第62話『四種族』
カルブ族長の家にはすでに多くの人が集まっていた。これから行われるのは、九日後に開催される亜人種の合同族長会議にむけての会議である。大きな会議に向けての小さな会議といったところか。護衛として参加する僕達も情報を共有しておく必要がある。
会議で使われる部屋は広く、部屋の奥には教壇らしき物まである。そして、その教壇を向くようにして、細長いテーブルが五列に並んでおり、それに合わせて木製の椅子が等間隔に置かれていた。
先に着いていたらしいアンス王女とラルムが僕達に気づき、軽く手を振ってくる。
最前列のど真ん中に座っている二人。おそらくは、早く着いたアンス王女が、話が一番聞きやすい位置という単純明快な理由でそこを選んだのだろう。ラルムの性格ならば後列の端に座りたかっただろうに、少し可哀想である……。
このまま違う席に座るのも不自然なので、僕達三人も最前列へと座る。
「遅かったわね、フィロス」
僕が席に座るなり、アンス王女が喋りかけてくる。
「えぇ、まぁ、話が弾みましてね」
「あぁ、なるほどね……」
セレネの方にちらっと視線を向けながら、アンス王女が言った。
「そろそろはじまるみたいです……」
周りの空気を敏感に察知したラルムが、話をしていた僕とアンス王女にそれとなく注意をする。
教壇の上にはヴォルフさんが立っており、その横には椅子に座っているカルブ族長の姿が見える。
「さて、役者も揃ったところで会議を始めるかの」
カルブ族長の一言で、場の空気に緊張感が生まれた。
「では、司会進行はこの私、ヴォルフが務めさせていただきます」
そう言って、深々と頭を下げるヴォルフさん。
「まずは、基本情報から。今回の亜人合同族長会議には、四種族の族長が参加します。マオ族、オグル族、ヘクセレイ族、そして我々、ククル族が参加します」
真剣な表情で説明を続けるヴォルフさん。
「そんな基本的な情報は今更いらないだろ!」
後列に座っている目つきの悪い男性がヴォルフさんに向かって語気を荒くし、言い放つ。尻尾がピンと立っており、敵意のような物を感じる。
「今回は外部から護衛も雇っておる。従って、このような説明も必要じゃろう」
カルブ族長が静かにそう語ると、異議を唱えた男は渋々、意見を飲み込んだ様子だ。
「では続けます。マオ族の特徴としては、我々ククル族と同じように特徴的な耳と尻尾があります。しかし、もちろん、違いもあります。我々、ククル族は他の種族に比べ、鼻がきくことで有名ですが、マオ族の特徴は、暗闇でも目が見えることや、驚異的な聴力があげられます」
習性から察するに、猫に近いイメージがある。
「次に、オグル族ですが、身体的な特徴としては、額に生える角が印象的ですね。生まれ持った強靭な肉体と身体魔法の組み合わせがとても強力です。生まれてくる子が全員身体魔法を操るのも特徴的です」
角というのは、僕が抱く、鬼のようなイメージで合っているのだろうか?
「最後に、ヘクセレイ族の特徴ですが……。えぇ、彼女らの身体的特徴は、細長く尖った耳と抜けるような肌の白さです。そして、平均寿命が長く、経験からくる豊富な知識と、精神魔法への高い適正をそなえています。後は、男女比が極端に女性に偏っており、族長が必ず女性から選ばれるのも特徴的ですね」
冒頭で一瞬、言葉を詰まらせたヴォルフさん。亡くなった奥さんの記憶が頭を過ぎったのだろうか……。
その後も、それぞれの族長についての話や、当日の役割分担や警備の配置について、つつがなく話し合いが進んでいく。聞き慣れない単語がちらほらと出てきたが、その度にセレネが小さな声で補足してくれていた。
ヴォルフさんの情報を僕なりに整理するとこうなる。ククル族が犬、マオ族が猫、オグル族が鬼、ヘクセレイ族がエルフのイメージを持った亜人である。
「では、今日の全体会議は終わりじゃの」
そう言って、カルブ族長が会議を締め括った。数人を残し、会議室から人が去っていく。僕達もその波に乗るようにして会議室のドアに手をかけると、後ろからのヴォルフさんの声に引き止められた。
「フィロス君、少しいいかい?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
ヴォルフさんの問いかけにすぐさま返事をする僕。
「先ほど説明をした亜人族なんだけれどね、それぞれに注意点があるから、説明をしておくよ」
少しトーンを下げてヴォルフさんが語る。
「注意点ですか?」
僕は話の続きを促す。
「マオ族は昔から、我々ククル族への敵対意識のようなものが強く、オグル族は気性が荒く短気な傾向がある。ヘクセレイ族は、気難しくプライドが高い。まぁ、もちろん、個人差はあるけれどね」
その敵対意識や気性の荒さ、それに気難しさなどがどれほどの程度なのかが気になる……。
場合によっては口にしてはならない禁句のようなものがありそうだ。
「育った環境や文化の差からくる違いですかね、何か触れない方がいい話題とかはありますか?」
自分達とは違う常識で育った相手とコミュニケーションを取る際には、ナイーブな部分はなるべく避けるのが定跡だろう。
「そうだね、ヘクセレイ族に関しては、プライドを刺激する発言だけはやめた方がいい、特に彼女らの文化を馬鹿にするような発言をすると後悔することになるよ……」
やけに実感のこもった声音でヴォルフさんが語る。
「わかりました。発言には気をつけます」
僕がそう返答すると、小さな微笑みを浮かべて頷くヴォルフさん。
「さて、今日はこの辺で終わりだね。引き止めてしまってごめんよ」
「いえいえ、こちらこそ丁寧な説明ありがとうございます」
「ちなみに、この後は予定あったりするのかな?」
こちらを伺うようにして問いかけてくるヴォルフさん。
「いえ、特には無いですね」
「じゃあ、娘と一緒に夜ご飯なんてどうだろうか?」
ヴォルフさんの提案に僕達はすぐに頷いた。
* * *
明るい食卓とはこのような空間を指すのだろう。ヴォルフさんが作った料理を囲みながら、温かな時間が流れている。セレネはアンス王女に怒涛の質問責めをしているし、ラルムは文字通り目の色を変えながら食事を楽しんでいる。アイは僕が自分の口に料理を運ぶたびに幸せそうな表情を見せる。
「マスター、次はその、豆のスープを飲んで下さい」
アイの指示に従い、僕は自らの口に豆の入ったスープを運ぶ。木製のスプーンが優しくも温かい薄味のスープを口内いっぱいに広げる。僕の満足感がアイにも伝わったようで、終始笑顔なアイ。
そんなやりとりをしていると、いつの間にか隣に来ていたシフォンが犬耳をピョコピョコさせながら口を開いた。
「フィロスお兄ちゃんとアイちゃんって繋がってるんだね!」
無邪気に微笑むシフォン。
僕が料理を食べてアイが美味しそうにしているという不思議な姿を見て、そう思ったのだろうか?
