第84話『報酬』

 長い長い光の先に、見えたものは……。


 二十人の少女達だった。


『見事に選別をクリアしたようですね』


 少女達の淡々とした声が、戻りたての僕の意識を混乱させる。


「えっと、ここはどこ?」


 まるで記憶喪失のような言い種だが、いきなり、見知らぬ場所で目覚めた人間の反応としては妥当な所だろう。


『ここは、迷宮区付近の空き地です。アリス様の命令により、私達が皆様を運び出しました』


 何もない開けた土地に、探索メンバーの全員が倒れている。いや、全員ではない。リザの姿が見当たらない……。


「よう、やっと目覚めたか」


 その声につられて後ろを振り向くと、そこには、力強く笑っているリザの姿が。


「よかった、無事で……」


 今にして思えば、僕があのゲームに勝利したからといって、彼女らが確実に助かる保証は無かったように思える。


『いいえ、アリス様は必ず約束を守られるお方です』


 僕の心の内を読んだかのように、アリス・ステラの傀儡達が語る。


 それにしても、これだけのリスクを抱えて成し遂げた迷宮区攻略の割に、勝ち得た物がないと言うのは釈然としない。


『いえ、報酬ならあります』


 またしても、僕の心の声に反応する彼女達。そう言えば、アリスコードがなんたらと言っていたが、あの時に、精神の同調がなされたのだろうか。


「報酬?」


 どこにも見当たらないが……。


『私達が報酬です』


「え?」


『つまり、私達の生殺与奪の権利が報酬というわけです』


 淡々と自らの命を明け渡す傀儡達。


 あまりに急な展開に、何を言うべきか判断がつかない。


『不必要であれば、処分することも可能です』


 アイと同じ容姿にも関わらず、彼女達はアイとは全く別の存在であることが、その言葉から明確に伝わってくる。


『識別ナンバー102は特別な存在です。失敗作の私達とは違う』


 平坦な声音のまま、彼女達は当たり前の事実確認をするように、自らを卑下する。102とはおそらく、アイのことを示しているのだろう。


 いつの間にか意識を取り戻していたアイが

僕の隣にまで来ていた。

 彼女の瞳には不安の色が見て取れる。


「大丈夫だよ、アイ。処分なんてするわけないだろ?」


 僕のその一言に小さく胸をなでおろすアイ。

 思考を共有しているはずなのに、口にする言葉によって安心することもあるんだな。


 それに、言ってみればこの子達はアイの妹のような存在だ。


 しかし、彼女達を全員連れて行くのは少々、現実的ではないな。そもそも、迷宮区を攻略出来たのは、全員の力があってのことだ。その報酬が彼女達ならば、僕が全員を連れて行くのはそもそも筋が違う気もする。



 そんな思考に頭を悩ませていると、意識を失っていた他のメンバー達が目を覚まし始める。


 知らない場所でいきなり目がさめた状況に、皆が一様に驚く中、二人の族長だけが目を覚まさないでいた。


 目を覚まさないカルブ族長に、目覚めたばかりのセレネが駆け寄る。


「おじいさま……」


 セレネの頬に、一粒の涙がゆっくりと伝う。


 そんな様子を見兼ねてか、ソピアさんが口を開く。

 

「悪趣味ですよ、カルブ族長、それにカプリス族長まで」


 ソピアさんがそう言うと、意識を失っているはずの二人がゆっくりと立ち上がった。


「なんじゃ、気づいとったのか、孫娘に心配されるのも悪くない気分でな」


「まったく、ジジィはそのまま永眠すれば良かったのにね〜〜」


 先程まで、ピクリとも動かなかった二人が息を合わせたかのように喋り出した。


「あ、あれ? おじいさま? 身体は大丈夫なのですか?」


 セレネが動揺しながらも問いかける。


 この二人の族長は体を張って、リザードマンの腸が染み込んだ酒をかっ喰らったはずだが……。


『マスター達が最後の部屋の選別をクリアした時点で、各フロアの行き来が自由になり、私達が意識を失ったお二人に解毒剤を飲ませたのです』


 僕の心中に反応し、その問いに、すぐさま答える彼女達。そこに乱れはなく、二十人の少女達全員が同時に言葉を発した。


 ようやく、全員の意識が戻ってきた所で僕は、迷宮区での最後の選別についてや、その報酬が彼女達であることを含めた、一連のあらましを皆に説明した。


「なるほど、この子達が、報酬なのか……」


 複雑な表情を浮かべ、小さく呟くソピアさん。


「二十人ともなると考えものじゃのう?」


 カルブ族長が長い髭に手をやりながら言う。

 すると横からゲヴァルト族長が意見を出す。


「単純に四種族とフィロスとで四人ずつ連れて行けばいい話じゃねーか」


 数字の上ならば、それで解決するが、果たして彼女達本人はどうなのだろうか。


「君達自身は、仲間とバラバラになってしまっても良いのかい?」


 僕はゆっくりと問いかける。


『はい、構わないです。私達には102号のような強力なクロスドメイン能力はありませんが、その分、通信機能では優れています。遠く離れていても、それぞれの個体同士での思考の共有は可能です』


