通路は草が刈られていて、地面が見える。繁ってはいないが、両端は芝生になっていた。きっと、村人が歩きやすいように手入れしているのだろう。奥には畑があり、白のタンクトップで角刈りの男性が鍬で土を耕していた。気難しそうな初老の男性だ。隣には麦わら帽子の案山子が我が物顔をして立っている。その右奥は木の十字架が置かれた小さな墓地がある。いつリヒトは書斎から出てくるだろう…。

遅いなと、仕事を放棄した自覚のないジオンは気儘に彼を待つことを決める。睡魔が夢中へ誘おうとする中、ぼんやりと俯いていると、ふと人影がジオンに近付く。白いワンピースの裾が、視界に入った。


「あの…」


声がして、ジオンは顔を上げる。そこには一人の若い女性が佇んでいた。

焦げ茶の腰まであるストレートの長髪、左目の下に泣き黒子があり、垂れがちな目の女性だ。不安そうにジオンを見ている。


「り、リダウトの方、ですか?」

「そうだけど…」

「少し、お時間をよろしいでしょうか…?」


小さな声で、弱々しく途切れ途切れに発言する。耳を棲まさなければ、恐らく捉えられないだろう。


「? ああ」


何だろう、と、ジオンはそれを聞いて腰を浮かせる。


「あ、お座りなっていてください…!」


そんなジオンに焦りながら両方の掌を向け、女性は座るよう促した。何故このような反応をするのか、大丈夫なのか。瞬きをすると、再びベンチに座る。様子を確認して、女性はたどたどしく、挙動不審にジオンの顔色を窺う。


「で、では、お話を…」


暫くして話を切り出そうとした女性に、ジオンがふと口を開く。


「ちょっと待って。アンタもここに座りなよ」

「え…?」


ここ、と隣を軽く叩く。女性は突然の言葉におろおろと視線を踊らせた後、ちらりとジオンを見る。やはり動作がぎこちない。


「立ちっぱなしは疲れるだろ?オレも座ってるし、お愛顧」


半ば苦笑しつつ笑いかける。すると、女性は瞬く間に赤面し、体を強張らせた。可哀想な程動揺しているなと、心配になってしまう。視線を右往左往させた後に、ポスン、と腰掛ける。空気を含んだワンピースが、少しだけふわりと膨らむ。


「…あ、あの」

「ん?」

「…すみません」

「いや、謝らなくていいから」


俯いて、更にか細い声で謝罪をする。何故だか、先程よりも距離を置かれたような。隣にいるのに、不思議なこともあるものだ。

さて、どうしたものか。

ジオンは頬を掻く。


「あ、そういえばアンタ、名前は?」


ごく自然に、尋ねた。長い髪の間から、顔が僅かに見える。ライトグリーンの瞳が、上目遣いにこちらに向いていた。


「名前、ですか…?」

「話をするにしても“アンタ”じゃ駄目だろ?ちゃんと呼びたいし」

「…、ロト、です」

「ロト。ロトか。かわいい名前じゃん。アンタに合ってるな」

「…ありがとうございます」


すると女性は、益々顔を紅潮させ、体を縮こませる。今度は蚊の鳴くような声で礼を言う。しかし喉から絞り出しただけのようである。彼女の緊張を何とか解そうとした筈が逆効果になってしまったようで、その理由が全く分からない。寧ろ、「年上の人みたいだから、綺麗の方がよかったかな?」と斜め上に勘違いをしていた。―――消化できないが、埒があきそうにもないので、まぁいいかと切り替える。


「オレはジオン」


よろしくです、と付け加え、敬礼。先ずは簡素な自己紹介。


「ジオン、さん」

「呼び捨てでいいよ」

「っそ、そ、それはちょっと…」

「…そっかぁ」


ややあって、


「じゃあロト。話って何?」

「あ、そ、そうでしたね…」


一拍置いて、口を開く。


「じ、実は私、猫を飼っておりまして…」

「猫?」

「はい」


ゆっくりと話始める。

その猫はチコ、という名の白猫らしい。


「この村中のどこを探してもいないんです…。出歩いても、夕刻には必ず帰ってきていました。でも、今日で三日。姿を見せません…」


膝に置いてある手でワンピースの裾を皺になるほど強く握り締める。心配で、不安なのだ。小さな命、されど大きな存在。大切だという想いの表れ。その意思を、ジオンは深々と感じ取り、真激な面持ちになると、一人頷く。


「分かった。要するに、捜索依頼ってことだな」

「はい…」

「よし、依頼を承りました。完遂まで暫くお待ちください。っと」


ぱっ、とロトが勢いよく顔を上げジオンを見ると、彼は、にこりと笑っていた。───彼はそう言ってはいるものの、本来依頼受注というのは、依頼を受け取った責任者が否応を決め承り、現場に向かう者達に言伝て実行する。ジオンは責任者でもなければ、話を通せるだけの権利を持っていないしたっぱだ。


「い、いいんですか…!?」


途端に、ロトの表情は明るくなる。


「ああ」

「あ、ありがとうございます…!」

「任せろ、チコちゃんは必ず見つけてやるからさ」


断言をする。ジオンにも、その猫に対する想いが分かるからだ。絶対に見つけてやると、心に誓う。―――そこに、こちらに近付く一つの足音が聞こえた。ジオンは視線を向ける。そこには、見慣れた姿があった。


「おっ」


帰ってきたのかと、口にしようとした瞬間、ジオンは顔を引き吊らせた。

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