「よくわかったね〜」
僕はシフォンの頭をワシャワシャと撫でながらそう言った。
「だって、フィロスお兄ちゃんとアイお姉ちゃんの心の中が一緒になる時があるんだもん!」
「え?」
シフォンの不意をついた発言に思わず動揺する僕。
「娘には精神魔法の素質があるみたいなんですが、まだ本人にもわかっていない部分があるみたいで」
僕の疑問に静かに答えるヴォルフさん。
シフォンの母親がヘクセレイ族だったことと関係があるのだろうか?
「将来が楽しみですね」
腕にじゃれつくシフォンを眺めながら、僕はそう口にする。精神魔法師としてもそうだが、このまま順調に育てばきっと、心の綺麗な美人さんに育つことだろう。
「ちょっとフィロス、どう言うこと?」
何故だがご立腹のアンス王女。
「フィロス君の心の声が頭の中に聞こえてきた……」
紺色の瞳でこちらを見つめながら、ラルムが静かに呟く。
「フィロス君になら、娘の将来を任せられるよ」
冗談交じりに笑顔で語るヴォルフさん。
「ちょっと待って下さい。みんなに今のが伝わったのですか?」
僕の問いかけに、アンス王女、ラルム、アイ、セレネ、シフォン、ヴォルフさんの全員が首を縦に振った。
ということは、この場全員に同時に精神魔法が行使された事になるが……。
「ラルムが?」
先程のリアクションから違う事はわかっていたが、一応の確認を行う僕。
「私じゃないよ……」
ラルムが首を横に振りながらそう言った。
セレネは森で見せてくれた精神魔法しか使えないようだし、そうなるともう……。
「シフォンがやったのかい?」
僕の右手を見つめながら、しっかりと両手で掴んでいる小さな少女に問いかける。
「うーん、わかんない」
今一つピンと来ていない様子のシフォン。無自覚に精神魔法を使ったのだろうか? だとすれば、ファイトギャンブルの際に観客全員に精神魔法が伝染したあの現象にも説明がつく。
「シフォンは凄いなー」
僕は優しい声音を意識して語りかける。
「フィロスお兄ちゃんは、シフォンが将来美人さんになったら、お嫁さんにしてくれるの?」
耳をピョコピョコぱたつかせながら、純粋な瞳で問いかけてくるシフォン。
「うん。お父さんの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしていたらね?」
そう言ってシフォンの頭を優しく撫でる。
「これでククル族の将来も安泰ね!」
笑いながら、セレネがそう言った。
「言質は取りましたよ!」
ヴォルフさんも楽しそうにのっかってくる。
「だ、だめよ、そう言うのは、ちゃんとその、あれがこうで、それがあぁだから、とにかくだめよ!」
顔を大噴火させ抗議するアンス王女。隣に座っているラルムが「子どもの約束ですから、落ち着いて下さい……」と声をかけている。
「マスターは本当にもうって感じです」
アイにしては珍しく、物凄く感覚的な物言いだ。
「じゃあ、あらためて、ククル族の将来に乾杯しよー!」
ジュースの入ったグラスを片手にセレネが言う。
「なんで、このタイミングよ!」
アンス王女がまたしても抗議する。
「ククル族の将来が保証されたから?」
セレネは茶化すように言う。
「わ、わたしは認めないから」
そう言って、そっぽを向くアンス王女。
「まぁ、まぁ、僕達もククル族の護衛として来ているわけですし、その一族の為に乾杯するのは良いことですよ」
僕がそう言うと、複雑な表情で引き下がるアンス王女。アイは何故だかため息をついている。
そして数秒後、アンス王女がしぶしぶグラスを持ち上げると、セレネが乾杯の音頭をとる。
「ククル族に乾杯!」
七つのグラスが優しくぶつかり合い、グラスが奏でる透きとおった音が食卓に響いた。
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