第67話『ルーツ』

 四種族の族長達の挨拶が始まった。


 現在、壇上に立っているのは、ククル族の族長であるカルブ族長だ。


「ククル族、族長のカルブじゃ。年に一度の異種間が集うこの場を皆が手を取り、実りある時間にしていこう。ワシからは以上じゃ」


 カルブ族長が壇上から降り、次はマオ族の族長が壇上に立つ。


「マオ族の族長、カプリスだよ〜。よろしくね〜」


 猫耳をピョコピョコと動かしながら緩い挨拶をするマオ族の族長。ククル族とは対照的でとても若い女性の族長だ。気まぐれに揺れる尻尾が視線を集める。

 そうして一言、挨拶を済ませた彼女は、楽しそうに壇上を降りる。


 そして、今度は落ち着き払った女性が壇上に上がる。


「ヘクセレイ族、族長のソピアです。最年長の族長として、明日の本会議では公平な視点で会議に臨みます」


 抜けるような白い肌に、尖った耳が印象的だ。緑色の髪が背中にまで伸びており、その姿はまさに絶世の美女と言える。

 この女性が最年長と言うことは、カルブ族長よりも歳上なわけか……。信じられない。


 最後に壇上に上がったのは、オグル族の族長だ。


「オグル族、族長のゲヴァルトだ! 明日の会議に向けて今日は皆、美味いもんをたらふく食べて、最高の酒に酔いしれようではないか!」


 壇上の上で木製のジョッキを片手に乾杯の音頭をとるゲヴァルト族長。

 彼の声に合わせて、オグル族の屈強な男達が木製のジョッキを掲げる。


 その勢いにのり、他の種族の人達もジョッキを手に取り乾杯する。

 長テーブルの上には様々な料理が並んでおり、立食形式でディナーが楽しめるようになっている。


 族長達の挨拶も終わり、皆がそれぞれ料理に手をつけ始めた。


「このお肉、柔らかくて美味しいですね」


 アイがお皿に盛ってくれたお肉を食べ、そう口にする僕。


「そうね、多分この肉は……」


 アンス王女が何かを答えようとした瞬間、その言葉の続きを正面から歩いてくる青年が引き継いだ。


「その肉はアペティラビットだべ」


 先程、アンス王女と一悶着あった、オグル族のマハトという青年が言った。


「なんの用?」


 アンス王女が、少し棘のある声音で問いかける。


「負けたまんまで引き下がるのは、オグル族の名折れだべ、オラとこいつで勝負だ!」


 そう言って彼は木製のジョッキを掲げた。


「私はまだ、十二歳よ? 私の育った国では、お酒は十五歳からだから」


 きっぱりと誘いを断るアンス王女。


「おめぇは護衛としてここにいるんだべ? ならおめぇも戦士だ! オグル族のしきたりでは、戦士は戦士からの酒を断らねーんだ」


 少し興奮気味に早口で話す青年。

 そもそも護衛がお酒を飲むこと自体が駄目な気もするが、まぁ、僕達の任務はククル族の村と会議が行われるこの施設との行き帰りの護衛がメインとなるので、微妙な所だ。一応はヴォルフさんからも、この時間は自由にしても良いと言われてはいるが……。


「私がその野蛮なしきたりに従う必要は無いわね」


 アンス王女が冷たくあしらう。

 ファーストコンタクトが悪過ぎたのだろう……。


「オラに負けんのがこえーのか?」


 安い挑発を仕掛ける青年。


「は? 誰が負けるって?」


 安い挑発にのるアンス王女。

 普段は理知的な面も持ち合わせるアンス王女だが、勝負事となると話は別だ。


「アンス王女、アルコールはまずいんじゃないんですか?」


 僕が耳元で問いかける。


「大丈夫よ、身体魔法の応用で体内で分解出来るから」


 そっと耳うちで返してくるアンス王女。


「マスター、そんなことよりも、さっきのお肉をおかわりしましょう!」


 アイがマイペースに言う。

 実際に自分が食べるわけでもないのに、相変わらずの食いしん坊ぶりだ。


「じゃあ、色々と料理を取ってくるから、アイとラルムはアンス王女の側にいてあげて」


 ラルムもお腹を空かしているはずだが、おそらく、人の波をかいくぐりながら、料理を手にするのは気がひけるのだろう。彼女の分も取って来てあげよう。

 そう思い、僕は料理の並んでいる長テーブルへと向かう。


 先程食べたお肉を皿に盛り付けようとした瞬間、不意に隣から綺麗な声がした。


「ねぇ、君、名前は?」


 深く澄んだ、美しい声に惹かれ、横を振り向く僕。振り向いた先には絶世の美女が一人。この美しい声の持ち主に相応しい美貌だ。人目をひく程の肌の白さに、特徴的な尖った耳。この人は……。


「フィ、フィロスと申します。えっと、ソピア族長ですよね?」


 ヘクセレイ族、族長からの突然の問いかけに戸惑いながらも答える僕。


「急にすまないね、君の精神が面白いことになっていたから、つい話しかけてしまったよ。あと、私は君の族長ではないのだから、ソピアでいいよ」


 楽しそうに微笑みながら、ヘクセレイ族の族長がそう言った。


「では、ソピアさんと呼ばせていただきます」


「うん、それで構わないよ、フィロス君」


 そう言って、僕の返事に満足気に頷くソピアさん。


「えっと、僕の精神が面白いと言うのはどう言う意味で?」


 ソピアさんの言葉の真意がわからない。


「あぁ、君は普通の人間なのに、私達ヘクセレイ族と似た特性を持っているようだったから」


 彼女の美しい両目が僕を射抜く。

 まるで何かを見透かされているようだ。


「似た特性? どのような?」


「見た目と精神年齢が著しく離れている所さ」


 ソピアさんは事もなげに言った。

 まさか、僕の中身を見破ったのだろうか?

