第66話『オグル族の青年』

 イデアにおける、魔物や亜人のような存在を、ただ単に異世界だからと言う理由で、その成り立ちについて真剣に考えることを放棄していた僕だが、姉との会話をきっかけに、その謎について、ある程度の仮説を考えはじめている自分がいた。


 魔大陸には亜人種の人や魔物の類が多く存在する。なぜ魔大陸なのか? 魔大陸とは、アリス・ステラの研究が色濃く残った大陸である。つまりそれは、アリス・ステラの研究の余波が最も顕著に表れている場所であり、彼女の研究の結果、亜人や魔物が生まれたと考えるのが筋だ。そして、その研究内容には遺伝子工学すら含まれていたのではないか? そう考えれば、亜人や魔物などの特殊な存在に、ある程度の説明がつく。


 * * *


 現在の僕は、実家での生活と、ククル族の村での生活を行き来しながら過ごしており、今日はいよいよ、亜人種合同族長会議の日を迎えていた。


「マスター、いよいよですね」


 アイが少し緊張感のある声音で語りかけてくる。


「あぁ、そうだね」


 アイの問いかけに短く返す僕。


「村もすっかり見えなくなってきたわね」


 正面に座っているアンス王女が馬車の横から外を覗きながら言う。


 ククル族の村を離れ、僕達は今、合同族長会議が開かれる会場へと馬車に揺られながら向かっている。僕達の馬車は、族長の乗っている馬車の真後ろを走っている形だ。ちなみに、族長の馬車の前にも、もう一台馬車が走っており、前後を護衛の馬車が挟んでいる。


 僕の左隣りにアイ、正面にアンス王女、そしてその隣りにラルムという形で座っている。

 ヴォルフさんや、族長の孫であるセレネは、族長の乗っている真ん中の馬車にいるそうだ。


 朝一番で馬車に乗り、今はおそらく、昼過ぎといった所か?