 彼女達の発言に皆が首を傾げている。おそらくは、発言内容に聞きなれない単語が混ざっていたのだろう。


「それはつまり、離れていても君達二十人の間では思考が共有されているということ?」


『はい、その通りです。私達は元々、戦闘と連絡を目的に作られた物ですから』


 彼女達の息の揃った返しに、真っ先に反応したのはソピアさんだった。


「それは、私達にとっては朗報だね。今までは異種間における連絡手段と言えば、早馬か大規模な精神魔法だったわけだけれど、それが必要なくなるのだね、彼女達を通せば?」


「なるほどのぅ、それは便利じゃ」


 カルブ族長に続いて、他の族長達も首肯する。


「では、この件に関しては、これで決まりですね」


 僕がそう締めくくろうとした瞬間、彼女達が揃って僕に問いかけてくる。


『いえ、まだです。マスターは重大な事を忘れています』


「え?」


『どの個体がマスターに直接付き従うのか、決まっておりません。指示を下さい』


 二十人分の少女達の視線が全く同時に僕を射抜く。


「え、えっと、じゃあ挙手で?」


 どうせならば、やる気のある子を連れて行きたいと言う安易な考えでの提案だったのだが、この一言は迂闊だった……。


 僕の発言が終わるや否や、全く同一の腕が、同じ速さで素早く上がり、二十人の少女全てが手を挙げる形となった。


『マスター、この中から四名を選んで下さい』


 二十人の少女達に詰め寄られる僕。


「そう言われてもなぁ……」


 選べと言われても正直なところ、今の僕には、彼女達を見分けるすべがない。


「ならば、ここは、識別ナンバーが一番古い420の私でしょうね」


 そう言って、一人が、横並びの列を崩し、一歩前に出る。その一歩が呼び水となり、彼女達のアピール合戦の火蓋が切って落とされた。


「いいえ、冷静になりましょう。マスターの周囲を見て下さい。若い少女ばかりが集まっています。つまり、マスターは若い少女が好きなわけです。なのでここは、識別ナンバーが一番最新である650の私が相応しいのではないかと提案します」


 長々とした説明を淡々と語る650番。

 僕の尊厳が傷つけられているように感じるのは気の所為だろうか。


「そうか、フィロス君は若い子が好きなんだね?」


 人を試すような笑顔で問いかけてくるソピアさん。


「え? いや、その」


 そもそも、この世界での僕は十歳前後の見た目をしている。僕から見た若さの定義が曖昧だ。


「若い方がいいわよね⁉︎」


 アンス王女が急に横から入ってくる。

 そこには、えも言われぬ迫力があった。


「フィロスが420番を選ぶのか、はたまた650番を選ぶのか、見ものだな!」


 そう言ってリザが楽しそうに笑う。


 そもそも、僕の趣味思考と、製造ナンバーの新しさは無関係だと思うのだが……。


 まぁ、迷った時の言い分は決まっている。


「じゃあ、どっちもで」


 僕がそう言った瞬間、先程まで言い争っていた420番と650番は、一部のズレもなく同時に小さくガッツポーズをとるのであった。


「フィロス君、欲張り……」


 ラルムの小さな呟きが、何故だか心に刺さる。


 * * *


 あれから数時間が過ぎ去り、辺りはすっかり闇に包まれている。


 話し合いの末、彼女達の引取先も決まり、迷宮区探索の合同チームは解散となった。


 とは言っても、僕達に行くあてなどはなく、ひとまずは、ヘクセレイ族の里でお世話になる運びとなった。


 僕達は現在、ヘクセレイ族から用意して貰った部屋へと通されていた。部屋とは言っても、ガラス作りのモノなので、外からは筒抜けなのだが。これでは、部屋を区切る必要性があまり感じられないな。


 清潔感のある広い部屋にはベッドが五つ。


「あれ、ベッドが足りないわね」


 部屋を見渡したアンス王女が開口一番にそう言った。


『いえ、大丈夫です。私達に睡眠は必要ありませんので』


 アリスのお人形さん達が口を揃えてそう言う。


 今日は本当に疲れる一日だった。

 これ程濃密な一日を過ごしたのは初めてかも知れない。


 付きまとう疲労感が、僕の足を自然とベッドへと向かわせる。


「今後の方針や、今回の迷宮区攻略について色々と話はしなければいけませんが、今日は一旦、休みませんか?」


 正直な所、今日はもう、頭が回る気がしない。


「それもそうだな!」


 背の大剣を壁に立てかけながらリザが頷く。


『すみません、マスター、報告したい事があるのですが』


 同じ顔の少女達が同時に僕に語りかける。


「明日でもいいかい?」


 今はあまり、考え事をしたくはなかった。


『はい、私達は構いません』


 そう言って、すぐに引き下がる彼女達。


 その言い回しに若干の違和感を覚えたのは確かだが、今はそれよりも、身体が休息を欲していた。


 僕はその違和感を抱えたまま、重くなった目蓋をゆっくりと閉じるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る