 だとすれば、一大事だが……。


「えっと、その」


 僕が答えに窮していると、ソピアさんが静かに語りはじめた。


「私達ヘクセレイ族の平均寿命は他の種族に比べて非常に長く、その為、外見の老化も非常に緩やかに進むのさ。だから、私達は皆、見た目が若くとも大概は年寄りなのさ。まぁ、君は年寄りと言う程ではないが、見た目通りと言うわけでもないね?」


 年寄りと言う言葉からはかけ離れた瑞々しい声が僕に語りかける。


「えぇ、少し複雑な状況でして……」


 ヘクセレイ族は精神魔法に秀でていると聞く。下手に誤魔化すのは得策ではないだろう。


「事情は聞かないさ。ただ少し、興味を持ってね。少しゲームに付き合ってくれないか?」


 優しい声音で僕に問いかけるソピアさん。


「ゲームですか?」


「あぁ、見た所によると、君も精神魔法師だろう? 私が今から、この紙に数字を書く、それを当ててみてくれよ」


 そう言って、懐から小さな紙キレとペンを取り出すソピアさん。そのまま、僕に見えないように、数字を書きはじめている。彼女がペンを止めたのを合図に、精神魔法を放つ。


「トレース!」


 彼女の思考の断片が僕に流れこんでくる。


「7ですか?」


 おそるおそる問いかける僕。


「残念5だ。君の精神魔法に対して、私も精神魔法を使ったからね。じゃあ今度は、私の妨害を掻い潜って当ててみてくれないか?」


 その声音には、君なら出来るだろう? とでも言うかのようなニュアンスが含まれているようだ。


 よし、久しぶりに試してみるか。僕は頭の中に、アリストテレスが定義した十のカテゴリーを思い浮かべる。その中から、受動についての定義を選び出し、ソピアさんの精神に流し込む。他者から作用を及ぼされる受動についての概念が、ソピアさんを惑わす。


 一瞬ではあるが、彼女の精神に隙が出来た。


「4ですね?」


 今度は確信があった。


「あぁ、正解だよ。フィロス君は魔大陸の迷宮区を探索したことはあるかい?」


 満足気に頷いたソピアさんは、そのまま問いかけてきた。


「いえ、魔大陸ではまだないです」


「ほぅ、それは妙だね? 今君が行使した精神魔法は、アリスのものだろう?」


 予想だにしなかった名前が当たり前のように出て来た……。


「えっと、どういうことでしょうか?」


 何かとてつもなく重要な事に触れている気がする。


「君は誰から魔法を学んだ?」


 僕の問いかけに、更なる問いで返すソピアさん。


「バール・シェムと言う方に教わりました」


 僕の師と言えば、バールさんで間違いないだろう。


「バール坊やの弟子か。いや、しかし、そうなると……」


 一人で考え込みはじめたソピアさん。

 バールさんと面識があるのだろうか? それにしても、バールさんを坊やとは……。


「バールさんを知っているのですか?」


「あぁ、半世紀近く前に私のもとで精神魔法を学んでいたのさ。それにしても、バール坊やが弟子をねぇ」


 記憶を振り返っているのか、とても優しい声音でそう語るソピアさん。


「あそこにいる、少女もバールさんの弟子ですよ」


 僕は、ラルムの方を指差し言った。


「ほぅ、いい目をしているね。なるほど、面白い組み合わせだ。それに、隣の青いワンピースを来た子は、アリスの人形さんだね?」


 またしても、僕にとっては重大な意味を持つ三文字が……。


「あ、あの、アリスと言うのは……」


「あぁ、君の想像通り、アリス・ステラさ。その顔から察するに、聞きたい事が山程あるようだね? なら、そうだ、明日の会議が終わった後に私の元に来るといいよ。じゃあ、またね」


 そう言って、ヘクセレイ族の人達の所へと戻っていったソピアさん。


 僕がソピアさんとの会話を頭の中で振り返っていると、後ろから馴染みの声がした。


「マスター、お肉まだですか?」


 お腹の空かないはずのアイがお腹を空かせたようにしてこちらを見つめていた。


「あぁ、ごめん、ごめん」


 僕はひとまず、お皿に食べ物を盛り付け、アイとラルムの元へと戻る。


「フィロス君、アンスちゃんが……」


 僕が料理を持って戻ると、ラルムが開口一番にそう言った。


 そこには、地に伏したオグル族の青年と、ほんの少し顔を赤くしたアンス王女の姿があった。


「勝ったわ!」


 満足気な表情で勝利宣言をするアンス王女。

 アルコールは身体魔法で分解されているはずなので、その頬の朱色はおそらく、勝利による興奮が見せる色だろう。


 オグル族は確か、身体魔法に秀でていると聞いたが、この床に倒れている青年は、それを使わずに実直に勝負したのだろうか? ある意味、真っ直ぐな性格だな……。


 あぁ、そう言えばこれは、ヴォルフさんの言う問題行動に入るのだろうか……。

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