 馬車に揺られているだけなのだが、少し疲れてきた。


「マスター、これを」


 アイが僕の疲れを察して、木製の水筒を手渡してくる。

 僕はその中の水をゆっくりと飲む。


「ありがとう、アイ」


 冷んやりとした水が喉に心地良さを与える。


「それにしても暇ね」


 アンス王女が退屈そうに呟く。


「たまに現れる魔物は先頭の護衛さん達が倒してくれていますからね」


 時折、戦闘音が聞こえてくるが、それらの音はすぐに止むのだ。きっと前列を進む護衛が優秀なのだろう。


「予定通りならもうそろそろ着くはず……」


 ラルムが小さく呟く。


「あれかしら?」


 馬車の横から身を乗り出しながらアンス王女が言った。


 その言葉につられて外を覗くと、巨大な石造りの建物が見えてきた。


 ヴェルメリオ王国の建物も石造りであったが、それとはまた違った印象を感じる。

 ヴェルメリオの建物はどれも戦いを想定した、機能面に重きを置いた作りだったが、こちらの建物はどちらかと言えば、見栄えを重視しているように思える。


 そんな感想を抱いていると、馬車がゆっくりと停車した。


「ついたようですね」


 アイが淡々とそう言うと、外から馬車のドアが開かれた。僕達は、馬車を運転していた御者に礼を述べて外に出る。

 そして、そのまま、前を歩くククル族の人達を追いかける形で建物内へと足を踏み入れる。


「あら、内装もしっかりしてるのね?」


 アンス王女の言葉通り、建物内のエントランスは綺麗に整っており、充分な広さを感じさせる。受付らしきカウンターもあり、清潔感のある女性が数人立っている。


 会議は二日に分けて行われるが、初日の今日は親睦会のようなもので、夜には参加者達で、ディナーを食べるそうだ。なので今日は、この建物で一泊する手筈だ。


 僕は受付に向かいチェックインを済ます。

 四人部屋が一つ予約されているようだ。ひとまず僕達は、荷物を置きに部屋を目指す。石造りの階段を上り、少し長めの廊下を抜けて、与えられた部屋へとたどり着く。


 * * *


 広く清潔感のある室内で少し休憩していると、部屋の扉がノックされた。

 返事を済まし、扉を開くと、ノックの主はヴォルフさんだった。


「四種族の族長の挨拶がもう少しで始まりますので、ついてきて下さい」


 ヴォルフさんはそう言って、ゆっくりと歩きだす。僕達もヴォルフさんの背を追うようにして部屋を出た。


 案内されたのは赤い絨毯の敷かれた広いホールだ。ホール内には多種多様な人達が存在する。


 猫耳が生えているのがマオ族で、肌が白く、耳が尖っているのがヘクセレイ族だな。そして一際存在感を放っているのが、額に角を生やしているオグル族だ。皆一様に身体がデカく迫力がある。二メートル近くはありそうだ。背にある金棒の威圧感が凄まじい。

 僕がそんなことを考えながら、オグル族の青年を見つめていると、その視線に気づいたのか、その青年がこちらに近寄ってくる。


「なんだ、おめぇ、ジロジロと、見た所亜人じゃねーな?」


 威圧的な口調で詰め寄ってくるオグル族の青年。オグル族の前情報である、気性が荒いというのは本当のようだ。


「すみません、特に他意は無かったのですが、僕はククル族から依頼を受けて護衛に参加しているフィロスという者です」


「おいおいククル族はこんな子供を雇うのか」


 声を上げて大笑いする青年。


 僕は真っ先にアンス王女の姿を確認する。彼女は仲間を馬鹿にされるのを何より嫌う。

 しかし、遅かったようだ……。


「その子どもにあっさりと大事なモノを盗られているわよ?」


 アンス王女はオグル族の青年の背にあった金棒を右手に持ち、挑発的な表情を浮かべている。目にも留まらぬ早技だった。


「い、いつの間に、オラの金砕棒(かなさいぼう)を!?」


「あら? あまりに抵抗しないから、プレゼントかと思ったわ。でも趣味じゃないから返すわね」


 そう言って、相手の手に金棒を返すアンス王女。


「オメェ、名前は?」


 憎々しげな表情でアンス王女に問いかける青年。元々が赤黒い肌をしている青年だったが、その顔は更に真っ赤に染まっている。


「あら、名前を聞くときは先に名乗るのが常識よ?」


 涼しげな表情で言うアンス王女。


「オラはマハトだ」


 青年がぶっきら棒に名乗る。


「私はアンスよ、よろしく」


 アンス王女の名乗りを聞いて、大人しく、他のオグル族の元へと戻っていったマハト。

 集団の中に戻る際に、他の仲間に思いっきりゲンコツを食らっていたのが印象的だ。


「フィ、フィロス君、なるべく、今みたいなのは避けて貰えるかな?」


 遠目で僕らのやりとりを見ていたヴォルフさんがこちらに来て言った。


「す、すみません……」


 今のは僕の監督不行届だろう。


「仲間を馬鹿にされて、軽い挨拶で済ませたのだから上出来よ」


 まぁ、確かに何事も起きていないのは確かだ。


「アンス王女が行かなければ、私がいってました」


 そう言って、小さな拳を握りしめ、シャドーボクシングを始めるアイ。


「確かにちょっと、カチンときました……」


 黒に近い青色の瞳でラルムが静かに言った。


 うちの女性陣は皆、オグル族にも負けない程に、血の気の多さを持っているのかも知れない……。


「まぁ、とにかくよろしくね、フィロス君」


 ヴォルフさんは曖昧な笑みを浮かべてそう言い残し、族長の元へと戻っていった。

 ふと、今の彼の表情には見覚えがあると思い、記憶を辿ってみると、あるシーンを思い出した。あれは、僕の父が、母、姉、妹に無理難題をせがまれた時の表情(かお)だった。

 父の表情とヴォルフさんの顔が重なり、僕はもう、この二日間はこれ以上の騒動を起こさないことを心に誓うのであった。

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